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しおりを挟むてっきり、耀士には昨日のように休み時間の度に接触されるのかと思っていたが、彼は現れなかった。姿さえ見かけず、昼休みは図書室で勉強をして過ごすことができた。
カミナリ司書に「もう解決したわけ?」と呆れ顔で言われ、「そうみたいです」と微妙な返事をしたら、「自分のことでしょう」と更に呆れられた。
口ではあんなに熱弁していたが、結局甲子園へ行くことも、勉強を頑張りたい気持ちも、二葉が思うほど強くはなかったのだろうか。
だとしたら医者になりたいと本音で話した自分は馬鹿みたいだ。
それとも、朝に来栖に尋ねられた根も葉もない噂を耳にしたのだろうか。犯罪者の息子となんか関わりたくない、なんて距離を取られているのかもしれない。
実際、クラスは更に居心地が悪い場所になっていた。藤木を筆頭に明らかに周囲から距離を取られ、邪険そうな目で見られている気がする。
(別にそれくらいなら気にしないけど……)
最悪なのが、藤木が得意そうな顔で「顔バレしないように必死だね」と声を掛けてきたことだ。手にはさみを持ってシャキシャキと音を立てられた時は心臓が潰れるかと思った。
二葉はなにをされても黙って教科書に目を落とし続けた。周りを気にするから気持ちに波が立つ。見なければいい。なにも見ない。なにも知らない。関係ない。
勉強だけすればいいのだ。そう自分に言い聞かせて、今日一日を乗り切った。
これが明日も、明後日も続くのか。そんなふうに思う自分も心のゴミ箱に捨てて見ない。
放課後になり図書室に来て、二葉はやっと落ち着くことができた。傾き始めた日差しが本棚の影を長く伸ばして床に落としている。それを遮る人影はない。
今日のことを思うと、なぜか目の奥が痛くなる。初夏なのに寒くて明るいのが怖い。図書室は広くて、影は濃くて紫色で、心細くなる。
こんな気持ちを吐き出せる相手もいない。
前髪の奥で目を閉じて、感覚が通り過ぎるまでじっと耐えることにした。時計の秒針の音を耳で辿って数え、平気な心を取り戻す。
十回で目を開けよう。一、二、三、四、五……力強い足音が、地鳴りのように響いてこちらに近づいてくる気がした。
六、七……。
ドンッ! ……。
雷が落ちたような爆音が響く。もう少しで声が出るところだった。
図書室の扉が開く音だ。
振り向いたら耀士が立っている。
「二葉くん! 探したぞ! やっぱりここだった! 勉強教えてくれ!」
耀士の声は大量の書架が吸収しきれないくらい大きくて、真っ直ぐ二葉に届いた。
昨日までは鬱陶しかったこの感じが、今は温かく感じられて奇妙だ。耀士の姿にほっとしている自分がいて慌てる。小さな火種は徐々に大きくなり、身体が体温を取り戻していった。
「……本気だったんだ」
眼の前までやってきて、明るく笑う耀士が慌てている。
「え? だって、話したじゃないか?」
「だって……全然来てくれないから。なかったことになったんだと思ってた」
「来てほしかったのか?」
「えっ? は……?」
なぜそうなる? と思ったが、確かに今の言いかたは勘違いされても仕方がない。急に恥ずかしい気持ちが湧いてきた。
「二葉くんも勉強があると思って遠慮してたけど、休み時間全部会いに行ってもよかったのか? だったら明日からそう……」
「いいです! 放課後だけで!」
シュン、と二人の間に閃光が飛ぶ。ほぼ同時にガコッという鈍い音がした。
音の先を見ると大きいラップの芯みたいなものが落ちている。ころころと転がり、二葉の足元で止まった。
ブッカーだ。保護するために本に貼る、透明なコーティングシールのロールだった。当たったら大怪我どころじゃ済まないかもしれない。
「すげえ速さと正確さ……野球やってたのかな」
耀士はと妙に感心している。
「あんたら! いい加減にしなさい!」
雷が落ちた。怒った司書は怖い。
「佐藤二葉! なにが『解決した』よ!」
カミナリ司書だって相当声が大きい。しかし、指摘するほど二葉は向こう見ずではない。
「あとあんた! 北見耀士! 未来永劫出禁! 二度と来るな!」
目の前まで来て仁王立ちした司書は、人差し指をキッと耀士に突きつけた。
「はは! 怖いなあ。逃げようか」
「え、ま、待って」
躊躇なく手首を掴まれ、どきりとした。
「お騒がせしましたー!」
耀士は終始楽しそうだ。手首を掴まれたまま引きずられるようにカミナリ司書の横を通り過ぎ、図書室を出ていく。
手が離れない。戸惑いと言いづらさから離して、とも言えず、足をもつれさせながら、二葉は耀士の歩幅に合わせて駆け足になった。
「ね、ねえ、どこで勉強するの? っていうか耀士くん、教材なにも持ってないじゃん」
不安を抱えながら耀士の後ろ姿を見上げた。
短い髪がすっきりした顎のラインと、凛々しい首筋を際立たせていてたくましい。先程から二葉の手首を掴む手は、振りほどく気すら起きないくらい大きくて強い。
耀士が二葉の方を振り返る気配がしたので、二葉はさっと顔を俯かせる。目は合わなくても、耀士の表情は雰囲気でなんとなく分かる。
「部室行こう。ちょっと汗臭いけど。椅子もテーブルもあるし大丈夫」
「なにが!?」
「勉強できる場所ってこと! 行くぞ!」
迷いのない足取りに、抗っても仕方がないと諦めがつく。それに、今はこうやって巻き込まれていたほうが気が散って穏やかだった。
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