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22 ラマティアのユリ、ブルージュのレイピア
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【騎士団視点】
ブルージュ公爵邸内には、王立騎士団員が自由に出入りできる訓練場がある。
代々騎士を輩出してきたブルージュ公爵家には親族も含め騎士団に所属する者が多いため、必然的に出来上がった場所である。
友人や部下たちを連れてきて鍛錬するうちに、いつの間にか王立騎士団に所属するものならば使用が可能になったのだ。
今日も大公将軍の近衛三番隊長アルベールを中心に数十人の騎士たちが鍛錬に励んでいた。
剣技での足回しを部下に教えていたアルベールは、突然お屋敷の方を見ると駆け出して行ってしまった。
「隊長?」
その場にいた皆がアルベールを目で追いかけると、木立の間からこの場に不似合いなドレス姿の令嬢が現れる。
「うっわ! ルイーズお嬢様だ!」
騎士団員は一気に浮足立つ。
ルイーズは自分たちには到底お近づきになれない高嶺の花、ラマティアのユリとも、ブルージュのレイピアとも呼ばれる、美しく可憐なご令嬢だ。
吸い込まれるように、団員たちはアルベールを追ってルイーズの周囲に集まってしまう。
『うう、涙目! 可愛らしすぎる!』
団員たちはこのご令嬢の身に起きた不幸をよく知っている。
『あのクソ王子は、なんでこのご令嬢を振る事が出来たんだ?』
『うわ、細い。細すぎる。更にやつれちゃったんじゃないか? ああ、美味いもん食わしてやりてぇ』
『この可憐さで強いんだよな、このお嬢様。鍛錬中はいつぶっ倒れても俺が肉布団になりますからね!』
見るだけで庇護欲が掻き立てられ、どうにかなんとかしてやりたくなる。そんな騎士団の姫がルイーズなのだ。
そのルイーズが涙目で乗馬をしたい、剣を稽古したいと、アルベールに懇願している。
「俺のポニーが一番穏やかですよ」
「練習用の剣ならありますから案内しますよ」
何とかしてルイーズの要望を叶えてやりたい団員たちは、この後、せっせと騎士の詰所の掃除までして、ルイーズの居場所を作るのであった。
【ガスパール視点】
「あの子は聡いから皆まで言わなくても解るはず。そなたの裁量に任せる」
と我が主、ラマティア王国王妃から、ブルージュ公爵家ルイーズご令嬢への伝言という使命を賜った。
ルイーズ令嬢は王子宮で学習している姿を何度か見かけたことがある。
美しく、細く、可憐で、何とも頼りないご令嬢で、主の全幅の信頼を得ている言い様に妙なキャップを感じた。
そこまで価値のあるご令嬢か?
テオドリック殿下が婚約を破棄されたのも、あの頼りなさでは仕方ないのでは?
そんな事を思いながら、制服を着替え、騎士の姿でブルージュ公爵家を訪問する。
案内された訓練場の馬庭の片隅で、乗馬服姿の令嬢が若き近衛隊長と一緒に、優雅にティータイム中だった。
ガスパールの記憶よりも更に美しく成長している。
しかしその華奢さと、頼りない印象は変わらない。
用件を告げると
「私は元気とお伝えください」
と、簡単にあしらわれてしまった。
我が主の、王妃からの伝言だというのに、簡素な対応で腹が立つ。
無言で粘ると、ルイーズの方から遠乗りの提案がなされた。
鈍くはないらしい。
公爵邸の敷地に隣接した裏山へ連れて行かれる。
この令嬢は一人で馬にも乗れないのか?
子供みたいにアルベールの懐で、スローペースの乗馬を楽しんでいる。
風が気持ち良いだの、森の匂いが癒されるだの、本当に子供かと思うはしゃぎようだ。
無邪気に笑う姿は可愛らしく、アルベールとの体格差の激しさに繊細な小枝を相手にしているようで、壊れないようにしなければと目が離せなくなる。
そう言えば、ルイーズ令嬢はラマティアのユリと例えられているのだ。
白く細く可憐で、凛と立つユリ。
確かについつい手を出し支えたくなる危うさだ。
だが湖に着くと、無邪気にはしゃいでいた口調ががらりと変わった。
「半径50メートルに人はいませんよ」
確信に満ちた声に疑問が湧く。なぜそんな事が解るのだ?
