63 / 63
清次郎と柔太郎
芹の浅漬け
しおりを挟む
二つの腹で二匹の腹の虫が同時に鳴いた。
「ああ、疲れたな、腹が減ったな」
弘がつぶやいた。
「然様でございますね」
清次郎が同意する。
それを合図としたかのように、襖の向こう側から
「旦那様、先生。晩飯のお膳を運んでよろしゅうございますか?」
秀助の声が聞こえた。
「おお、丁度良い、丁度良い。こっちへよこしてくれ」
弘は明るい声を上げ、手を叩いて応じた。空元気だ。
「へぇ、失礼いたしやす」
秀助が膳を二段重ねにして持ち込んだ。
菜飯と味噌汁、固い梅漬け、芹の浅漬けが並んでいる。
浅漬けは、芹に熱湯を掛け回して塩で揉んだものだ。
何も用意がない中でこれだけ作りあげたのだから、弘が、
「秀助とやら、お前さんなかなかに台所仕事の腕が高い。器用なものだ」
と褒めそやすのも世辞とはいえない。
「ほぅ清よ。まず飯を食おう。話はそれからで良いわ」
弘は秀助を手招いて、膳を並べさせた。
それを眺めながら清次郎が、
「義父上、食事の前に……芦田の家から預かってきたものがありますので」
縦長の風呂敷包みを差し出した。
「ん? 柔からか?」
風呂敷から檜の柄が二本突き出ているのを認めると、弘の表情は渋くなった。
「酒か?」
「柳町にある造酒屋の小堺屋平助で醸した亀齢という酒だそうです。おれなどは酒の味がわかりませんのが、芦田の兄が祝いの品としてわざわざ持たせたものですから、よい酒なのでしょう」
「しかし酒は……いや、柔太郎は昨夜わしらがしでかしたことを知らんわけだから、文句は言えぬが……だが酒は、もうわしらには不要のものだ」
「お止めになりますか?」
「わしは今後一切、酒を口にせん。一滴も飲まぬ。きぬにも飲ませぬ」
当然の考えだ。昨晩、弘ときぬが鷹女の「外出」に気付けなかった原因は酒にある。
「それはよろしいお考えです。しかし、この酒を無駄に捨てる訳にはゆきません」
「亀齢が味も値もいいのはわしでも知ってるだで。たしかに捨てるには勿体ないがな」
「そも、これを無駄に捨てたりしたら、わざわざ銘酒を選んで持たせてくれた芦田の父母兄姉におれが怒られます」
清次郎は笑って見せた。
「ほぅ、保身に走りおる」
弘も笑って答えた。清次郎と語るうちに、少しずつ心が軽くなってきているようだ。
「ともかく、酒は有難く使わせてもらいましょう」
「使う? 何に?」
「例えば……そう、今日一日中鷹殿を探して歩き回った権太や、義母上につきっきりでいてくれた直の労をねぎらうために一杯飲ませてやってもよろしかろうとぞんじますが。
残りは料理に使うなり、ご近所にお裾分けするなりいたせば、すぐに始末がつきます」
「そりゃいいが……。権めはわし達の酒でのやらかしを知っている。やつも『酒を止める』と抜かしかねん」
「ならば、義父上の同僚上役の方々に献じましょう。
義父上が『長くお役目を休む』ことになったことの詫びの品として押しつけ……いや、お届けすれば、きっと喜んでもらえるのではありませんかね?」
「つまり賄賂かえ?」
「いやですね義父上。贈物ですよ」
清次郎は縦長の風呂敷包みの結び目を解いた。
「さて、柄樽の中身の行き先は決まったようなものですから、柄樽の上の中身の行き先を決めましょう」
現れた柄樽の上には、ズッシリと重そうな竹皮の包みが乗っている。
「そりゃなんだね?」
「おはぎです。酒がダメなら、甘いものをお上がりになればよろしいのですよ」
「ああ、疲れたな、腹が減ったな」
弘がつぶやいた。
「然様でございますね」
清次郎が同意する。
それを合図としたかのように、襖の向こう側から
「旦那様、先生。晩飯のお膳を運んでよろしゅうございますか?」
秀助の声が聞こえた。
「おお、丁度良い、丁度良い。こっちへよこしてくれ」
弘は明るい声を上げ、手を叩いて応じた。空元気だ。
「へぇ、失礼いたしやす」
秀助が膳を二段重ねにして持ち込んだ。
菜飯と味噌汁、固い梅漬け、芹の浅漬けが並んでいる。
浅漬けは、芹に熱湯を掛け回して塩で揉んだものだ。
何も用意がない中でこれだけ作りあげたのだから、弘が、
「秀助とやら、お前さんなかなかに台所仕事の腕が高い。器用なものだ」
と褒めそやすのも世辞とはいえない。
「ほぅ清よ。まず飯を食おう。話はそれからで良いわ」
弘は秀助を手招いて、膳を並べさせた。
それを眺めながら清次郎が、
「義父上、食事の前に……芦田の家から預かってきたものがありますので」
縦長の風呂敷包みを差し出した。
「ん? 柔からか?」
風呂敷から檜の柄が二本突き出ているのを認めると、弘の表情は渋くなった。
「酒か?」
「柳町にある造酒屋の小堺屋平助で醸した亀齢という酒だそうです。おれなどは酒の味がわかりませんのが、芦田の兄が祝いの品としてわざわざ持たせたものですから、よい酒なのでしょう」
