「黒炎の隼」

蛙鮫

文字の大きさ
86 / 115

「重ならない指」

しおりを挟む
 肌を突き刺していく十字架の数々。浸透する炎の熱さに当てられながら、かつての記憶が頭を過ぎる。

 淀んだ空気が漂う廃村にあるあばら家。そこが彼女の家だった。

 家は貧しく、おまけに人里から遥か遠く離れていた。何度も助けを求めていたが、近くの人里は彼女やその一家を恐れた。

 なんでも異教の神を崇拝していることが目についたらしい。両親と幼い妹、弟は彼女を残して餓死してしまった。

 彼女の唯一残されたのは錆び付いた今にも崩れてしまいそうな十字架。

 両親はどれほど辛くてもこの十字架への祈りだけは欠かさなかった。

 彼女はただ、機械的に祈り続けた。本当はわかっていたのだ。神などいない。食事もまともに取れていない彼女には外に出る気力も体力もはない。

 それでも心身ともにやせ細った体から気力を起こして、祈った。いつかは誰かが救いの手を差し伸べてくれると信じた。

「おや、貴女一人ですか」
 ぼんやりとした視界に黒い鳥の面をつけた人が立っていた。声の低さからして男だと理解できた。

「ええ、両親も弟も妹もみんな死にました」
 彼女は率直に答えた。今の彼女には目の前に人間がどういう人物なのかもどうでもよかった。

 少しでも空腹が紛れるなら、他人と話している方が楽だったからだ。

「祈り続けて、何か変わった事はありましたか?」

「いいえ、ひにひに肋は痩せるばかりで他には何もありません」
 彼女はそう行って肋骨を撫でた。本当は空腹で今にも倒れそうだ。

「御客人。神はいないのでしょうか?」

「ええ、いません」
 男の口から彼女の心を折り兼ねない冷酷な一言が飛び出した。

「その代わり、誰もがその地位に就く事が出来ます」

「どうやって?」

「強くなる。それだけです。強さがあれば奪われない。逆に相手から奪うこともできる。そして、誰でも神や悪魔になれる」
 男が静かに歩み寄ってくる。不自然なくらい落ち着いており、彼女自身、彼に対して恐怖を抱くことはなかった。

「私と共に歩んでみませんか?」
 男の言葉が乾いた大地のような彼女の心に染み込んでいく。それとともに男が差しのばしてきた手を取った。

 彼女自身、頂点は望んでいない。迦楼羅の傍らで彼を守れるほど強ければそれで良いのだ。




 松阪隼人は生唾を飲み、その場に立っている。目の前で動かなくなった要。先ほどまで驚異的な動きで彼を翻弄していた強敵はピクリとも動いていない。

「終わったか」
 そのまま背を後ろに向けた瞬間、凄まじい殺気を感じ取った。


 視線を向けると彼女が立っていた。

 全身から赤い血を流しながらも、目がしっかりと彼を捉えていた。

「松阪君!」

「嘘だろ。まだ戦うのか」
 裂傷の激しい頭部と無数の傷がついたボロ切れのような四肢で立っているのだ。

「わっ、私は! まっ、だ!」
 口から血を吐きながら、巨大な十字架を投げてきたのだ。規則性のない素早い動きは未だに健在であり、隼人を翻弄し続ける。

 建物の地面や壁を縦横無尽に駆け巡り、瞬く間に隼人との距離を詰めてきた。

「私は負けない!」
 彼女の強烈なかかと落としを右肩に受けた。突き抜けるような痛みをその身に食らいながらも、その足を掴んだ。

「終われ!」
 隼人は足元に転がっていた十字架に黒炎を灯すと、彼女の体に突き刺した。

「がああああああ!」
 周囲の建物を揺らすような叫び声が響き渡る。彼女も離れようと抵抗してくるが、隼人は逃すまいと捕える。

 血で真っ赤に濡れた十字架を刺し込み続ける。ねじ込みながら、この戦いの終結を願った。

 すると先ほどまで小さく抵抗し続けていた要の動きが止まった。ゆっくりと彼女の顔を向けると、安らいだような表情を浮かべている。

「ああ、尊きお方」
 そう呟くと要が音を立てて、足元に崩れた。あたりを包む虚しい空気。寂れた肉塊だけが静かに横たわっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...