疑問に思いつつ、本題を告げ、ヴァレリー王太子殿下の名を出すと、二人して微妙な反応をする。失礼な。
しかし、ルルヴァル王国との関係についてはきちんとご理解されている様子だ。
「交換条件があります」
と出された条件も、こちらへの探りも、意外な程上手い。
不快感なく、話は確信に触れずに進んでいく。
しかし、ルイーズ令嬢の受け答えはあいまいで、本当にこちらの意図が伝わっているのかが読めない。
仕方なく王都散策にまで付き合う羽目になる。
王都内をふらりふらりと馬で移動しているうちに、この令嬢が何をマークしているのかに気付いた。
「ちょっと! 困りますよ。あまり目立つようなことをしてはそちらの不利になりますよ!」
言っても令嬢は目をつぶって答えない。
「目立たないようにしましょう。ガスパール隊長なら、この辺りの地理に通じていらっしゃるでしょう? 頼りにしていますよ」
アルベールが代わりに答えるが、いつの間にか自分が巻き込まれていることに気付いただけだ。自分がもし宰相閣下の周囲を探っていると疑われたら、王室に影響を及ぼす。
忌々しく、いかにも散策しているだけの体を装い、バルリ侯爵邸を中心に小道を周回する。
しかし、本当に馬を巡らせているだけで、一体何がしたいのか解らない。
しばらくするとルイーズ令嬢がぱちりと目を開き、ヴァレリー王太子殿下へお礼に伺うと言う。
「よろしいのですか?」
と、つい聞いてしまった。
脈絡のなさに、一体自分が何をしているのか全く分からない。
「偵察させて頂きましたし、何とかやってみますわ」
と言うルイーズ令嬢のエメラルドの瞳は怪しく揺らめいていた。
「偵察?」
「はい。ご協力感謝致しますわ」
いやちょっと待て。彼女は何をした? 俺は何に協力した?
取り敢えず、主から賜った使命は全うしたものの、数刻前に華奢で頼りないと感じていたご令嬢が、今は得体の知れない不気味な存在へと変わっていた。
ブルージュのレイピア。
ルイーズのもう一つの異名を思い出す。
いつの間にか剣を突き付けられているような状態に、真夏だというのに首筋に寒気が走るのだった。
ブルージュ公爵邸内には、王立騎士団員が自由に出入りできる訓練場がある。
代々騎士を輩出してきたブルージュ公爵家には親族も含め騎士団に所属する者が多いため、必然的に出来上がった場所である。
友人や部下たちを連れてきて鍛錬するうちに、いつの間にか王立騎士団に所属するものならば使用が可能になったのだ。
今日も大公将軍の近衛三番隊長アルベールを中心に数十人の騎士たちが鍛錬に励んでいた。
剣技での足回しを部下に教えていたアルベールは、突然お屋敷の方を見ると駆け出して行ってしまった。
「隊長?」
その場にいた皆がアルベールを目で追いかけると、木立の間からこの場に不似合いなドレス姿の令嬢が現れる。
「うっわ! ルイーズお嬢様だ!」
騎士団員は一気に浮足立つ。
ルイーズは自分たちには到底お近づきになれない高嶺の花、ラマティアのユリとも、ブルージュのレイピアとも呼ばれる、美しく可憐なご令嬢だ。
吸い込まれるように、団員たちはアルベールを追ってルイーズの周囲に集まってしまう。
『うう、涙目! 可愛らしすぎる!』
団員たちはこのご令嬢の身に起きた不幸をよく知っている。
『あのクソ王子は、なんでこのご令嬢を振る事が出来たんだ?』
『うわ、細い。細すぎる。更にやつれちゃったんじゃないか? ああ、美味いもん食わしてやりてぇ』
『この可憐さで強いんだよな、このお嬢様。鍛錬中はいつぶっ倒れても俺が肉布団になりますからね!』
見るだけで庇護欲が掻き立てられ、どうにかなんとかしてやりたくなる。そんな騎士団の姫がルイーズなのだ。
そのルイーズが涙目で乗馬をしたい、剣を稽古したいと、アルベールに懇願している。
「俺のポニーが一番穏やかですよ」
「練習用の剣ならありますから案内しますよ」
何とかしてルイーズの要望を叶えてやりたい団員たちは、この後、せっせと騎士の詰所の掃除までして、ルイーズの居場所を作るのであった。
【ガスパール視点】
「あの子は聡いから皆まで言わなくても解るはず。そなたの裁量に任せる」
と我が主、ラマティア王国王妃から、ブルージュ公爵家ルイーズご令嬢への伝言という使命を賜った。
ルイーズ令嬢は王子宮で学習している姿を何度か見かけたことがある。
美しく、細く、可憐で、何とも頼りないご令嬢で、主の全幅の信頼を得ている言い様に妙なキャップを感じた。
そこまで価値のあるご令嬢か?
