混虫

萩原豊

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第五 梱包と仕分け

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一つに詰まった混沌を
各位それぞれ分けたらば
そこから一転多種多様


今日は非常に早起きだ。時計の針は、短針、長針共々、重なって十二を指している。
もちろん、目的があっての早起きだ。今日は単身、ある場所に、あるものを買いに行く予定だからだ。

もう十分だ!と言いたくなる程陽がさす晴天の下で、私は、先日の道の駅へと向かった。
同じ道、同じ車なのに、昼と夜では、世界が全く異なって見える。
いつも真っ暗な峠道は今、ガードレールの白が、太陽の光を跳ね返し、突き刺すような光を辺りに放っている。
路面は陽炎でなびいて見え、木の葉の緑は明るく、セミは、愛車の低く響く咆哮すらかき消してしまう程、けたましく鳴いている。

いつもと違ういつもの場所は、人々の活気で賑わっていた。
御老人方は、世間話をしながらアイスクリームを食べている。子供達は、近くの公園で遊んでいるらしく、奇声とも取れるようなはしゃぎ声が、こちらまで聞こえてくる。
奥様方は、今晩夕食の一品となるであろう野菜を選び、観光客らしき人々は、様々な特産品を物珍しそうに観ている。

平和で、安寧した、人々の日常。これもまた、自然の一環なのだろうか。

私がわざわざこんな時間に、こんな場所へ訪れたのも、勿論理由がある。先程も述べた通り、あるものを買いに来たのだ。

ここは毎年、この時期になると、甲虫が販売されている。この近辺は、木材を採るのにうってつけなのだが、その際に、カブトムシやクワガタムシが大量に現れるのだ。
業者は彼らを捕獲し、この場所へと売りに出す。無論、こう言った虫は、子供達だけでなく、私のような人間にも需要がある。

虫を買うなら、その辺のホームセンターで良いではないか、と、思う人も多いだろうが、それらとこれらは、同じ甲虫だとしても、全くもって異なる存在なのだ。
山奥で捕獲された天然の個体は、文字通り、自然界における彼らの姿そのものである。
灯火採取した個体と、ここで販売されている個体を比較することで、「行き場を失ったもの」と「勝ち残ったもの」の、違いを観察することができるのだ。
もっとも、人類が山を切り拓き、彼らを捕獲している時点で、彼らもまた「行き場を失ったもの」ではあるのだが。

小さなケースに、比較的大型のカブトムシが、数匹まとめて入れられ、売られていた。中には、かなり小さな個体も居る。今日は「この子達」を迎え入れることにしよう。
その隣には、「クワガタ」と一括りにされた、様々な種類のクワガタが、先程のカブトムシと同様に、売られていた。
先日採集したものと比較にならないほど、非常に立派なノコギリクワガタ達、さらに、ヒラタクワガタやミヤマクワガタの姿も確認できる。こちらも迎え入れることにした。

しかし、こんなにも多様な種を一括りに「クワガタ」として、一つのケースにまとめて入れて販売しているとは、なんと残酷で無知なことであろうか。販売者からすれば、売れたらそれで良いのだろうが。
もっとも、そんな彼らを購入している時点で、私も部分的にそれに加担しているとも言える。私もまた、残酷な人間の一個体なのだ。

いずれにしても、こうしてサンプルが手に入ることは、私にとっても大きなメリットとなる。
先程述べた通り、「本来なら勝ち残ったもの」が手に入るからだ。
彼らは、本来私の手では得られない。私は、歩行に杖が必要な程度に足が他人より不自由なため、深山に入る事は困難で危険なのである。

日照りで甲虫達が弱らないよう、私は車の幌を閉め、エアコンの温度を調節した。
車とは本来、このようにルーフを有する姿だが、日頃から幌を開けて車に乗り込む私としては、これはある意味閉鎖的で、異質な空間でもあった。
虫たちも居るし、こんな空間に長らく居るのも苦であるから、私は、さっさと家に帰ることにした。

そして、今日非常に早起きなのには、もう一つの理由がある。
オンラインでクワガタを購入したのだ。午後二時には到着する予定だから、それまでには帰らないといけない。

購入したのは、一個体だけではない。とある理由もあって、複数個体をまとめて購入したのだ。
またしても、我が家は甲虫達で溢れかえることとなった。

帰宅して早速、私は、既に用意していたアクリルの飼育ケースに彼らを分けた。
一括りに「カブトムシ」「クワガタ」とされていた彼らは、大中小のカブトムシ、立派なノコギリクワガタ、力強いヒラタクワガタ、この近辺では珍しいミヤマクワガタと、それぞれ別々になった。

幸い、皆一様に元気だ。一つのケースに複数個体を入れてしまうと、ストレスがかかるだけではなく、互いに傷付けあってしまう。
適当に販売者が放り込んだであろう、安物の昆虫ゼリーの減り方からして、おそらくまとめられて半日といったところだろうか。

甲虫、特にクワガタは、長時間同じ閉鎖的環境においてしまうと、あっという間に「デスゲーム」を始めてしまう。
そうなる前に、別々に分けることができたのは、彼らにとっても、彼らを迎え入れる私にとっても、幸いなことだった。

しばらくすると、インターホンが鳴った。

「お届け物でーす!」

「おつかれさまです。」

私の元勤め先の元上司が、私の注文した「品」を持ってきた。私はかつて、運送業者に勤務していたのだ。

「荷物」を受け取り、久しぶりに顔を合わせた元上司と、幾らかの世間話をした。どうやら、私が居なくなってしまった事で、仕事が忙しくなってしまったとのこと。
私は、そのことに対して詫びながらも、今の私の状態を説明した。
身体が悪くなってしまったため、仕事を辞めざるを得なくなったこと、今、昆虫に関する研究をしていること、そして、その「荷物」が私にとって「サンプル」であること・・・

元上司は、納得しながらも心配した様子で、最後に「元気でね!」と一言発し、仕事に戻った。

その後、即座に「サンプル」を先程同様に分けた。そして私は、いつものように、スプリッターを使って餌用のゼリーを両断し、それぞれのケースに入れた。
しばらくすると、インターホンが鳴ることもなく声が聞こえた。

「お届け物でーす!」

「おつかれさまです。」

こんなに声を張れる人は、私の周りに一人しかいない。先輩が来たのだ。

私は、いつものように、コーヒーを淹れる準備をした。
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