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二学期の始まった日
76.案外何も変わらない。
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始業式の日は、とても面倒くさい。
まず早起きをしないといけない。
確かに夏休みの間はラジオ体操の判子を突いてもらうためにずっと六時には起きていたけれど、返ってきたら朝ご飯までの間に「二度寝」をして、ちゃんと起きるのは8時ぐらいだった。
でも学校が始ったら、そういうことはできない。
六時に起きる必要はなくなるけれど、寝坊するわけには行かなくなる。
龍は眠い目をこすりながら、ランドセルの中に「夏休みの友」と「計算ドリル」と「絵日記」を投げ込んだ。
お店のほうから、小さなお客と話している父親の声が聞こえる。
長期休み明けの雑貨屋に来るのは、消しゴムやら鉛筆やらノートといった「消耗品」を補充したい優秀な児童。
それから、休みの間に体操着や靴のサイズが合わなくなった成長期の児童。
そして、校章のバッチや学校指定の文房具の類を無くしたり壊したりした腕白な児童だ。
龍は年下だったり年上だったりする、真っ黒に日焼けした子供達の間を縫って外に出た。
店の前に見知った顔の児童がいた。クラスメイトの一人が、龍が出てくるのをずっと待っていたのだ。
その児童は龍の顔を見るなり、
「スネ夫、転校したんだって。夏休みの間に!」
と、妙に昂揚した声で言った。
龍の頭に、一人のクラスメイトの顔が浮かんだ。想像の中のそいつは、いつだって拗ねたような顔をしている。
スネ夫はいつでもちょっとすねたような顔をしていた。それからちょっと頭が良くて、ちょっとお金持ちの家の子だった。付いたあだ名が「スネ夫」。本人は嫌がっているみたいだったけど、クラスのみんなにそう呼ばれていた。
「なんで?」
龍は歩きながら訊ね返した。
「よく知らないけど……。
これ、俺から聞いたって、誰にも言わないでよ。
スネ夫の夜具、ひどい悪ふざけをして、誰かに大怪我をさせたらしいんだ。
ほら、あいつのウチ、病院やってるだろ?
それで、セケンテイっていうのが悪いからとかなんとか。
それでどこだか遠くの全寮制の学校に行くらしいよ」
ずいぶん詳しくて、それでいて要領を得ない答えが返ってきた。
『そういえば、コイツの母親はPTAの役員だっけ』
親の話を聞きかじって、なんとなく憶えたらしいことを言うクラスメイトに、
「ふぅん」
と、龍は生返事を返した。
「でもスネオが転校しちゃったら、ビデオ見せて貰えなくなるなぁ。
あ、でも、
『うちはβだから絵がキレイなんだ』
って変な自慢も聞かされなくて済むけど」
情報通君はちょっと惜しいような口ぶりで言い、踵をぺたんこに踏みつぶした下履きを下駄箱に放り込んだ。
狭い木の廊下は、ほとんど同じ方向に進む生徒達で混み合っている。
同じ学年の生徒達だから、龍はほとんどの顔を……名前までは知らないヤツもいるけれど……知っている。
そこにいる全員が当たり前の顔をして旧校舎の廊下を走り、当たり前の顔をして自分の教室に入り、当たり前の顔をして自分の席に座っている。
女子の「仲良しグループ」が集まって、ケラケラと何かを話し笑っている。
短いほうきと丸めたぞうきんで、昨日のナイターの物まねをしているヤツらもいる。
どこぞの遊園地に行ったと描いた絵日記のページと記念写真を自慢げに広げるヤツの周りに人だかりができている。
楽しそうで、浮ついていて、教室中が騒がしい。
騒がしさの中で、そこに「スネオ」がいないことを、誰も気に止めていなかった。
『友達が一人足りなくなっても、案外なにも変らないんだな』
龍は自分の席に着き、机に突っ伏した。
