わたしを救った私の英雄

よつ丸トナカイ

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11 助けられた者として

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わたしは矢野光莉。20歳の大学生。小学生の頃トラック事故に逢い、近くを通りがかった人に命を助けられました。その人の名は谷崎雄大。わたしを救った、わたしの英雄です。


あの日、横断歩道を歩いていると信号無視のトラックが猛スピードで、わたしの方へ迫ってきている事に気が付きました。その瞬間、あまりの恐怖に足がすくみ逃げだすことが出来ませんでした。

心臓が破裂しそうなほどの緊張。
頭の中も真っ白。
もう駄目だと目を閉じたその時、ものすごい力で後ろへ引っ張られて、投げ飛ばされたのです。
そして、わたしの周辺で起きている物凄い轟音や振動と共に心臓の鼓動が激しく轟いていました。
直後、一帯が静けさを取り戻した時、仰向けで見えた青空はいつもより穏やかで鮮やかに感じていた事を覚えています。


その後、両親からわたしの命を救ってくれた人がいて、大けがでまだ入院していると聞かされました。そこで初めて谷崎さんの事を知ったのです。
両親は谷崎さんに大変感謝しており、何度かお見舞いに行ってますが、何故かわたしを連れて行ってはくれません。今思うと谷崎さんの怪我を、わたしに見せたくなかったのだと思います。谷崎さんの怪我の状態は昨年、お会した時に初めて知ったぐらいです。



わたしは幸い大きな怪我もなかったのですが、しばらく外に出ることが出来ませんでした。自動車が側を通ると事故の事が思い出されてその場にうずくまってしまうのです。


そんなわたしを心配して、母は毎日のように新しい料理を作ってくれました。中でも「バジル」というハーブを使ったビザやパスタ、サラダは美味しかったです。今までハーブ料理は食べた事が無かったのですが、美味しいと伝えると、嬉しそうに積極的に翌日からバジル料理を作ってくれました。それでわたしの中では「バジル料理=母の味」となってしまっているのです。

でもさすがに毎日食べ続けると飽きてしまいます。
ハーブ料理に飽きてしまった頃、ちょうどわたしの心の恐怖も薄れていました。

「明日から学校行ってみようかな」
と母に伝えると、涙を浮かべながら喜んでいました。もう、大げさなんだから。

でも翌朝、玄関のドアノブを握った手は動かすことが出来ません。
事故の光景が頭の中をよぎり、ドアノブを握る手には汗でびっしょりです。
小学生だった、わたしでもわかる。
今、一歩踏み出さなければ、もう外の世界へ出ることは出来なる事を。



勇気を振り絞り、ドアを開ける。

そして・・・。外へ一歩踏み出す。

朝陽がわたしを優しく照らし青空が広がり、心地よい風がわたしを迎えに来てくれた。
そして鳥たちのさえずりは、勇気を出して一歩踏み出した、わたしへの祝福の歌声にも聞こえます。
すべての事象に人々に感謝をしたいです。



事故以来、暗い世界の中に閉じこもっていて、それがこの世界のすべてだと思っていました。だけど本当の世界はこんなにも鮮やかで、こんなにも清々しいものなんだと感動したこの光景が、今でも心の中で蘇ることがあります。

そして事故の後に芽生えた感謝の気持ちは日々の生活を重ねることで更に強いものとなっていったのです。何気ない日常の瞬間、学校の行事や友達との笑い。家族旅行や家で勉強をしている時でさえ、助けてもらったからこそできること。なにげない日常の一瞬一瞬が特別な価値を持つのだと理解しました。

この思いは、将来の目標にもつながりました。看護やリハビリを学べる大学へ進み「人々を助ける事、そして役に立つ事」。それを意識するようになったのです。
学校でも周囲に親切をすることを心掛けていました。谷崎さんの行動と比べると、とても小さい事なのですが、その時のわたしにとっては精一杯やれることだったのです。

気が付けば多くの友人と信頼を築き、高校では生徒会長を務めるまでになりました。鮮やかに咲いた優しい花に蝶が惹かれるが如く、わたしにも自然と人が集まってきていたのです。

特にわたしが、高校一年生の時の文化祭の出来事は今でも記憶に残るくらい、わたしの生き方を方向付けしてくれた出来事でした。

大学では恋人もでき大切な人と一緒に過ごす喜びを知りました。それもすべて、わたしの命を助けてもらったからこそなのです。事故後のわたしの人生は幸せそのものなのです。

大学入学の直前に、わたしを助けてくれて、しかもその後の人生を変えてくれた谷崎さんにお会いして感謝を伝えたいという気持ちが強くなっていました。
しかし、わたしが知っている事は両親が病院で撮った写真と曖昧な住所だけです。
幸いその住所は通う大学の周辺なので、いつか会えることを願って大学生活を過ごす事にしたのです。





そうして運命のように去年、公園で行われていたフードフェスティバルで谷崎さんを見つける事ができました。

それから、谷崎さんに色々と提案するのですが遠慮されているのか、やんわりと断れてしまってます。しかし、やっと会うことが出来たのでどうしても、恩返ししたい気持ちは募るばかりです。

彼氏に相談すると怪訝な顔をしますが、谷崎さんが望んでいないことを無理やりに押し付けるのは逆に失礼だと諭されます。確かにそうかもしれないけど、実際に命を助けられた人にしか分からない感情だと反論もします。
友人や彼と一緒にいる時でさえ、谷崎さんを見つけると声をかけに行ってしまいます。わたしにとってはそれが自然で当たり前な事なのです。

その様な事で彼氏とも口論をすることもあるのですが、きちんと説明をして納得はしてくれているようです。

そんなある日、幼稚園からの付き合いが長い親友に誘われ、地域ボランティア活動の一環として、温泉イベントのスタッフとして手伝う事にしました。その時に谷崎さんを思い切って誘いました。とても楽しんでおられたのでこれからも、谷崎さんに役に立てられて、喜んでもらえたらなと、わたしの心も嬉しさで弾んでいいたのですが・・・。


一転、先日のカフェでの谷崎さんの言葉に、わたしは戸惑いを隠せません。
はっきりと支援は必要でないと言われて、わたしの目標を目指す為に時間を使うべきと言われてしまったのです。

確かにそうかもしれません。あまり無理に押し付けるのも駄目だとは思うのですが、それでも何かお役に立ちたい気持ちは簡単に捨てられません。

また、はっきりと拒絶されてしまうと今後わたしはどのように谷崎さんに接すればいいか分からなくなります。あれだけ温泉の時はとても喜んでおられたのに、その後一体谷崎さんに何があったのか、わたしは知る由もありません。

谷崎さんは、とてもやさしく親切に、わたしを心配してくれていました。けれど今思えば、谷崎さんの瞳に光が無かった気がします。はやり、わたしを助けた事のせいで辛い日々を送られているのだろうか。わたしに見せていたあの笑顔や優しい表情は、わたしを心配させないための演技だったのだろうか。


わたしの心にはいろんなことが浮かび混乱しています。


わたしの心の中には冷たい風が吹きつけるのでした。今の寒い季節の様に。
でも寒い日は永遠には続かない。この寒さを耐えるときっと暖かい春がやってくる。
その日を信じて日々を過ごそうかと思っています。
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