竜頭――柔太郎と清次郎――

神光寺かをり

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柔太郎と清次郎

六分儀

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 しょうへいざかがくもんじょ在学中のことだ。柔太郎は十日ほど休暇いとまを願い出て、うらの港へ向かった。
 沖合に停泊する黒船を見るためだった。
 遊山レジャーではない。
 黒船、即ち米国蒸気巡防艦フリゲートサスケハナ号の大きさを計測するためだ。

 嘉永六年六月五日一八五三年七月十日昼に、柔太郎は江戸城西丸下の上田藩松平家上屋敷を出立した。

 柔太郎を初めとして上田藩から官営の学問所で学ぶことを許された若者達は、上屋敷の江戸家老長屋の一室に寄宿している。
 彼らはしょうへいこうに通い学ぶだけでなく、宿舎でも学問に励んでいた。
 しょきょうどく、その内容解釈についての議論、それらの教えをもって経世よをおさめ済民たみをすくうための方法に関する討論。
 夜明けから日没まで、彼らの熱い「学問」の様子が、御長屋の外まで聞こえた。
 彼らが昌平黌に通っている間、彼らの声の聞こえない静けさの方が、藩邸の人々には奇異に感じられるほどだ。
 熱の持った声に引き寄せられ、集まる人々がいた。
 窓の下で声を聞く者、上がり込んで共に書を読む者、論辯ディベートの輪に加わる者もある。
 そこには年齢のちょうようや身分の高低はなかった。上屋敷まで通ってくる、しもしきなかしきに詰めている者もいる。
 上田藩主であり幕府老中でもあるまつだいらただかたが、学問を好むけんくんであることが、家臣達にも影響を及ぼしているのだろう。

 さて、浦賀に赴く柔太郎には、藩所有の小型測量用具類が貸し付けられた。
 用具は真田紐で縛り止めた桐の収納箱に納められている。それを綿わたにくるんだ上から大風呂敷に包んで、柔太郎自らかついだ。
 下級藩士の柔太郎の移動手段は徒歩だ。
 藩邸が老下男一人を付けてくれたのだが、

「この機材だけは、自分の手で運びたい」

 柔太郎はかたくなに言って、包みを放そうとしなかった。

「先生、それはわっしをご信用いただけないという意味でしょうや?」

 老下男――名は彦六と言った――は悲しげな顔で問うた。
 彼は「窓の下で聞く」組の一員だ。「門前の小僧」であるが、少年と言っても良い柔太郎を、先生と呼んで敬う。

「いや違う」

 応える柔太郎の面に、子供じみたはにかみ笑顔が浮かんだ。

「憧れていたのだ。測量具や、磁針や、望遠鏡や……そういうものを、子どもの頃から『欲しい』と、『我が物にしたい』と、ずっと思っていた。それを手にしたのが嬉しくてならない。
 これが自分の物になったわけではないが、むしろ、だからこそ、できるだけ長い間、自分の手の内に抱いておきたい」

 柔太郎の目が輝いている。彦六は不満げに小首を傾げながらも、

「へぇ……」
 不承不承、小さな同意を返した。
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