『今までもそうだったのかな。これからもそうなのかな』
なんとなく寂しくなって、彼は大きくため息を吐いた。
まず早起きをしないといけない。
確かに夏休みの間はラジオ体操の判子を突いてもらうためにずっと六時には起きていたけれど、返ってきたら朝ご飯までの間に「二度寝」をして、ちゃんと起きるのは8時ぐらいだった。
でも学校が始ったら、そういうことはできない。
六時に起きる必要はなくなるけれど、寝坊するわけには行かなくなる。
龍は眠い目をこすりながら、ランドセルの中に「夏休みの友」と「計算ドリル」と「絵日記」を投げ込んだ。
お店のほうから、小さなお客と話している父親の声が聞こえる。
長期休み明けの雑貨屋に来るのは、消しゴムやら鉛筆やらノートといった「消耗品」を補充したい優秀な児童。
それから、休みの間に体操着や靴のサイズが合わなくなった成長期の児童。
そして、校章のバッチや学校指定の文房具の類を無くしたり壊したりした腕白な児童だ。
龍は年下だったり年上だったりする、真っ黒に日焼けした子供達の間を縫って外に出た。
店の前に見知った顔の児童がいた。クラスメイトの一人が、龍が出てくるのをずっと待っていたのだ。
その児童は龍の顔を見るなり、
「スネ夫、転校したんだって。夏休みの間に!」
と、妙に昂揚した声で言った。
龍の頭に、一人のクラスメイトの顔が浮かんだ。想像の中のそいつは、いつだって拗ねたような顔をしている。
スネ夫はいつでもちょっとすねたような顔をしていた。それからちょっと頭が良くて、ちょっとお金持ちの家の子だった。付いたあだ名が「スネ夫」。本人は嫌がっているみたいだったけど、クラスのみんなにそう呼ばれていた。
「なんで?」
龍は歩きながら訊ね返した。
「よく知らないけど……。
これ、俺から聞いたって、誰にも言わないでよ。
スネ夫の夜具、ひどい悪ふざけをして、誰かに大怪我をさせたらしいんだ。
ほら、あいつのウチ、病院やってるだろ?
それで、セケンテイっていうのが悪いからとかなんとか。
それでどこだか遠くの全寮制の学校に行くらしいよ」
ずいぶん詳しくて、それでいて要領を得ない答えが返ってきた。
『そういえば、コイツの母親はPTAの役員だっけ』
親の話を聞きかじって、なんとなく憶えたらしいことを言うクラスメイトに、
「ふぅん」
と、龍は生返事を返した。
「でもスネオが転校しちゃったら、ビデオ見せて貰えなくなるなぁ。
あ、でも、
『うちはβだから絵がキレイなんだ』
って変な自慢も聞かされなくて済むけど」
情報通君はちょっと惜しいような口ぶりで言い、踵をぺたんこに踏みつぶした下履きを下駄箱に放り込んだ。
狭い木の廊下は、ほとんど同じ方向に進む生徒達で混み合っている。
同じ学年の生徒達だから、龍はほとんどの顔を……名前までは知らないヤツもいるけれど……知っている。
そこにいる全員が当たり前の顔をして旧校舎の廊下を走り、当たり前の顔をして自分の教室に入り、当たり前の顔をして自分の席に座っている。
女子の「仲良しグループ」が集まって、ケラケラと何かを話し笑っている。
短いほうきと丸めたぞうきんで、昨日のナイターの物まねをしているヤツらもいる。
どこぞの遊園地に行ったと描いた絵日記のページと記念写真を自慢げに広げるヤツの周りに人だかりができている。
楽しそうで、浮ついていて、教室中が騒がしい。
騒がしさの中で、そこに「スネオ」がいないことを、誰も気に止めていなかった。
『友達が一人足りなくなっても、案外なにも変らないんだな』
龍は自分の席に着き、机に突っ伏した。
『今までもそうだったのかな。これからもそうなのかな』
なんとなく寂しくなって、彼は大きくため息を吐いた。
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