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「怪鳥の胸中」
しおりを挟む物心をついた時から剣を振るっていた。朝早くに目を覚まして、父と刀を重ねる。
理由を尋ねると父は先祖の恨みを晴らすためと返した。
彼の一生は自分の家、鳳家を不幸に陥れた忌まわしき聖堂寺家への復讐に捧げられる。
同じ一族に生まれながら、分家という立場だけで不遇な思いをして来たという。
彼の父がその話をするたびに眉間に皺を寄せて、般若が宿ったような表情を浮かべていた。
十七の年になった頃、父からある命を授かった。聖堂寺家が管理する組織、忌獣対策本部に工作員として潜入して情報を鳥籠に流すという内容だ。
彼は父に言われるまま、対策本部の入隊式に入った。同い年くらいの銀髪の青年が隣に座って来た。
「あんたも今日から入るのか。俺は松阪シライ。よろしくな!」
「鵙だ。よろしく」
鳳という名が知られれば、聖堂寺の目につく恐れがあるので姓は伏せることにした。
一人で活動すると却って目立つ可能性がある。彼と行動を共にして、その傍らで情報をかき集めていこう。
訓練も休憩の時間も同じ時をともにすることが多かった。
「刀の振り方がなっていないぞ。もっと腰に力を入れろ」
「こっ、こうか?」
鵙はシライに剣を教える機会が生まれた。何度も剣を重ねるたび、初めは拙い動きだった彼も次第に動きが上達していったのだ。
「どうよ! 鵙! 悪くないだろ!?」
「まあ、数日前よりは」
努力が実るたびに見せるシライの無垢な笑顔に鵙自身も、思わず笑みをこぼした。
「なあ、鵙。もし俺たちはさあ、二十歳になるまで生きていたらさあ、一緒に酒飲もうぜ」
「酒? そうだな。その時まで君が生きていたら」
「バカにすんなよ。腕は上がっているんだ」
「この前、忌獣に背中を許した奴がいう言葉か?」
シライがバツの悪そうな表情を浮かべた。
彼といる時は鵙も工作員の任務を忘れていた。しかし、いつまでもこの時間を過ごせるわけではない。
その日も鵙はシライとともに戦地へ向かった。遺体と血の匂いが漂う中、彼は目にしたのだ。
そこには黒い鳥仮面と黒いマントに身を包んだ父がいた。そして、任務のことを思い出した。父が戦地に来た時が任務終了の合図だ。
「出やがったな。迦楼羅」
「うん。気を引き締めていこう」
シライにはそういったが、おそらく父の目的は鵙を攫うことだ。
作戦実行のために鵙はシライとともに父との戦闘に挑んだ。
飛んでくる無数の黒い羽根を躱しながら、距離を詰めていく。しかし、鵙は父が自分を回収するために手を抜いているのがなんとなく理解できた。
「はああああ! 覚悟!」
突然、シライが叫び声を上げながら、突撃していくのだ。あまりの無鉄砲さに鵙は背筋に冷や汗をかいた。
それに反応するように父がシライに次々と剣戟を仕掛けていく。途端にシライの顔がひきつり始めた。
友人の命の危機を察した鵙はすかさず間に割り込んだ。
「鵙!」
「一旦下がれ。隼人。ここは僕が引き受ける!」
鵙は父に何度も剣を振っていく。振るいながら後ろの崖まで向かった。計画では鵙はここから落下死という程で退却する。
もうすぐ別れが来る。歯ぎしりをしながらその事実を受け入れて、剣を振るっていく。
崖のすぐそばまで近づいた時、背後から気配を感じた。
「迦楼羅!」
シライが武器を構えて、飛びかかってきたのだ。その瞬間、父がシライに刀身を伸ばした。
このままではシライは串刺しになって終わる。鵙は覚悟を決めて、シライと父の間に割って入った。
父が突き出した鋭い剣先が鵙の腹部を貫いた。鵙はそのまま投げるように父に目でサインを送った。
父がそのまま、崖に向かって鵙を放り投げた。崖の底に落ちていく際、シライの叫び声が耳に響き渡る。
彼の嘆きを聞く度、胸が強く締め付けられる感覚を抱いた。
その時、彼は初めて理解した。これは悲しみなのだ。何か自分に不都合、堪らなく不快になった際に生じる感情である。
彼は楽しかったのだ。この日々がシライと過ごす時間が楽しくてたまらなかったんだ。
それから間も無く、鵙は父から迦楼羅の名を継いだ。黒い鳥仮面と同色のマント。
新しい自分の姿で戦場に向かった。死体の腐臭と敵味方の阿鼻叫喚が支配する世界。地獄はそこにあった。
誰の物かも分からない血が頬にこびりついていた。
そして、戦場でシライと剣を交えた。仮面の向こうから殺意をむき出しにしたシライが鵙を睨みつける。
「迦楼羅!」
シライが血走った目でこちらに向かってくる。その手には鵙が彼に教えた黒い炎が音を立てて、燃えていた。
剣術で悟られてしまわないように背中から出す羽根での遠距離攻撃で彼と対決する。
「よくも俺のダチを! 鵙を殺しやがったな! ぶっ殺してやる!」
その際もシライが黒炎を纏った刃で羽根を落としていく。戦いを切り上げて退却する際に友から無数の罵詈雑言を浴びた。
しばらく戦闘を続けると退避した。その際も背中には友からの強い視線が刺さっていた。
そして、退却している際に強く思った。何も知らなければ良かった。
友人など持たなければよかった。そうすれば友を持つ喜びもそれを失う怖さも知らずに済んだのだ。
その日から絆や愛というものを否定することに決めたのだ。
巨大な怪物の上で無気力で倒れこんでいる鵙。
血が流れ出るとともに心臓の鼓動が徐々に遅くなっていく。死というものを心身で理解しながら、薄れゆく意識に身を委ねる。
ふと手のひらに温もりを感じた。とても懐かしい感覚だ。
「父さん」
「お父様」
声のする方に霞みがかった眼を向けると、鷹と揚羽が手を握っていた。その表情から形容しがたいほどの虚しさが漂っていた。
「お前、たち」
今までろくに向き合って来なかった息子と娘。自身が欠けた時の適当な穴埋め程度にしか思っていなかった。
ぞんざいに扱ってきたのにも関わらず、その目には恨みは見られなかった。
脱力感と未だに暴れ続けるヴリトラの振動に身を委ねながら、静かに目を閉じた。
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