神色の魔法使い

門永直樹

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ロックゴーレム召し上がれ 5

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「……うわぁぁぁっ!!」
  

ローガンが目覚めた時、目に飛び込んで来たものは我が目を疑う光景だった。
自分の剣の先に出来たおびただしい量の血の海。そしてそこに横たわっている亡骸は知っている顔だった。


「ジェ……、ジェイス……!」


──ガランッ


握っていた血に塗れた剣を思わず放す。開いた手の平や体は返り血を浴びたのか赤く染まっていた。


「嘘だろ……、俺が……ジェイスの旦那を……?!」


いくら否定しても目の前の亡骸が語るように、ローガンが殺害したのは明らかだった。


「あ……あ……、うわぁ、うわぁぁぁぁっ!」


ローガンは自分が怖くなり、その場を一目散に駆け出した。


ローガンの去ったすぐ後、血溜まりから吸血ヒルのように複数のブラックスライムが這い出す。そして辺りの暗闇から次々と現れた不気味な粘性生物は、ジェイスの亡骸をすっぽりと覆ってしまうと、ジュウジュウと音を立ててジェイスの柔らかい組織や衣服を全て溶かしてしまったのだ。

地面に残ったのは乾いた腕の無い骸骨と両手剣。


そして優雅に歩く黒い猫のみだった。











エスラドの城下町にある船着き場。
多くの荷物を運ぶ者や商人達の声で騒々しい程
賑わっている。港には沢山の商船が停泊して、波に揺られてギシギシとロープが音を立てている。


「さあ、みんなあの船だよ」

「はい……!」


クレイグを先頭にして囚われていた9名全員を連れてドグの待つ船まで来ていた。
すると船の甲板からドグが大きく手を振った。


「おぉい!みんなこっちだ!足元に気をつけて乗り込んでおくれ。旦那様もお嬢様も……ほんとっ、お疲れさまでしたっ……ぐすっ」

「ドグの奴、もう泣いてるぞ」

「はは、良いじゃないか」


ダン達が船に乗り込んでいく。最後にダンが船に乗り込むと、ドグとダンは両手で握手をしてからお互いに力一杯に抱き合った。


「……ありがとうっ……! ドグ……! 来てくれてありがとうっ! ホントに……ありがとう」

「あぁ…良かった……、みんな無事で……、本当に良かったっ……!」


ドグとダンを囲んでそれぞれが涙を流した。サミュエルの家族にイーストンの家族、それにサシャと娘のイリア。


「だけどお礼はクレイグの旦那とユリお嬢様に言っておくれ。俺は船を動かしただけだから」

「いや……クレイグさんに聞いたんだ。ドグとアンに頼まれたから来たんだって。それを聞いて俺達がどれだけ嬉しかったか」

「いや、そんな……、そうか、そうだよな。うん、良かったよ」


するとサシャやイリア、全員がドグの体に触れてそれぞれにお礼を言う。


「ありがとう……ドグ。アンにもお礼言わなきゃね」

「ドグおじさんありがとう」

「「おじさんありがとうっ!」」

「ありがとうなドグ」

「本当に、ありがとうございます」」


次々とお礼を言われて涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃになった顔でドグは船室へと降りようとする。


「……あぁ……わがっだがら……みんな……!うぅ……この下でゆっくりでぎるんだ……ひっく、食べる物も沢山あるから……さぁ、案内するよ、ぐすっ」


そんなドグとみんなの様子をクレイグとユリはホッとして眺めていた。

間に合ってよかった。もう少し遅れていたら助かる命も助からなかっただろうとクレイグは考えていた。


「ユリお嬢様は降りなくて良いのか?」


ユリは得意気にニヤリと笑う。


「ふふふ、クレイグ。お前はまだお子様だな。少し冷めた方が美味しい料理というのもあるのだよ」


アンのまるで受け売りだなと思っていると、クレイグの足もとに黒猫のクロが擦り寄る。


「おかえり、クロ」


クロはニャアと返事しながらクレイグに額を擦り付ける。
ユリはクロの脇を持ち上げると、そのまま抱きかかえる。


「すまなかったなぁクロちゃん。帰ったらもうお前を枕にするような事はしないと誓うよ」

「……まったく。さぁ出港しようか」


ユリに抱かれたままクロはご機嫌そうに目を細めると、暖かい陽射しと心地よい潮風にヒゲをピクピクと揺らしていた。











「……あれ?私……どうしてここにいるのかしら?」


ガムランの屋敷の使用人のポリーが気が付いた時、一階の台所に立っていた。いつの間にか夜の闇に包まれ、台所は真っ暗であったが、窓の外からの月明かりに慣れるとなんとなく部屋の中は見えた。
なぜここでこうしているのかまったく記憶に無かったが、もしも寝ていたのだとしたらそれはそれで問題なので慌てて燭台を探す。手持ちの燭台に火を付けた所で、部屋の外の廊下から声が聞こえた。


