77 / 115
「母と子」
しおりを挟む
対策本部の鳥籠掃討作戦の前日。北原ソラシノは松阪シライに指定された場所に向かっていた。
今日の夜、彼は松阪隼人と聖堂寺結巳を救出しにいく。しかし、シライの強い押しに負けて、応じる事になったのだ。
指定された場所に着くと、そこは公演だった。何の変哲も無いただの公園。しかし、そこに見覚えのある女性がいた。
星野奏。打倒対策本部を掲げた仲間であり、最近、自身の出生と密接な関わりを持っていると知った人物だ。
憂いを帯びたような彼女の目。何か言いたげな表情。それらで大体彼女の言いたいことは察した。
「あっ、あの」
「何故、今まで黙っていたんですか?」
彼女の言葉を遮るようにソラシノは口走った。
彼自身もずっと気になっていた。人工授精だったというのなら、その細胞の元は誰なのか。今はどこで何をしているのか。
彼には生みの親も育ての親すらもいない。ただ何もない無機質な部屋で食事と座学、訓練を繰り返す日々を送っていたのだ。
「母親面が出来るようなことをしてこなかったから。そんな人間に母親を名乗る資格なんてない」
奏が斜め下に視線をそらして答えた。彼女のうちに二十年以上も培ってきた悔恨の念が渦巻いているのだ。
「貴方のお父さん。聖堂寺輝さんとは私が大学生の時に出会ったの。お硬い家柄が嫌で抜けてきたらしくてね、一人で過ごしている時に私と出会ったの」
彼女が僅かに震えた声音で隠された真実を話していく。
今、彼は自身がどんな表情を浮かべているかよくわからないが、おそらく笑みを浮かべていない事は分かっていた。
「二人で過ごしていくうちに愛し合い、貴方を身ごもった。でも聖堂寺はそれを許さなかった。輝さんと子供と離れるように言われた。応じなければ私の実家に圧をかけると言われた。当時の聖堂寺家当主は非常に厳格な方だったから。庶民の私と子を成す事は許されなかったんでしょうね」
奏が吹けば一瞬で消えるような小声でつらつらと言葉を紡いでいく。
「こんな事、言っても償いにもならないけど、ごめんなさい」
奏が頭を下げた。よく見るとその体は小刻みに震えていた。
「星野さん。俺、別にあんたを恨んでないよ。確かに生い立ちが気になったことはあったけど、それはあくまで俺の人生の一部に過ぎない。大事なのはどう生まれたかじゃなくて、どう生きるかだよ。あんたのおかげで、俺は色々な人達に出会えた。ありがとう」
ソラシノは胸の内にあった感謝の念を伝えた。これまで自身は何者かに利用されるために生まれてきたのだと思っていた。
それに対して絶望や失望を抱いたわけではない。しかし、自身は愛され、そして望まれてこの世界に生まれてきた。その事実だけを知ってどことなく心が満たされた気がしたのだ。
「そんな、私、何もしてあげられていないのに」
奏が唇を小刻みに震わせていた。
「それはされた側が決める事だよ。もし償いが欲しいというのなら」
そう言ってソラシノは一枚の紙を奏に手渡した。
「これ、俺の住所。娘と二人暮らしなんだ。この戦いが終わったら遊びに来てくれ」
「ありがとう。必ず行くわ」
奏が力の抜けたような笑みを浮かべた。
「それじゃあ、またな。母さん」
ソラシノはそう言って、踵を返した。奏が目頭に涙を浮かべて、静かに頷いた。
かつて巨大な権力の手によって抹殺されそうになった小さな命が今や、英雄として讃えられる存在になっていたのだ。
無機質な部屋の中、聖堂寺結巳は壁に背をつけていた。気づけばこの白い部屋にいた。
「松阪君。大丈夫かしら」
頭の中に浮かぶのは友の顔。数日前に幹部を討伐して以来、顔を合わせていない。
「これからどうしようかしら」
彼女がため息をついた瞬間、鼓膜を激しく揺らすようなアラームが部屋中に響き渡り始めた。
今日の夜、彼は松阪隼人と聖堂寺結巳を救出しにいく。しかし、シライの強い押しに負けて、応じる事になったのだ。
