「黒炎の隼」

蛙鮫

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「訝しむ」

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 広々とした一室。今頃、隼人達に安らぎを与えてくれていたであろう場所は彼を裁く法廷と化していた。

 裁判はもちろん、実の姉である松阪綾だ。

「消息不明、連絡も取れない。どこで何しているのかと思えば、まさか彼女とランデブーですか。いいご身分ですねー」

「彼女じゃねえ!」

「えっ? じゃあ彼女じゃない女の子とそういう関係になったの? まずは体から知る的な」

「それも違う!」
 隼人は姉の態度に調子を狂わされながら、反論する。結巳の方は緊張しているせいか、ベッドの近くで棒立ちになっていた。

「まあ、でもあんた。こんな可愛い子と一緒にいたなんてね!」
 綾が結巳の肩に手を回した。

「お名前は?」

「聖堂寺結巳と言います」

「松阪綾ですー このバカの姉です。すみません。いつもうちの弟が」

 結巳と綾が互いに自己紹介している。未知の光景に困惑しつつも、一つの疑問が浮かんだ。

「なあ、姉貴はなんで、ここにいたんだ」

「ええ! もー聞いてくれる! まじさあ! 少し前に知り合った男と出かけていたんだけどさ! 観光やら夜のディナーやらなんやらして、ここにきてやることやって、朝起きたらソイツ勝手に帰っていたのよ! 今せめて駅まで送ってよ! あのやろー! 絶対に許さない!」
 綾が般若のような形相で怒号を飛ばしている。昔から彼女は男運がこれでもかというくらいないのだ。

 いつだって寄ってくる。好意を寄せる男は曲者ばかりだ。彼女の勢いに押されたのか、結巳の目に色が灯っていない。

「姉貴。親父達には」

「言わないでおくわ。あんたがこんな事をしているのもきっと理由があるんでしょ?」

「助かる」
 隼人は礼を言うと、綾が液晶画面を見て立ち上がった。

「そろそろ。チェックアウトだから、わたし行くわ。あの男もとっちめないといけないしね! 結巳ちゃんもこいつのこと、よろしくね!」

「はい!」
 結巳が意志のある目を綾に向けると、彼女は笑みを浮かべた。ツカツカとヒールを鳴らしながら静かに去りゆく姉。

 その後ろ姿を隼人は静かに眺めていた。

「お姉さん。良い人だったわね」

「そうか。騒がしいだけだぞ」

「羨ましいわ」
 結巳が口元に笑みを浮かべながら、斜め下に視線を向けた。おそらく脳裏には光が浮かんでいるのだろう。

 彼女が言うには以前はそれなりに仲の良い兄妹だったようだ。それが今では随分と遠くなってしまった。

「大切な人といえば、あなた以前に言っていた親友がいたじゃない?」

「ああ。それがどうした?」

「いや、やっぱり今でも会いたいって思う?」

「まあ、そうだな。叶うなら年を戻したくもなるよ」
 親友との掛け替えのない日々。突然、奪われた日常。彼の死に報いるために血の滲む努力を絶え間なく重ねてきた。

「だから今でも怖いんだ。誰かと関わるとまた失うんじゃないかってさ」

「私はいなくならないわ」

「えっ?」

「絶対にいなくならない」
 結巳の琥珀色の瞳がじっと隼人の目を捉える。その瞳の奥から強い意志のようなものが感じ取れた。

「だから貴方も私のそばからいなくならないで」
 数ヶ月前の夏の日。夏祭りに向かう前も彼女は同じような言葉は口にしていた。
 
「わかった。約束する」
 隼人は笑みを浮かべて、頷いた。彼女の優しさを感じながら、次の戦闘への英気を養っていた。



「そろそろ時間だ」
 隼人はゆっくりと腰を起こして、続くように結巳も起き上がる。

 夕焼けが照らす森。脅威を排除するべく隼人と結巳は緑生い茂る危険地帯に踏み込んだ。




 夕焼けに染められる金剛杵学園の校舎。星野奏はのある一点に目を向けていた。

 窓の外。正門の向こう。武装した生徒達が装甲車に乗り込んでいく。文化祭の一件で強い復讐心を胸に秘めた中等部から高等部の生徒達だ。

 聖堂寺光が提案した志願制に感化されて、多くの生徒達が鉄の塊の中に消えていく。


「星野先生」
 名前を呼ばれて振り返ると、凛とした雰囲気の黒髪の少女が立っていた。早見沙耶。前生徒会長であり、隼人とも一戦を交えた実力者だ。

「松阪君と聖堂寺君の件、聞きました。二人とも大丈夫でしょうか?」

「二人ならきっと大丈夫よ。なにせ幹部を打ち取った程の実力者よ。きっと元気よ」
 奏自身も気が気でなかった。しかし、生徒の前で不安な姿は見せられない。

「新首長になってから対策本部は大きく変化しました。忌獣が討伐されていき、被害も少なっている。でも私、今の環境下で戦闘員として勤めたくありません」

「早見さん」

 早見の声は震えていた。その声からは怒りや虚しさ。様々な感情が読み取れた。

「すみません。こんな事。先生に言っても仕方ないですよね。失礼しました」
 早見がすぐさま笑みを作り、踵を返した。後ろに向く際、その目にうっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。

 生徒達が豹変していく中、自分は何も出来ない。奏は自分の無力さを呪った。


 勤務時間を終えて、奏は学園の門を出た。陰鬱な気分を背負いながら今日の献立を考えていると目の前にシルクハットと黒コートを着た人が立っていた。

「星野奏さんですか?」

「えっ、ええ。そうです」
 奏は怪しさを覚えつつも、答えた。すると目の前の人物は深々と被ったシルクハットを取り、素顔を晒した。

「初めまして、私は松阪隼人の祖父。松阪シライといいます。少しお話よろしいですか? 星野さん」
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