「しかし酒は……いや、柔太郎は昨夜わしらがしでかしたことを知らんわけだから、文句は言えぬが……だが酒は、もうわしらには不要のものだ」
「お止めになりますか?」
「わしは今後一切、酒を口にせん。一滴も飲まぬ。きぬにも飲ませぬ」
当然の考えだ。昨晩、弘ときぬが鷹女の「外出」に気付けなかった原因は酒にある。
「それはよろしいお考えです。しかし、この酒を無駄に捨てる訳にはゆきません」
「亀齢が味も値もいいのはわしでも知ってるだで。たしかに捨てるには勿体ないがな」
「そも、これを無駄に捨てたりしたら、わざわざ銘酒を選んで持たせてくれた芦田の父母兄姉におれが怒られます」
清次郎は笑って見せた。
「ほぅ、保身に走りおる」
弘も笑って答えた。清次郎と語るうちに、少しずつ心が軽くなってきているようだ。
「ともかく、酒は有難く使わせてもらいましょう」
「使う? 何に?」
「例えば……そう、今日一日中鷹殿を探して歩き回った権太や、義母上につきっきりでいてくれた直の労をねぎらうために一杯飲ませてやってもよろしかろうとぞんじますが。
残りは料理に使うなり、ご近所にお裾分けするなりいたせば、すぐに始末がつきます」
「そりゃいいが……。権めはわし達の酒でのやらかしを知っている。やつも『酒を止める』と抜かしかねん」
「ならば、義父上の同僚上役の方々に献じましょう。
義父上が『長くお役目を休む』ことになったことの詫びの品として押しつけ……いや、お届けすれば、きっと喜んでもらえるのではありませんかね?」
「つまり賄賂かえ?」
「いやですね義父上。贈物ですよ」
清次郎は縦長の風呂敷包みの結び目を解いた。
「さて、柄樽の中身の行き先は決まったようなものですから、柄樽の上の中身の行き先を決めましょう」
現れた柄樽の上には、ズッシリと重そうな竹皮の包みが乗っている。
「そりゃなんだね?」
「おはぎです。酒がダメなら、甘いものをお上がりになればよろしいのですよ」
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(18件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す
みにみ
歴史・時代
史実の第二次世界大戦が起きず、各国は技術力を誇示するための
「第二次海軍休日」崩壊後の無制限建艦競争に突入した
航空機技術も発達したが、それ以上に電子射撃装置が劇的に進化。
航空攻撃を無力化する防御陣形が確立されたことで、海戦の決定打は再び「巨大な砲」へと回帰した。
そんな中⑤計画で建造された改大和型戦艦「若狭」 彼女が歩む太平洋の航跡は
物置小屋
黒蝶
大衆娯楽
言葉にはきっと色んな力があるのだと証明したい。
けれど、もうやりたかった仕事を目指せない…。
そもそも、もう自分じゃただ読みあげることすら叶わない。
どうせ眠ってしまうなら、誰かに使ってもらおう。
──ここは、そんな作者が希望や絶望をこめた台詞や台本の物置小屋。
1人向けから演劇向けまで、色々な種類のものを書いていきます。
時々、書くかどうか迷っている物語もあげるかもしれません。
使いたいものがあれば声をかけてください。
リクエスト、常時受け付けます。
お断りさせていただく場合もありますが、できるだけやってみますので読みたい話を教えていただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
お疲れさまです。
「豁然として覚った」が読めなくて大変勉強になりました。(駁撃とかも)
やり返さないという手段を若くして覚えるのはすごいです!
感想を下さいましてありがとうございます。
この作品に関しては、ちょいちょい意図して難しい漢字を使っています。
柔太郎兄上が儒学者というところからの雰囲気作りの意味もありますです。
お読みいただき感謝でございます。
お疲れ様です。
カタカナルビを使用していることが明確にフィクションとオリジナリティーを表現できている作品に感じました。
まだ、ほんの少ししか読めていませんが、
合間を見て続きも読ませていただこうと思います。
大賞期間は残り僅かですが、最後まで頑張ってください!!
ありがとうございます。
歴史物は計量法や時刻制度が現在と違ったり、
どうしても判りづらい語彙を使わねばならなかったりするので、
ルビなどを使うことで、幾分か伝わりやすくなればよいな、と思っております。
艸→草の本字なんですね。顔文字の「(* ´艸`)クスクス」などに使うものとばかり思ってました。
部首としての「⺿(草冠)」が旧字(本字)では横棒が繋がってないのは、元の「艸」が「屮(くさ)が並んでいる様子」だから、らしいです。