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広場には、旅人が簡単な煮炊きをできるよう、簡素な石組みのかまどが作られていた。
かまどの側にある石造りの小屋の中には、空のコック付きの樽がいくつか置かれており、泉から水を汲んで貯められるようになっている。
「ヒューゴと一緒に泉まで水汲みに行ってくるよ」
「気を付けてね」
まだ明るいうちにテントの中で寝床の準備をしているサラに、パーシーがバケツを持ち上げて声をかけた。隣にいるヒューゴは手にヤカンをぶら下げている。
水辺へ向かう二人の背中を見送りながら、ユーダレウスは樽の具合を見ていた。穴でも開いていたらせっかく汲んできた水も無駄になってしまう。
蓋を開け、樽の中を覗き込む。樽の底には大ぶりな石が転がっていた。手を伸ばして触れると、それは「清浄化」のまじないのかかった守り石だった。
つるりとしたその石は、素人目には何の変哲もないただの石ころに見えるはずだ。意味のあるものに見えたとしても、せいぜい、空の樽が転がらないようにする重し代わりがいいとこだ。そのおかげで、この守り石はこうして盗まれることもなく残されているのだろう。
おそらく、この守り石は、街道を整備する国から依頼を受けたまじない師が、定期的にかけ直している。
ご苦労なことだと、顔も知らぬまじない師を心の中で労うと、ユーダレウスはその守り石をもとに戻した。これがあれば、樽の中は清潔に保たれ、注ぎ込まれた水も悪くなることはない。
テントに戻ると、中にいたティニが這い出てきた。その肩には黒い革の鞄がかかったままで、ユーダレウスは首を傾げる。ティニは確かにあの鞄を気に入っているが、テントが組み立て終わったら中に仕舞っておくのが常だった。
かすかな違和感に首をかしげる師を他所に、ぴょんと立ち上がったティニは森の方を指さした。
「師匠、ぼく、たきつけ拾ってきますね」
「……ああ。遠くには行くなよ」
ティニは頷くと、すぐ近場で乾いた葉や枝を拾い始めた。
ユーダレウスの旅は、早々宿に泊まることがない。徒歩で移動できる距離はそう長くない。子連れであればなおさらだ。次の街へとたどり着くまでにはかなりの時間がかかるため、この旅は野営が常だった。毎日のように野営をするとなると、その度に火を焚かねばならない。焚き付けに使う細い枝や葉を拾うのは、すっかりティニの仕事となっていた。近頃は乾いたものを見極めるのも、燃しても嫌な匂いの出ない種類の枝や枯れ葉を選ぶのも上手くなっていた。
そのうち、火のつけ方でも教えるか、いや、まだ早いだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、ユーダレウスはポケットから髪紐を取り出し、長い髪を後ろで一つに束ねた。シャツの袖をまくると、ノコギリを片手に杭の向こうにある森に足を踏み入れていく。気が付いたティニが、後ろからちょろちょろとついてきた。
ユーダレウスは足元をぐるりと見まわした。すぐに目当ての太い枝を見つけ、拾い上げる。大人の上腕程の太さのそれは、少々長く、大人ならば運べるだろうがティニには荷が重いだろう。ユーダレウスはそれをノコギリで適度な長さに切り分け、いくつか小脇に抱えた。
「師匠、これも持って行きますか?」
傍で細い枝を拾っていたティニが「よいしょ」と腕の中の細い枝の束を抱え直す。その視線は、地面に転がっている、切り分けられたばかりの太い枝を見ていた。
「いや、これはいい。今度は今持ってんのよりも、もう少し太い枝を拾ってこい。できるか?」
「はい!」
ティニは張り切って、先ほどよりも太い枝を拾っていく。しばらくすると、水汲みから戻ってきたヒューゴも加わった。二人はまるで競うように薪を拾っては持ってくる。そのおかげで、かまどの横にはあっという間に枝の山が出来上がっていった。
「ティニ! ヒューゴ! お前ら、枝はもういいからこっちに戻ってこい!」
放っておくと森中の枝という枝を拾ってきそうな勢いなので、ユーダレウスは頃合いを見て子供たちを馬車の傍まで呼び戻した。
馬車の周りで互いに追いかけ合って遊び始めた二人を眺め、ユーダレウスは焚火の準備にとりかかる。
簡単に石を半円状に並べただけのかまどの内側には、地面にくぼみがあった。ユーダレウスは、貯まった枯れ葉を手で中央に寄せ集めると、上に薪を二本寝かせた。その上に横たえるように、方向を変えて、先ほどノコギリで裁断した太い薪を間隔を開けて並べる。太い薪の間には、ティニ達が大量に拾ってきた中太の枝を並べた。
焚き付けの細い枝を上に乗せ、さらに、その上に火口に使う針葉樹の葉をひとつかみ盛る。これで準備は整った。
マッチを擦り、ひと呼吸待つ。それから慎重に火口に火を移した。具合を見ながら、適宜、枝や枯れ葉を追加していく。
しばらくすると、枝に火がつき、焚火は安定した炎をあげ始めた。
ユーダレウスはある種の達成感を味わいながら、地面に直接あぐらをかいて揺らぐ炎を見つめる。
魔術を使えば、火などいくらでも簡単に作れる。だが、ユーダレウスは、余裕がある時にはこれを手作業で焚くのを好んでいた。
魔術が使えるからと言って、全てのことを魔術で片づけようとは思わないのだ。かと言って、もしもの時にしか使わないと言うほど、達観しているわけでもない。
使いたい時と、使うべき時に使う。
