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夏休みの間
36.新しいお風呂場。
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それはともかくとして、先生に「兄ちゃん」と呼ばれるからには、弟か妹がいるのだろうということは、想像できた。だから今Y先生の言った「ヒィちゃん」は、シィ兄ちゃんの「弟」なのだろうと、龍は考えた。それも小学生の男の子なんだろう、と思った。
だってそうじゃなければその子用に用意してある肌着を、小学生の龍に貸すことはできなのだから。
『しりょうお兄さんが「シィ兄ちゃん」なら、「ヒィちゃん」だと……もしかして「ひりょう」とかいう名前じゃないだろうか』
龍の頭の隅っこに、芋畑を作ったときにシィ兄ちゃんが担いできた、ちょっとだけ臭かった「肥料」の入ったビニール袋が浮かんだ。
『さすがにそんな名前はないか』
龍は考え直して、
『「ひ」が付く名前だと……ヒロシとか、ヒトシとかかな』
と、予測した。
脱衣所でY先生は龍に近所の商店のお年賀らしい新品のタオルと、赤いボール紙の箱に入った新品の石けんを渡してくれた。
「お湯にゆっくり入って、体の芯まで温めなさいね」
そういって、Y先生は脱衣所から出た。
龍は生乾きの服を脱いで、すぐそこの脱衣籠の中に投げ入れた。服はボタッと重たく落ちて、籠の縁に引っかかり、だらしなく伸びたくしゃくしゃの固まりになった。
そのくしゃくしゃを見て、
『先生の家のお風呂を借りて、しかも洗濯もしてもらうのに、家のお風呂でするみたいに服を洗濯籠に投げたら、失礼だ』
そう思い直した。中は服を籠から取り出して、たたんで入れ直した。
もしその畳まれた服を他の人が見たら、投げ込んだのと大して変わらないじゃないかと思う位、ダラリンとしていたけれど、本人はきれいにたたんだつもりだ。
龍から見たら、
『もしかしたら先生にほめられるんじゃないか』
と思う位に丁寧にできあがっていて、満足していた。
お風呂場には湯気が一杯に立ちこめていた。
龍は、最初にシャワーを浴びようとして温度調節を間違って、
「ひゃぁ、冷たい!」
と叫んでしまった以外は、快適なバスタイムを過ごした。
体を洗い終わって湯船に浸かっている、脱衣所との仕切のガラス戸に、人影が映った。
磨りガラス越しの上、湯気の充満した洗い場の空気越しだから、はっきりとは判らなかったけれど、その小柄な影は、手にたたまれた服やバスタオルを持っているように見えた。
影は持っていたバスタオルや服らしい物を脱衣所の棚に置くと、一言も声を出さず、そのまま出て行った。
「Y先生?」
湯船から飛び出した龍は、髪の毛からぽたぽた水を滴らせながら、脱衣所のドアを少し開けた。
もうそこには誰もいなかった。
脱衣籠の中からは龍が脱いだ服がなくなっていて、代わりにキレイに洗濯された服やバスタオルと、新品の真っ白な肌着が入っていた。
『先生、何か一言ぐらい言ってから行けば良いのに』
龍はちょっと寂しい気分になった。
だってそうじゃなければその子用に用意してある肌着を、小学生の龍に貸すことはできなのだから。
『しりょうお兄さんが「シィ兄ちゃん」なら、「ヒィちゃん」だと……もしかして「ひりょう」とかいう名前じゃないだろうか』
龍の頭の隅っこに、芋畑を作ったときにシィ兄ちゃんが担いできた、ちょっとだけ臭かった「肥料」の入ったビニール袋が浮かんだ。
『さすがにそんな名前はないか』
龍は考え直して、
『「ひ」が付く名前だと……ヒロシとか、ヒトシとかかな』
と、予測した。
脱衣所でY先生は龍に近所の商店のお年賀らしい新品のタオルと、赤いボール紙の箱に入った新品の石けんを渡してくれた。
「お湯にゆっくり入って、体の芯まで温めなさいね」
そういって、Y先生は脱衣所から出た。
龍は生乾きの服を脱いで、すぐそこの脱衣籠の中に投げ入れた。服はボタッと重たく落ちて、籠の縁に引っかかり、だらしなく伸びたくしゃくしゃの固まりになった。
そのくしゃくしゃを見て、
『先生の家のお風呂を借りて、しかも洗濯もしてもらうのに、家のお風呂でするみたいに服を洗濯籠に投げたら、失礼だ』
そう思い直した。中は服を籠から取り出して、たたんで入れ直した。
もしその畳まれた服を他の人が見たら、投げ込んだのと大して変わらないじゃないかと思う位、ダラリンとしていたけれど、本人はきれいにたたんだつもりだ。
龍から見たら、
『もしかしたら先生にほめられるんじゃないか』
と思う位に丁寧にできあがっていて、満足していた。
お風呂場には湯気が一杯に立ちこめていた。
龍は、最初にシャワーを浴びようとして温度調節を間違って、
「ひゃぁ、冷たい!」
と叫んでしまった以外は、快適なバスタイムを過ごした。
体を洗い終わって湯船に浸かっている、脱衣所との仕切のガラス戸に、人影が映った。
磨りガラス越しの上、湯気の充満した洗い場の空気越しだから、はっきりとは判らなかったけれど、その小柄な影は、手にたたまれた服やバスタオルを持っているように見えた。
影は持っていたバスタオルや服らしい物を脱衣所の棚に置くと、一言も声を出さず、そのまま出て行った。
「Y先生?」
湯船から飛び出した龍は、髪の毛からぽたぽた水を滴らせながら、脱衣所のドアを少し開けた。
もうそこには誰もいなかった。
脱衣籠の中からは龍が脱いだ服がなくなっていて、代わりにキレイに洗濯された服やバスタオルと、新品の真っ白な肌着が入っていた。
『先生、何か一言ぐらい言ってから行けば良いのに』
龍はちょっと寂しい気分になった。
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