指定された場所に着くと、そこは公演だった。何の変哲も無いただの公園。しかし、そこに見覚えのある女性がいた。
星野奏。打倒対策本部を掲げた仲間であり、最近、自身の出生と密接な関わりを持っていると知った人物だ。
憂いを帯びたような彼女の目。何か言いたげな表情。それらで大体彼女の言いたいことは察した。
「あっ、あの」
「何故、今まで黙っていたんですか?」
彼女の言葉を遮るようにソラシノは口走った。
彼自身もずっと気になっていた。人工授精だったというのなら、その細胞の元は誰なのか。今はどこで何をしているのか。
彼には生みの親も育ての親すらもいない。ただ何もない無機質な部屋で食事と座学、訓練を繰り返す日々を送っていたのだ。
「母親面が出来るようなことをしてこなかったから。そんな人間に母親を名乗る資格なんてない」
奏が斜め下に視線をそらして答えた。彼女のうちに二十年以上も培ってきた悔恨の念が渦巻いているのだ。
「貴方のお父さん。聖堂寺輝さんとは私が大学生の時に出会ったの。お硬い家柄が嫌で抜けてきたらしくてね、一人で過ごしている時に私と出会ったの」
彼女が僅かに震えた声音で隠された真実を話していく。
今、彼は自身がどんな表情を浮かべているかよくわからないが、おそらく笑みを浮かべていない事は分かっていた。
「二人で過ごしていくうちに愛し合い、貴方を身ごもった。でも聖堂寺はそれを許さなかった。輝さんと子供と離れるように言われた。応じなければ私の実家に圧をかけると言われた。当時の聖堂寺家当主は非常に厳格な方だったから。庶民の私と子を成す事は許されなかったんでしょうね」
奏が吹けば一瞬で消えるような小声でつらつらと言葉を紡いでいく。
「こんな事、言っても償いにもならないけど、ごめんなさい」
奏が頭を下げた。よく見るとその体は小刻みに震えていた。
「星野さん。俺、別にあんたを恨んでないよ。確かに生い立ちが気になったことはあったけど、それはあくまで俺の人生の一部に過ぎない。大事なのはどう生まれたかじゃなくて、どう生きるかだよ。あんたのおかげで、俺は色々な人達に出会えた。ありがとう」
ソラシノは胸の内にあった感謝の念を伝えた。これまで自身は何者かに利用されるために生まれてきたのだと思っていた。
それに対して絶望や失望を抱いたわけではない。しかし、自身は愛され、そして望まれてこの世界に生まれてきた。その事実だけを知ってどことなく心が満たされた気がしたのだ。
「そんな、私、何もしてあげられていないのに」
奏が唇を小刻みに震わせていた。
「それはされた側が決める事だよ。もし償いが欲しいというのなら」
そう言ってソラシノは一枚の紙を奏に手渡した。
「これ、俺の住所。娘と二人暮らしなんだ。この戦いが終わったら遊びに来てくれ」
「ありがとう。必ず行くわ」
奏が力の抜けたような笑みを浮かべた。
「それじゃあ、またな。母さん」
ソラシノはそう言って、踵を返した。奏が目頭に涙を浮かべて、静かに頷いた。
かつて巨大な権力の手によって抹殺されそうになった小さな命が今や、英雄として讃えられる存在になっていたのだ。
無機質な部屋の中、聖堂寺結巳は壁に背をつけていた。気づけばこの白い部屋にいた。
「松阪君。大丈夫かしら」
頭の中に浮かぶのは友の顔。数日前に幹部を討伐して以来、顔を合わせていない。
「これからどうしようかしら」
彼女がため息をついた瞬間、鼓膜を激しく揺らすようなアラームが部屋中に響き渡り始めた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編7が完結しました!(2026.1.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる