嘘つき師匠と弟子

聖 みいけ

文字の大きさ
15 / 83

07

しおりを挟む
 他愛のない話をしていくうちに時間は過ぎ、柱時計が再び定時の鐘を鳴らす。

 ユーダレウスの旅先の話に夢中になっていたマーサが、時計の針を確認しながら腰を上げる。

「そろそろ開店の時間だね。ミア、看板頼めるかい」

 ミアは頷くと早足で店のドアに向かい「準備中」の看板を裏返す。すると、すぐにミアとすれ違うようにして薄毛の男が店に転がり込んで来た。

 男は月の色の銀髪の魔術師の姿を見るやいなや喜色満面となり、自身の広めの額にぺたりと手のひらを当てた。

「怪しげな見てくれの男がマーサんとこに入ったきり出てこねえっつーから、まさかと思って来てみりゃあ……ユーダレウス!」

 喜びを表すように両腕を拡げた男を見て、正確には、その頭部を見てユーダレウスは曖昧な顔をした。

「久しぶりだな。親父さんそっくりになったな。その、なんだ……頭が」
「うるっせえ! 久々に会って一発目に言うことがそれか!」

 嬉しそうな笑顔のままに怒る男に、くく、と喉を鳴らしていると、挨拶もそこそこに、男は何か思い至ったように両手を叩いた。

「そうだ、ユーダレウス、今晩の宿はどうすんだ?」

 この食堂の二階に泊まる旨を伝えると、男は表情を和らげた。ほっとしたように残り少ない髪をかき上げる。

「いやなあ、ウチの店の通りにある宿屋のじいちゃん、覚えてんだろ? 『ユーダレウス様が来てるのに部屋の空きがねえ』って気ぃ揉んでてなあ」
「げ、あのお節介じいさん、まだ生きてんのかよ」
「おう、ヨボヨボの癖にぴんぴんしてんだよなあ。お節介にも磨きがかかってるぜ!」

 ぐっと親指を立てて、気持ちよく笑った男にげんなりとしながら、ユーダレウスはできる限りあの通りには近寄らないようにしようと心に決めた。
 件の宿屋の老爺に掴まれば最後、日が暮れてもあれやこれやと世話を焼かれるのが目に見えていた。悪意や下心が混じるものならば厳しく突っぱねればそれで終わるのだが、老爺のお節介は完全な善意だ。それゆえに無下にもできず、毎度逃げるのに苦労する。
 ましてや、今回は子連れだ。あの老爺は子供には心底甘い。それこそ砂糖より甘い。さらに時間が長引くことは間違いない。

 陽が落ちていくにつれ、来訪の噂を聞きつけた客が次々に集まり、いつしか店は満席となっていた。集まったのは近所に住むマーサと同世代の者が一番多いようだ。
 近所と言えど、夕食時に集まることもそうそうないようで、あちこちのテーブルからは、まるで祭りの日の宴のようにジョッキがガツンと突き合わせる音が聞こえていた。ユーダレウスのかけるテーブル付近に固まった婦人方など、本人そっちのけで料理をつついては世間話に興じている。ひょっとすると、集まるための口実にすぎないのかもしれない。

「ったく、年寄りばっかり集まりやがって」

 店内に集まった面々を、いつもの顔でぐるりと見まわしたユーダレウスが、軽口をたたいてやれやれと首を振る。

「誰より一番年食ってるあんたが言うことじゃないだろう!」

 マーサの言葉に集まった客達からは「違いない!」と喝采が起こった。

 その賑わいを聞きながら、ユーダレウスは心なしか眉間の皺を薄くして、手にしたジョッキを満たす泡の立つ酒をぐいと飲み干した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

処理中です...