72 / 78
夏休みの間
72.自分じゃない自分。
しおりを挟む
龍の心の外側を覆っている、別の「逞しい男」の心が、捻り絞られる手ぬぐいみたいに締め付けられた。
その哀しみ方があんまり大きいので、龍は自分も一緒に押しつぶされるんじゃないかと感じた。
『人の子の命は短すぎる。子も孫も曾孫も玄孫も、我より早く鬼籍に入りおる』
『それでも普通の人よりはいくらか長う生きますような。……戦の頃は致し方ありませぬが』
寅姫は苦しそうに笑った。眼がちょっとだけ赤い。
龍と龍神の心は、一緒になって慌てた。
女の子が泣いているときになんて言ったらいいのかなんて、子供の龍にはまるで判らないことだ。
そして人間でない龍神にも、とても難しいことらしい。
龍達が戸惑っていることに気付いた寅姫は、白い着物の袖で軽く目頭を押さえてから、元通りの笑顔を作った。
『さても……。これまでになく幼い、しかもこれまでになかったことに女の童である守人なれど、守人であるからにはその役目を担って貰わねばなりませぬし、また我らもその願いを聞いてやらねばなりませぬ』
『雨を降らせよと? 無体な事を』
龍神は水の中で胡座をかいた。腕組みして、首を傾げる。大分困って、ちょっと怒って、そうとう弱って、かなり迷っているらしい。
龍も首をかしげた。なんで龍神が困っているのか、良くわからない。
「だって、龍神って『カミサマ』なのに。
水のないところに池を作れるくらいすごい『カミサマ』なのに、ちょっと雨を降らせるくらいの事でそんなに困らなくったっていいじゃないか」
龍は口を尖らせた。龍神も同じようにすねた顔をした。
『水は龍脈に沿って進む。
天空より雨と降り、大地に潜り、浸み出でて川となり、野を通り田畑と人を潤し、流れ流れて大海に出で、やがて天に還る。それがまた雨と降る。
いわば、龍脈は始めも終わりもない輪のごときモノ。
新しく流れる水はその実、昨日流れた古い水と同じモノじゃ。
故に、昨日流れ去った水が戻って来ねば、明日降り落ちる雨は無い』
それはまるきり、誰かに教え諭すような口ぶりだった。でもその「誰か」は、目の前の寅姫ではなかった。
その証拠に、龍神は拳で自分の胸をドンと敲いて、こう付け足した。
『この分らず屋の青二才めが』
龍神の拳は、父親の拳骨みたいに龍の頭にごつんと当った。重たくて痛くて、でも暖かくて、ちょっと悲しい。
『誰のことですか?』
龍が言おうとしたことを、寅姫が訊いた。
『我の中におる、我でない我のことじゃ』
龍神はもう一度自分の胸を、今度は大きく開いた手で、軽く叩いた。龍は大きな掌で頭をくしゃくしゃになでられた気分になった。
『まあ、左様で』
寅姫は子供をあやす母親の顔で笑っていた。
『では我も今一度、我の外にいる、我でない我を諭しに参りましょう。
「お前自身が動こうとしなければ、天も動かぬ」と』
立ち上がり、低い天井に向かって泳ぎだそうとした寅姫を、龍神は引き留めた。
「流れを止めたタワケ者本人が動けばよいことじゃ」
龍神が立ち上がる。
よどんだ水が渦を巻いた。最初はゆっくり、そしてどんどん早く、渦はぐるぐると廻る。
やがて渦は水の中の竜巻になった。
その哀しみ方があんまり大きいので、龍は自分も一緒に押しつぶされるんじゃないかと感じた。
『人の子の命は短すぎる。子も孫も曾孫も玄孫も、我より早く鬼籍に入りおる』
『それでも普通の人よりはいくらか長う生きますような。……戦の頃は致し方ありませぬが』
寅姫は苦しそうに笑った。眼がちょっとだけ赤い。
龍と龍神の心は、一緒になって慌てた。
女の子が泣いているときになんて言ったらいいのかなんて、子供の龍にはまるで判らないことだ。
そして人間でない龍神にも、とても難しいことらしい。
龍達が戸惑っていることに気付いた寅姫は、白い着物の袖で軽く目頭を押さえてから、元通りの笑顔を作った。
『さても……。これまでになく幼い、しかもこれまでになかったことに女の童である守人なれど、守人であるからにはその役目を担って貰わねばなりませぬし、また我らもその願いを聞いてやらねばなりませぬ』
『雨を降らせよと? 無体な事を』
龍神は水の中で胡座をかいた。腕組みして、首を傾げる。大分困って、ちょっと怒って、そうとう弱って、かなり迷っているらしい。
龍も首をかしげた。なんで龍神が困っているのか、良くわからない。
「だって、龍神って『カミサマ』なのに。
水のないところに池を作れるくらいすごい『カミサマ』なのに、ちょっと雨を降らせるくらいの事でそんなに困らなくったっていいじゃないか」
龍は口を尖らせた。龍神も同じようにすねた顔をした。
『水は龍脈に沿って進む。
天空より雨と降り、大地に潜り、浸み出でて川となり、野を通り田畑と人を潤し、流れ流れて大海に出で、やがて天に還る。それがまた雨と降る。
いわば、龍脈は始めも終わりもない輪のごときモノ。
新しく流れる水はその実、昨日流れた古い水と同じモノじゃ。
故に、昨日流れ去った水が戻って来ねば、明日降り落ちる雨は無い』
それはまるきり、誰かに教え諭すような口ぶりだった。でもその「誰か」は、目の前の寅姫ではなかった。
その証拠に、龍神は拳で自分の胸をドンと敲いて、こう付け足した。
『この分らず屋の青二才めが』
龍神の拳は、父親の拳骨みたいに龍の頭にごつんと当った。重たくて痛くて、でも暖かくて、ちょっと悲しい。
『誰のことですか?』
龍が言おうとしたことを、寅姫が訊いた。
『我の中におる、我でない我のことじゃ』
龍神はもう一度自分の胸を、今度は大きく開いた手で、軽く叩いた。龍は大きな掌で頭をくしゃくしゃになでられた気分になった。
『まあ、左様で』
寅姫は子供をあやす母親の顔で笑っていた。
『では我も今一度、我の外にいる、我でない我を諭しに参りましょう。
「お前自身が動こうとしなければ、天も動かぬ」と』
立ち上がり、低い天井に向かって泳ぎだそうとした寅姫を、龍神は引き留めた。
「流れを止めたタワケ者本人が動けばよいことじゃ」
龍神が立ち上がる。
よどんだ水が渦を巻いた。最初はゆっくり、そしてどんどん早く、渦はぐるぐると廻る。
やがて渦は水の中の竜巻になった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる