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夜明けと共に死者を弔ったその直後、子供は熱を出した。
術で清潔にした小屋の中、魘される子供の声を聴きながら男は思う。
この俺が、子供の世話なんて。
――何十年ぶりだろうか。
遠い記憶となっていても、身体が手順を覚えていたのは幸いだった。
汗で貼り付いた髪。水で絞った布で額を拭ってやれば、いくらかましになったのか、苦しげな子供の顔はわずかに和らいだ。
熱さましの煎じ薬を飲ませるのには難儀した。何せ、嫌がる子供を宥め賺して口に含ませたすぐ後に、拒絶するように吐き出されるのだから。
……熱さましの煎じ薬は、大人でも涙が出るほど苦くてえぐいのだ。
高熱で上手く眠れずに、とうとう愚図りだした子供を抱き上げて、寝入るまで細い身体を揺らしてその背を撫でてあやした。
きっかり三日三晩魘された後で、目を覚ました子供はようやく口をきいた。
「あなたは、だれ? 母さん、は?」
それは、おそらく心を守るための無意識の防衛本能。
子供はあの夜の記憶を綺麗に失っていた。
けれど、心のどこかでは覚えているのだろう。目が覚めて、起き上がれるまでに回復しても、子供らしい表情が彼の顔に戻ることはなく、まるで人形のように虚ろなままだった。
その姿は痛ましく、気が付けば男の口は子供の問いに嘘をついていた。
「俺は魔術師だ。普段は旅をしている。お前には見込みがありそうだからな。俺の弟子にすることにした」
男にはとんでもなく下手な嘘をついた自信があった。看病に疲れていたせいもあるだろう。
この子供に魔術の才があるとは言い難かった。教えれば真似事くらいはできるようになるだろう。しかし、大成することはない。
それでも、生きていく糧となるのなら。
「お前の親は、俺にお前を預けて遠くへ行った。今頃は追いかけても、追い付かないところにいるだろう」
こんなことを言えば、泣くだろうか。男は一抹の不安を感じた。それでも、もう親には会えないという事実だけは告げておかねばならなかった。
相変わらず無表情な子供は、泣きだす代わりにその両手を男に向けて伸ばした。
まるで、抱き上げろとばかりに。
「……師匠に向かって、んなことをせがむ弟子がどこにいるっつーんだ……」
「し、しょう?」
「そーだ。馬鹿弟子」
師となった男は、弟子の曇天色の髪をぐりぐりと撫で混ぜる。すっかり熱は引いて、指に触れる温度は正常だった。
撫でている間も、頭から手を放しても、細い両腕は宙に浮いたままだった。
黙したままで、さらには無表情で。手を上げて抱かれるのを待っているのだから、もう笑うしかない。
大人しいは大人しいが、随分頑固な子供のようだ。
そういえば、出会った時からこうだった。それを思い出し、呆れたように笑った男は「今日だけだ」と前置きすると軽い身体を抱き上げた。
久方ぶりに開けた窓から、春のぬるい風が若草の香りを運び入れる。この分なら、しばらく天気が荒れることはないだろう。
「旅を始めるには丁度いい」
誰にともなく言いながら、片腕に抱いた弟子に窓から外を見せてやる。
窓の向こうには、美しく、生気に満ちた春の森が広がっていた。
「ししょう」
「なんだ」
呼び慣れないのか、たどたどしい発音で呼ぶ声に応えて、師は弟子の顔を覗き込む。こちらを見つめている透明な瞳が、驚くほど青かったことに今更気が付いた。
「よろしく、おねがいします」
弟子はピクリとも動かない顔つきでそれだけ言うと、ぺこりと頭を下げた。一応の礼儀は教え込まれていたらしい――が、しかし。
「抱き上げさせといて、言うことか」
師は窘めるように弟子のやわい頬を指先でつまんだ。
かくして、嘘つきは子供の師となり、静かで強情な子供は魔術師の弟子となったのであった。
