僕の目があなたを遠ざけてしまった

紫野楓

文字の大きさ
25 / 25

5-2

しおりを挟む

 二度目の春は、想像したよりも穏やかに過ぎ去っている。

 伸びた髪を耳にかけ、図書室の静かな空気を吸い込んだ。うららかな日差しが桜の花びらのあわいから差し込み、窓を突き抜けて開いていた参考書の上に落ちる。

 傍に置いているキャメルの鞄にも薄紫の影が落ちた。一年間使い込んだ鞄は、所々深い色合いになり始め、じわじわと味が出てきている。後二年でどれだけ味が出るか楽しみだ。

 二葉の焦点は、英単語から桜の青い影に移った。ちらちらと揺れる水面のように瞬いていた陽が、突然薄鼠色の大きな影に覆われる。

 音もなく窓が開くと、春風が二葉の細い首筋に垂れる襟足を揺らした。

「二葉」

 聞き慣れた声は、葉擦れの音みたいに優しい。声量は殺せても、明るく弾んだ雰囲気は消えない。

 眉の高さで整えている前髪は、二葉の瞳の動きを決して遮らず、むしろ黒目がちな大きな瞳を更に際立たせている。

「耀士くん……休憩? お疲れさま」

 耀士は野球の練習着の格好で、窓枠に肘をついて嬉しそうに頬杖をついた。

「ありがとう。二葉の調子はどう?」

「うん、英語やってる。塾のテキスト難しい。でも、諦めないでやってみるよ」

 そうか、と耀士は笑う。

 去年の冬から、晴れて塾通いを許可された。模試の判定もAになり、ますます勉強に身が入っている。一方、オフシーズンが終わった耀士は、毎日野球の練習で日焼けしている。生き生きとしていて、二葉も嬉しい。

「最近すごく頑張ってるね。毎日遅いし」

「今年は絶対甲子園に行きたいからさ」

「うん……絶対行けるよ」

 去年の二学期から、野球部もいろいろ変わった。最終的に学校側はいじめを認めて、藤木は退学してしまった。少し違っていれば二葉がその立場だったかもしれない。

 野球部員も大幅に粛清されて、部員数は減ったがその分精鋭されているみたいだ。部外からも期待されている声が上がっているのは二葉の耳にも届いている。

 耀士は野球を頑張っているが、二葉も受験に向けて頑張っている。一緒にいられる時間は少ないけれど、進級して同じクラスになれたことは嬉しかった。

「甲子園、かあ……行ってみたいな……」

 テレビでしか見たことがない。実際に行ってみたらどれだけの熱気なのだろう。

 興味本位で呟いただけなのに、突然耀士に真っ直ぐに見つめられて狼狽えてしまう。

「絶対俺が連れてく」

 ぎゅっと手を掴まれ、真剣な声色で言われて初めて、自分が言った言葉を振り返って体が熱くなった。

「……楽しみにしてる」

 はにかんで笑ったら、自然な動きで手の甲と指先に唇を落とされた。

 動揺している間にいたずらな顔をした耀士が小さく笑って駆け出していく。

 はらはらと舞い落ちる桜に紛れて小さくなっていく背中に名残惜しさを感じながら、しばらく彼が消えた方を見やっていた。目前に広がる空気も、色も、風景も、鮮明だ。

 大きく息を吸い込んだ。

「僕も頑張ろ!」

 すかさず「うるさい!」と司書の小言が飛んでくる。





しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

元カレ先輩に、もう一度恋をする。 ━━友だちからやり直すはずだった再会愛【BL】

毬村 緋紗子
BL
中学三年になる春。 俺は好きな人に嘘をついて別れた。 そして一年。 高校に入学後、校内で、その元カレと再会する。 遠くから見ているだけでいいと思っていたのに……。 先輩は言った。 「友だちに戻ろう」 まだ好きなのに。 忘れられないのに。 元恋人から始まる、再スタートの恋。 (登場人物) 渋沢 香名人 シブサワ カナト 高1 山名 貴仁 ヤマナ タカヒト 高3 表紙は、生成AIによる、自作です。 (替わるかもです。。)

処理中です...