潜入スパイですが、敵国のわんこな部下を愛してしまったので、去る前に思い出SEXだけすることにしました。

水鏡あかり

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1 アイスウィッチと赤狗

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「あ、ホワイト中尉~!」
 廊下の向こうから、元気な赤髪のわんこ……いや、立派な成人男性なのだが、……手を振り振り、にぱーっという笑顔で駆け寄ってくる姿は、尻尾をぶんぶん振った可愛いわんこにしか見えない。
 リリア・ホワイトは、今日も萌えにぐっと心を掴まれつつ、表面上は、『アイスウィッチ』、つまり氷の魔女と陰口を囁かれている、いつもの鉄仮面で青年……ジャックを出迎えた。
「ジャック、緊急時以外は廊下を走るなと言っているでしょう?」
「へへ、すんません。だって中尉が見えたから」
 にかーっと人好きのする笑みが向けられ、リリアは再び、心の内だけで可愛さに身悶えた。こうも懐かれれば、悪い気はしない。
 ここは職場なうえ、リリアたちは軍組織の厳しい規律のなかに身を置く身であるから我慢しているが、許されることなら、よしよしと頭を撫でてやりたいくらいだった。
 ジャック・アステル少尉は、今年十九で、士官学校を卒業してまだ一年と少し、という青年だった。
 短く赤い髪をワックスでツンツンに立てていて、吊り目がちな大きな瞳は赤みがかった焦茶色をしている。にっと笑うと、尖った八重歯がのぞくのがなおさら、わんこっぽかった。
 えてして容姿端麗な人間は近寄りがたいものだが、ジャックは本人の明るい気質で表情がコロコロと変わるので親しみやすく、女性からの人気が高かったし、業務上でも先輩に可愛がられていた。
 ジャックはリリアの部下だが、今年、リリアのチームに新人は入ってこなかったから、いまだにジャックが一番下だ。その分、リリアはもちろん、先輩たちに可愛がられて、のびのびと過ごしているようだった。……まぁもちろん、厳しい指導も一身に受けているが。
 まだ伸びているらしい身長は178cmもあって、若い軽やかさのある体は、健康的に日焼けし、筋肉を纏いつつも、まだ細く、若木のようだった。
 癪なことに、リリアは身長が155cmしかなかったから、ジャックとは身長差が23cmもある。見上げるだけで首を痛めそうになるのが難点といえば難点だった。
 リリアは今年二十六で、さすがにとうの昔に身長の伸びは止まってしまっていたから、ジャックの身長が伸び続ける限り、差は広がるばかりだ。
 大きく異なるといえばもう一つ。
 赤い髪に、本人も赤を好むがゆえに派手な外見をしているジャックとは打って変わって、リリアは全体的に白い、色素が薄い外見をしていた。
 腰元まである長い真っ直ぐな銀髪に、濃い灰青色の瞳。肌は透き通るほど白く、筋肉も肉もつきづらい細身の体は、体術ともなれば鞭のようにしなやかにしなる。……その代わり、凹凸のない体はスレンダーといえば聞こえはいいが、子ども体型だと思って自分では少しだけ気にしていた。身長も155cmしかないから、なおさら成人女性だと認識されないことも多い。
 そんな対照的な二人が連れ立って歩いていれば結構目立つらしく、よく、『アイスウィッチが赤狗を散歩してた』と揶揄されていることをリリアは知っていた。
 二人に好意的な人間からは単なるジョークとして。悪意を持った人間からは悪口として。
「ホワイト中尉もこれから36さんろくブースに帰るんすよね? 一緒に行ってもいいっすか?」
「もちろん。ジャックは午前中は車体整備だったんでしょう? 問題なかった?」
「はい! 中尉のバイク、特に丁寧に整備しといたんで。また無茶な運転しても大丈夫ですよ。俺ってば有能でめっちゃ気が効く奴じゃないですか? お礼は中尉とランチデート権でいいっすよ!」
 ジャックの押し売り具合に、リリアは思わずくすくすと笑ってしまった。
「あ、笑った!」
「ふふっ……笑ってない」
「笑ってるでしょ、ねぇ中尉!」
「もー、笑ってないってば」
 リリアは笑みを隠しもしないまま、ジャックと連れ立って楽しい道行きを歩いた。
 36ブースはもう、すぐそこだ。
 そこは、リリアが統括を任されているチームの、拠点となっているブースだった。ジャックの所属もここだ。
 チームの仕事は、このシェル国内で起きた暴動の鎮圧や、警察では手に負えない手荒な犯罪組織の鎮圧。言うなれば、武力の何でも屋だった。
(みんな、揃ってるかな)
 今日はこれから、久々の全体ミーティングがある。チーム全員が一堂に会すのは全体ミーティングくらいだから、みんなの顔が見られるのが楽しみだった。
 アイスウィッチなどと言われているが、リリアは身内には甘い。敵には冷たくしているだけのこと。
 ジャックとじゃれながら36ブースに入る直前、ふいにジャックに二の腕を掴まれ、リリアは立ち止まった。
「なに、ジャック?」
 見上げれば、真剣な焦茶の瞳が見下ろしてきた。
「ねぇ、中尉。俺、中尉のこと好きって本当なんですからね。親愛の情なんかじゃなくて、LOVEですよ、LOVE。わかってますか?」
 リリアは困った。
 つい先日、リリアはジャックから告白されたばかりだった。
 わかっているか、わかっていないかで言えば、……わかっている。
(ジャックはたぶん、本当に私のことが好き。それはわかる……。でも、若気の至りって感じもするのよね)
 士官学校を出て、世話になった、比較的年齢の近い上官に、一線を越えて甘えたくなっただけとも思える。一過性の感情の昂りに巻き込まれるのはごめんだ。
 それにリリアには、ジャックの想いに応えるわけにはいかない事情があった。
 しかし、きっぱり断ってジャックが離れて行ってしまったら寂しい……。
 それでも、ついこの間やっと決意して、はっきりと断って清算してしまおうと思ったのに、聞かずに逃げていってしまったのはジャックのほうだ。
 こんな風にずるずるするのはジャックのためにもよくない。
 リリアが駄目とわかれば、また次の相手だって探せるだろう。
 七歳歳上のつれない上官に拘らなくとも、ジャックは人柄も顔も収入もいいのだし。
「それは……わかってるけど…………。というかジャック、その話を持ち出すってことは、貴方、私に振られる覚悟ができ」
「あーあーあーあーーー聞こえない!」
「ジャック!」
「イエス以外、受け取らないんで! 中尉、ランチいつでもいいんで、都合教えてくださいね! あ、今夜もいつものとこで待ってますから!」
 びっくりするほどの変わり身でパーっと去っていってしまった、赤髪のわんこの背中を見送る。
(可愛いし、……私もたぶん好きだけど、君と私じゃ、世界が違いすぎるのよ)
 だから、リリア自身のためにも、ケジメをつけさせてほしかった。


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