テオドリック殿下が婚約を破棄されたのも、あの頼りなさでは仕方ないのでは?
そんな事を思いながら、制服を着替え、騎士の姿でブルージュ公爵家を訪問する。
案内された訓練場の馬庭の片隅で、乗馬服姿の令嬢が若き近衛隊長と一緒に、優雅にティータイム中だった。
ガスパールの記憶よりも更に美しく成長している。
しかしその華奢さと、頼りない印象は変わらない。
用件を告げると
「私は元気とお伝えください」
と、簡単にあしらわれてしまった。
我が主の、王妃からの伝言だというのに、簡素な対応で腹が立つ。
無言で粘ると、ルイーズの方から遠乗りの提案がなされた。
鈍くはないらしい。
公爵邸の敷地に隣接した裏山へ連れて行かれる。
この令嬢は一人で馬にも乗れないのか?
子供みたいにアルベールの懐で、スローペースの乗馬を楽しんでいる。
風が気持ち良いだの、森の匂いが癒されるだの、本当に子供かと思うはしゃぎようだ。
無邪気に笑う姿は可愛らしく、アルベールとの体格差の激しさに繊細な小枝を相手にしているようで、壊れないようにしなければと目が離せなくなる。
そう言えば、ルイーズ令嬢はラマティアのユリと例えられているのだ。
白く細く可憐で、凛と立つユリ。
確かについつい手を出し支えたくなる危うさだ。
だが湖に着くと、無邪気にはしゃいでいた口調ががらりと変わった。
「半径50メートルに人はいませんよ」
確信に満ちた声に疑問が湧く。なぜそんな事が解るのだ?
疑問に思いつつ、本題を告げ、ヴァレリー王太子殿下の名を出すと、二人して微妙な反応をする。失礼な。
しかし、ルルヴァル王国との関係についてはきちんとご理解されている様子だ。
「交換条件があります」
と出された条件も、こちらへの探りも、意外な程上手い。
不快感なく、話は確信に触れずに進んでいく。
しかし、ルイーズ令嬢の受け答えはあいまいで、本当にこちらの意図が伝わっているのかが読めない。
仕方なく王都散策にまで付き合う羽目になる。
王都内をふらりふらりと馬で移動しているうちに、この令嬢が何をマークしているのかに気付いた。
「ちょっと! 困りますよ。あまり目立つようなことをしてはそちらの不利になりますよ!」
言っても令嬢は目をつぶって答えない。
「目立たないようにしましょう。ガスパール隊長なら、この辺りの地理に通じていらっしゃるでしょう? 頼りにしていますよ」
アルベールが代わりに答えるが、いつの間にか自分が巻き込まれていることに気付いただけだ。自分がもし宰相閣下の周囲を探っていると疑われたら、王室に影響を及ぼす。
忌々しく、いかにも散策しているだけの体を装い、バルリ侯爵邸を中心に小道を周回する。
しかし、本当に馬を巡らせているだけで、一体何がしたいのか解らない。
しばらくするとルイーズ令嬢がぱちりと目を開き、ヴァレリー王太子殿下へお礼に伺うと言う。
「よろしいのですか?」
と、つい聞いてしまった。
脈絡のなさに、一体自分が何をしているのか全く分からない。
「偵察させて頂きましたし、何とかやってみますわ」
と言うルイーズ令嬢のエメラルドの瞳は怪しく揺らめいていた。
「偵察?」
「はい。ご協力感謝致しますわ」
いやちょっと待て。彼女は何をした? 俺は何に協力した?
取り敢えず、主から賜った使命は全うしたものの、数刻前に華奢で頼りないと感じていたご令嬢が、今は得体の知れない不気味な存在へと変わっていた。
ブルージュのレイピア。
ルイーズのもう一つの異名を思い出す。
いつの間にか剣を突き付けられているような状態に、真夏だというのに首筋に寒気が走るのだった。
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