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夏休みが終わる日

79.トラと龍

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 雨の降った翌々日。
 体育着と紅白帽の小学生が十人ばかり、川瀬に集まっていた。

 ある児童は手に「自治会清掃作業用」とプリントされた市指定のゴミ袋を持ち、あるいはスコップやほうきやざるを持ち、別の児童はノートとシャープペンを持っている。

「蛍を呼び戻す活動、なんだってさ」

 雑貨屋の若主人は、橋の欄干から上半身を突き出す危なっかしい姿勢で、川面をのぞき込んでいた。
 視線の先に児童達の姿はない。綺麗な水面に果樹農家の娘の白い顔が揺れている。

「僕たちの頃は、学校は手伝ってくれなかった。……個人的に手伝ってくれるオトナはすこしいたけれど」

 若主人はゆっくりと上半身を橋の中に戻す。
 ちらりととなりを見た。白い顔の中で、黒い瞳が笑っている。
 果樹農家の娘は狭い橋を横断し、反対側の欄干らんかんに両手を置いた。雑貨屋の若主人もその後を追いかけて、同じように欄干に手を置く。
 川上から湿った風がながれてくる。二人の髪の毛はなぶられ、渦を巻き、揺れる。

「前から不思議に思っていたんだけれど」

 若主人は水源の方向を見ていた。果樹農家の娘は無言で彼の横顔を見ている。

「なんで、君は『トラ』なんだろうって」

 娘は黒目がちな目を見開いた。

沙翁シェイクスピアだったら、それは私の方の台詞だよね。
 O Romeo, Romeo! Wherefore art thou Romeo?おおロミオ! ロミオ! あなたはどうしてロミオなの?

 吹き出し笑いを聞きながら、若主人は口を尖らせる。

「そうやって君はいつも難しい話しではぐらかす」

 真剣に怒っている、そう感じた果樹農家の娘は、すぐに笑顔を引っ込めた。そして拗ねた男の子供っぽい目をまっすぐに見る。

「君が『龍』だからだとおもうよ……たぶん」

「たぶん?」

 納得いかないことをまっすぐに表した、不満に満ちた単語を、彼は投げ帰した。

「そう、たぶん」

 そういって、彼女はうっすらと笑った。
 龍は欄干の上で寝返りを打つように、体の向きを変えた。
 目を閉じる。頭の奥の方に、細い川の浅瀬の景色が浮かんだ。
 それは確かに目を開けてもそこにある風景と同じだったけれど、それよりももっと大きくて、荒々しくて、優しい。

 子供の頃、彼は大雨が降った翌々日には、必ずその川瀬に行った。
 その細い川は暴れ川だった。
 特にその場所は急に水の流れが変わる場所で、木も草も皆、川から逃れようと、今でも体をねじ曲げて立っている。
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みんなの感想(1件)

葛城 惶
2021.05.25 葛城 惶

不思議な味わい深さのある作品。
丁寧に描かれた懐かしい風景と切なく温かい主人公達の交流が郷愁を誘います。

 現在と過去の時空が折り重なり交錯する中で主人公は何に気づき何を見つけるのか、純粋な子ども達の心の揺らめきが愛おしい。
児童書として子ども達に読ませたい温かさがある反面、大人もぐいぐい引き込まれます。

更新が楽しみでございます(〃´ω`〃)

神光寺かをり
2021.05.25 神光寺かをり

お読みいただきありがとうございました。
楽しんでいただけたようで何よりでございます。

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