「ねぇ……誰かいる?」


声は聞き覚えのある同じ使用人のメアリだとすぐにわかったポリーは返事をした。


「メアリ、台所にいるわ。ポリーよ」


お互いの顔が灯りで照らされ、顔が見えると少し安心した。メアリも同様に先程目が覚めたのだという。


「お食事のご用意は他の二人がしてくれたのかしら……。私達、なんで寝てたのかしらね」

「わからないわ。でも奥様と旦那様のお部屋を確認しないと」


二人はそう言って2階への階段を上がっていく。
木の板をきしませて2階へ上がると、廊下に誰か立っていた。


「「きゃぁっ!」」

「うわっ!」


そこに立っていたのは男の使用人のセドだった。


「なんだ、びっくりした、セド驚かさないでよ……」

「いや、すまない……灯りが階段を上がってきたから待ってたんだ。いや、悪かったな……どうやら俺は寝てたみたいで」

「「え?」」


セドが言うには気付いたら、この廊下に立っていたという。


「じゃ、じゃあもしかして旦那様と奥様にお食事をお出ししてないとか……」

「非常にまずいなそれは……」


事の重大さが3人の肩に重くのしかかる。
そしてまた声をかけられる


「ねぇ」

「「「きゃぁっ!」」」


後ろから現れたのはもう一人の使用人、ミレだった。


「ご、ごめんなさい、私──」

「「寝てたんでしょ」」


使用人全員が寝てしまうなんて異常事態だ。旦那様のお部屋へと急いだ。階段をもうひとつ上がり執務室の前に来ると、いつも閉まっているはずのドアが開いている。


灯りを持ったポリーから一声かけて部屋に入る。


「旦那様……いらっしゃいませんか……?」

「他のお部屋か──」


セドがそう言おうとした時だった。
床から何かが立ち上がった。
月明かりに照らされたシルエットは就寝前のリッテ奥様のもので、普段結っている長い髪を垂らしていた。


「あ、奥様っ!申し訳ございません、わたくしたち──」


ポリーは持っていた燭台でリッテを照らした。

その瞬間、4人は心臓が停止する程凍りついた。

燭台の灯りに照らされたリッテは長い髪を振り乱し、その顔は鼻から下は岩で形成された化け物のようで、口を開けた歯は幾重にも重なり合っていた。鎖骨の下からはまるで人間だが、そのドレスは血塗れで真っ赤になっていた。
リッテは目を大きく開いて声を上げた。その声は人間のそれではなかった。


「ナァァァグァァァッッッ!!」

「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」


ポリー、メアリ、セド、ミレの4人は絶叫しながら階段を転がるようにして屋敷を飛び出た。ポリーは途中転んで手を骨折していたがそれどころではなかった。
4人は走って1番近くの商人の屋敷に慌てて駆け込み、
警備隊を呼んでもらった。

その夜、ガムランの屋敷は明け方まで騒ぎとなった。
通報を受けた警備隊により、リッテは捕縛された。予想に反して驚く程抵抗しなかったという。
ガムランは左手から心臓までが石化しており、事切れていたという。左の肩はボロボロに欠けていた。
使用人の証言からガムランの数々の不正が判明し、ガムラン商会は取り潰される事となった。
ガムランの妻であるリッテは見世物小屋へと売られ、生きて国に税金を返済する事を選ばされた。

ローガンと4人の使用人達には罪は与えられなかった。
ガムラン同様に様々な証拠から犯罪が明るみとなった護衛のジェイスは行方不明となり、懸賞金がかかった。
すでに死んでいる真実が判明する事は無かったという。
そしてローガンはその後、2度と剣を手にする事はなく、一般鉱夫として働いたという。
ローガンの口癖は「酒ほど怖いものはない」だったそうだ。

働かされていた奴隷達も全員行方不明という扱いとなった。












「お父さん、お母さん……夢みたいだね」

「あぁ」

「そうね……」


ダンと妻のサシャ、娘のイリアはドーラの町外れにある自宅が見える所まで帰って来ていた。


「じゃあ私達も帰るわね。少しだけ片付けたけど、やる事はてんこ盛りよ。何か無い物があればちゃんと頼ってよ」

「本当にありがとう、アン」


アンはサシャとイリアを両手で抱きしめた。


「おかえり、だね」

「……ありがとう」

「ありがとうアンさん」

 
ダンもドグと固い抱擁ほうようを交わす。


「この恩は一生忘れないからな、ドグ」

「何度も言うが俺じゃないさ。旦那様とお嬢様が動いてくださったんだ。俺達だって助けて頂いたのは同じなんだぜ」

「……そうだな。ありがとうな」

「あぁ。また家にも来いよ。旦那様がみんなで酒でも飲もうって。サミュエルんとこやイーストンとこもな。じゃあな」


ドグとアンが手を振って帰っていく。

ドーラの港町に帰ってからはサミュエルやイーストンとも涙で別れ、再会を約束した。
調書は色々取られたが、警備隊長のホリーのお陰で思ったよりも早く自宅に帰れる事になった。
そしてドグが旦那様と呼ぶクレイグや、お嬢様と呼ばれているユリとも別れた。

生きて帰る事は諦めていたのに。

地獄の底に差し伸べてくれた手の暖かさは生涯忘れる事はないだろう。

娘のイリアがダンとサシャの手を握って前に一歩出る。


「ほら! お父さん、お母さん! しんみりしてないで早く帰ろう! 」

「あぁ、俺達の家に帰ろう」

「うふふ、そうね。頑張って片付けないと」


港から離れた山裾のここまで、今日は潮風に乗って海の香りが届いた。
同じ潮の香りでもダン達一家の心を暖かくする潮風はやはりドーラの港から吹く風だった。







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