術で清潔にした小屋の中、魘される子供の声を聴きながら男は思う。
この俺が、子供の世話なんて。
――何十年ぶりだろうか。
遠い記憶となっていても、身体が手順を覚えていたのは幸いだった。
汗で貼り付いた髪。水で絞った布で額を拭ってやれば、いくらかましになったのか、苦しげな子供の顔はわずかに和らいだ。
熱さましの煎じ薬を飲ませるのには難儀した。何せ、嫌がる子供を宥め賺して口に含ませたすぐ後に、拒絶するように吐き出されるのだから。
……熱さましの煎じ薬は、大人でも涙が出るほど苦くてえぐいのだ。
高熱で上手く眠れずに、とうとう愚図りだした子供を抱き上げて、寝入るまで細い身体を揺らしてその背を撫でてあやした。
きっかり三日三晩魘された後で、目を覚ました子供はようやく口をきいた。
「あなたは、だれ? 母さん、は?」
それは、おそらく心を守るための無意識の防衛本能。
子供はあの夜の記憶を綺麗に失っていた。
けれど、心のどこかでは覚えているのだろう。目が覚めて、起き上がれるまでに回復しても、子供らしい表情が彼の顔に戻ることはなく、まるで人形のように虚ろなままだった。
その姿は痛ましく、気が付けば男の口は子供の問いに嘘をついていた。
「俺は魔術師だ。普段は旅をしている。お前には見込みがありそうだからな。俺の弟子にすることにした」
男にはとんでもなく下手な嘘をついた自信があった。看病に疲れていたせいもあるだろう。
この子供に魔術の才があるとは言い難かった。教えれば真似事くらいはできるようになるだろう。しかし、大成することはない。
それでも、生きていく糧となるのなら。
「お前の親は、俺にお前を預けて遠くへ行った。今頃は追いかけても、追い付かないところにいるだろう」
こんなことを言えば、泣くだろうか。男は一抹の不安を感じた。それでも、もう親には会えないという事実だけは告げておかねばならなかった。
相変わらず無表情な子供は、泣きだす代わりにその両手を男に向けて伸ばした。
まるで、抱き上げろとばかりに。
「……師匠に向かって、んなことをせがむ弟子がどこにいるっつーんだ……」
「し、しょう?」
「そーだ。馬鹿弟子」
師となった男は、弟子の曇天色の髪をぐりぐりと撫で混ぜる。すっかり熱は引いて、指に触れる温度は正常だった。
撫でている間も、頭から手を放しても、細い両腕は宙に浮いたままだった。
黙したままで、さらには無表情で。手を上げて抱かれるのを待っているのだから、もう笑うしかない。
大人しいは大人しいが、随分頑固な子供のようだ。
そういえば、出会った時からこうだった。それを思い出し、呆れたように笑った男は「今日だけだ」と前置きすると軽い身体を抱き上げた。
久方ぶりに開けた窓から、春のぬるい風が若草の香りを運び入れる。この分なら、しばらく天気が荒れることはないだろう。
「旅を始めるには丁度いい」
誰にともなく言いながら、片腕に抱いた弟子に窓から外を見せてやる。
窓の向こうには、美しく、生気に満ちた春の森が広がっていた。
「ししょう」
「なんだ」
呼び慣れないのか、たどたどしい発音で呼ぶ声に応えて、師は弟子の顔を覗き込む。こちらを見つめている透明な瞳が、驚くほど青かったことに今更気が付いた。
「よろしく、おねがいします」
弟子はピクリとも動かない顔つきでそれだけ言うと、ぺこりと頭を下げた。一応の礼儀は教え込まれていたらしい――が、しかし。
「抱き上げさせといて、言うことか」
師は窘めるように弟子のやわい頬を指先でつまんだ。
かくして、嘘つきは子供の師となり、静かで強情な子供は魔術師の弟子となったのであった。
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