「黒炎の隼」

蛙鮫

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「重ならない指」

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 肌を突き刺していく十字架の数々。浸透する炎の熱さに当てられながら、かつての記憶が頭を過ぎる。

 淀んだ空気が漂う廃村にあるあばら家。そこが彼女の家だった。

 家は貧しく、おまけに人里から遥か遠く離れていた。何度も助けを求めていたが、近くの人里は彼女やその一家を恐れた。

 なんでも異教の神を崇拝していることが目についたらしい。両親と幼い妹、弟は彼女を残して餓死してしまった。

 彼女の唯一残されたのは錆び付いた今にも崩れてしまいそうな十字架。

 両親はどれほど辛くてもこの十字架への祈りだけは欠かさなかった。

 彼女はただ、機械的に祈り続けた。本当はわかっていたのだ。神などいない。食事もまともに取れていない彼女には外に出る気力も体力もはない。

 それでも心身ともにやせ細った体から気力を起こして、祈った。いつかは誰かが救いの手を差し伸べてくれると信じた。

「おや、貴女一人ですか」
 ぼんやりとした視界に黒い鳥の面をつけた人が立っていた。声の低さからして男だと理解できた。

「ええ、両親も弟も妹もみんな死にました」
 彼女は率直に答えた。今の彼女には目の前に人間がどういう人物なのかもどうでもよかった。

 少しでも空腹が紛れるなら、他人と話している方が楽だったからだ。

「祈り続けて、何か変わった事はありましたか?」

「いいえ、ひにひに肋は痩せるばかりで他には何もありません」
 彼女はそう行って肋骨を撫でた。本当は空腹で今にも倒れそうだ。

「御客人。神はいないのでしょうか?」

「ええ、いません」
 男の口から彼女の心を折り兼ねない冷酷な一言が飛び出した。

「その代わり、誰もがその地位に就く事が出来ます」

「どうやって?」

「強くなる。それだけです。強さがあれば奪われない。逆に相手から奪うこともできる。そして、誰でも神や悪魔になれる」
 男が静かに歩み寄ってくる。不自然なくらい落ち着いており、彼女自身、彼に対して恐怖を抱くことはなかった。

「私と共に歩んでみませんか?」
 男の言葉が乾いた大地のような彼女の心に染み込んでいく。それとともに男が差しのばしてきた手を取った。

 彼女自身、頂点は望んでいない。迦楼羅の傍らで彼を守れるほど強ければそれで良いのだ。




 松阪隼人は生唾を飲み、その場に立っている。目の前で動かなくなった要。先ほどまで驚異的な動きで彼を翻弄していた強敵はピクリとも動いていない。

「終わったか」
 そのまま背を後ろに向けた瞬間、凄まじい殺気を感じ取った。


 視線を向けると彼女が立っていた。

 全身から赤い血を流しながらも、目がしっかりと彼を捉えていた。

「松阪君!」

「嘘だろ。まだ戦うのか」
 裂傷の激しい頭部と無数の傷がついたボロ切れのような四肢で立っているのだ。

「わっ、私は! まっ、だ!」
 口から血を吐きながら、巨大な十字架を投げてきたのだ。規則性のない素早い動きは未だに健在であり、隼人を翻弄し続ける。

 建物の地面や壁を縦横無尽に駆け巡り、瞬く間に隼人との距離を詰めてきた。

「私は負けない!」
 彼女の強烈なかかと落としを右肩に受けた。突き抜けるような痛みをその身に食らいながらも、その足を掴んだ。

「終われ!」
 隼人は足元に転がっていた十字架に黒炎を灯すと、彼女の体に突き刺した。

「がああああああ!」
 周囲の建物を揺らすような叫び声が響き渡る。彼女も離れようと抵抗してくるが、隼人は逃すまいと捕える。

 血で真っ赤に濡れた十字架を刺し込み続ける。ねじ込みながら、この戦いの終結を願った。

 すると先ほどまで小さく抵抗し続けていた要の動きが止まった。ゆっくりと彼女の顔を向けると、安らいだような表情を浮かべている。

「ああ、尊きお方」
 そう呟くと要が音を立てて、足元に崩れた。あたりを包む虚しい空気。寂れた肉塊だけが静かに横たわっていた。
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