当たり前のことだが、それはユーダレウスが魔術に関して自身に課した、唯一の決まり事だった。
かまどの側にある石造りの小屋の中には、空のコック付きの樽がいくつか置かれており、泉から水を汲んで貯められるようになっている。
「ヒューゴと一緒に泉まで水汲みに行ってくるよ」
「気を付けてね」
まだ明るいうちにテントの中で寝床の準備をしているサラに、パーシーがバケツを持ち上げて声をかけた。隣にいるヒューゴは手にヤカンをぶら下げている。
水辺へ向かう二人の背中を見送りながら、ユーダレウスは樽の具合を見ていた。穴でも開いていたらせっかく汲んできた水も無駄になってしまう。
蓋を開け、樽の中を覗き込む。樽の底には大ぶりな石が転がっていた。手を伸ばして触れると、それは「清浄化」のまじないのかかった守り石だった。
つるりとしたその石は、素人目には何の変哲もないただの石ころに見えるはずだ。意味のあるものに見えたとしても、せいぜい、空の樽が転がらないようにする重し代わりがいいとこだ。そのおかげで、この守り石はこうして盗まれることもなく残されているのだろう。
おそらく、この守り石は、街道を整備する国から依頼を受けたまじない師が、定期的にかけ直している。
ご苦労なことだと、顔も知らぬまじない師を心の中で労うと、ユーダレウスはその守り石をもとに戻した。これがあれば、樽の中は清潔に保たれ、注ぎ込まれた水も悪くなることはない。
テントに戻ると、中にいたティニが這い出てきた。その肩には黒い革の鞄がかかったままで、ユーダレウスは首を傾げる。ティニは確かにあの鞄を気に入っているが、テントが組み立て終わったら中に仕舞っておくのが常だった。
かすかな違和感に首をかしげる師を他所に、ぴょんと立ち上がったティニは森の方を指さした。
「師匠、ぼく、たきつけ拾ってきますね」
「……ああ。遠くには行くなよ」
ティニは頷くと、すぐ近場で乾いた葉や枝を拾い始めた。
ユーダレウスの旅は、早々宿に泊まることがない。徒歩で移動できる距離はそう長くない。子連れであればなおさらだ。次の街へとたどり着くまでにはかなりの時間がかかるため、この旅は野営が常だった。毎日のように野営をするとなると、その度に火を焚かねばならない。焚き付けに使う細い枝や葉を拾うのは、すっかりティニの仕事となっていた。近頃は乾いたものを見極めるのも、燃しても嫌な匂いの出ない種類の枝や枯れ葉を選ぶのも上手くなっていた。
そのうち、火のつけ方でも教えるか、いや、まだ早いだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、ユーダレウスはポケットから髪紐を取り出し、長い髪を後ろで一つに束ねた。シャツの袖をまくると、ノコギリを片手に杭の向こうにある森に足を踏み入れていく。気が付いたティニが、後ろからちょろちょろとついてきた。
ユーダレウスは足元をぐるりと見まわした。すぐに目当ての太い枝を見つけ、拾い上げる。大人の上腕程の太さのそれは、少々長く、大人ならば運べるだろうがティニには荷が重いだろう。ユーダレウスはそれをノコギリで適度な長さに切り分け、いくつか小脇に抱えた。
「師匠、これも持って行きますか?」
傍で細い枝を拾っていたティニが「よいしょ」と腕の中の細い枝の束を抱え直す。その視線は、地面に転がっている、切り分けられたばかりの太い枝を見ていた。
「いや、これはいい。今度は今持ってんのよりも、もう少し太い枝を拾ってこい。できるか?」
「はい!」
ティニは張り切って、先ほどよりも太い枝を拾っていく。しばらくすると、水汲みから戻ってきたヒューゴも加わった。二人はまるで競うように薪を拾っては持ってくる。そのおかげで、かまどの横にはあっという間に枝の山が出来上がっていった。
「ティニ! ヒューゴ! お前ら、枝はもういいからこっちに戻ってこい!」
放っておくと森中の枝という枝を拾ってきそうな勢いなので、ユーダレウスは頃合いを見て子供たちを馬車の傍まで呼び戻した。
馬車の周りで互いに追いかけ合って遊び始めた二人を眺め、ユーダレウスは焚火の準備にとりかかる。
簡単に石を半円状に並べただけのかまどの内側には、地面にくぼみがあった。ユーダレウスは、貯まった枯れ葉を手で中央に寄せ集めると、上に薪を二本寝かせた。その上に横たえるように、方向を変えて、先ほどノコギリで裁断した太い薪を間隔を開けて並べる。太い薪の間には、ティニ達が大量に拾ってきた中太の枝を並べた。
焚き付けの細い枝を上に乗せ、さらに、その上に火口に使う針葉樹の葉をひとつかみ盛る。これで準備は整った。
マッチを擦り、ひと呼吸待つ。それから慎重に火口に火を移した。具合を見ながら、適宜、枝や枯れ葉を追加していく。
しばらくすると、枝に火がつき、焚火は安定した炎をあげ始めた。
ユーダレウスはある種の達成感を味わいながら、地面に直接あぐらをかいて揺らぐ炎を見つめる。
魔術を使えば、火などいくらでも簡単に作れる。だが、ユーダレウスは、余裕がある時にはこれを手作業で焚くのを好んでいた。
魔術が使えるからと言って、全てのことを魔術で片づけようとは思わないのだ。かと言って、もしもの時にしか使わないと言うほど、達観しているわけでもない。
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