13 / 29
13
しおりを挟む
「もう限界です! あの王子、私の家の前で一晩中リュートを弾いてたんです!」
翌日の午後。
私の相談所に駆け込んできたミナ様は、目の下に濃いクマを作っていた。
「しかも、歌が下手なんです! 『オー、マイ・ミナ~♪ 君は僕の太陽~♪』って、近所迷惑で苦情が来て、大家さんから追い出されそうなんです!」
「……それは災難だったわね」
私は同情しつつ、彼女に強めのお茶(眠気覚まし用)を出した。
「リュートか。あいつ、まだ弾けたのか」
窓際で書類仕事をしているシグルド様が、呆れたように呟く。
「学生時代に『モテるために』練習して、三日で挫折したはずだが」
「だからコードが三つくらいしかなくて、無限ループなんです! 呪いの儀式かと思いました!」
ミナ様が頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
王家からの「戻ってこい命令」を私が燃やしたことで、クロード殿下の焦りは頂点に達しているらしい。
アンズが戻らないなら、せめてミナの愛だけは繋ぎ止めなければ、という思考回路なのだろう。
迷惑な話だ。
「さて、ミナ様。嘆いていても状況は変わらないわ」
私は切り出した。
「そろそろ反撃に出ましょう。あなたが殿下から解放されるための、具体的なプランを実行する時よ」
「プラン……あるんですか?」
ミナ様がガバッと顔を上げた。
「ええ。題して『百年の恋も一瞬で冷める、ドン引き作戦』よ」
私はホワイトボード(店に導入した新兵器)を用意し、キュキュッと書き込んだ。
**【目標:クロード殿下に「君とはやっていけない」と言わせる】**
「いい? 殿下から振られるのが一番安全よ。あなたが振ると、彼は『照れているんだね』と変換するか、『僕を試しているのか』と燃え上がるだけだから」
「はい……その通りです。あの方のポジティブ思考は病気です」
「だから、彼の方から『願い下げだ』と言わせるの。そのためには、彼が理想とする『可憐で儚いヒロイン像』をぶち壊す必要があるわ」
私はボードにさらに書き込んだ。
【クロード殿下の嫌いな女性のタイプ】
1. 可愛げがない(論理的すぎる)
→ これは私が担当したポジションね。
2. 強すぎる(物理)
→ 彼は自分より強い女性が怖い。
3. マニアックすぎる
→ 自分の理解できない趣味を持つ女性を敬遠する。
「このどれかを演じれば、彼は間違いなく引くわ」
「なるほど……」
ミナ様は真剣な表情でメモを取っている。
「で、ミナ様。あなたはどれがいけそう?」
「論理的……は、無理ですね。私、計算とか苦手ですし」
「じゃあ物理?」
「腕力も自信ないです。瓶の蓋も開けられないくらいで……」
「ふむ」
私は腕組みをした。
見た目は小動物系のミナ様だ。いきなりゴリラのような怪力を演じても、ギャグにしかならないかもしれない。
「じゃあ、3番ね。『マニアックな趣味』。何か人には言えない趣味とかないの? 昆虫食が好きとか、ワラ人形作りが日課とか」
「ないですよ! ……あ」
ミナ様が言いかけて、口をつぐんだ。
頬がポッと赤くなる。
「……あるの?」
「い、いえ、その……趣味というか、好みの問題なんですけど……」
ミナ様はモジモジと指を絡ませ、意を決したように言った。
「私……実は、その……『筋肉』が好きなんです」
「はい?」
「筋肉です。特に、上腕二頭筋と大胸筋の盛り上がりが……こう、たまらなく好きで……」
時が止まった。
私とシグルド様は顔を見合わせた。
「……筋肉?」
「はい。実家の父が騎士崩れで、毎日庭で筋トレしていたのを見て育ったので……。ひょろっとした男性より、丸太みたいな腕の男性を見ると、ドキドキしちゃうんです……!」
ミナ様が熱弁を振るい始めた。
その目は、クロード殿下を見る時のような死んだ魚の目ではなく、キラキラと輝いている。
「だから正直、クロード様のあの細い脚とか見ると『折れそうで怖い』って思っちゃって……。もっとこう、鎧の上からでも分かる厚みが欲しいんです!」
「…………」
意外な性癖(?)が発覚した。
私はニヤリと笑った。
「それよ」
「え?」
「それが使えるわ。クロード殿下は、自分の美貌に絶対の自信を持ってる。特にあの細身のスタイルを『貴公子の証』だと思ってるの」
私は指を鳴らした。
「あなたが彼に向かって『筋肉がない男は論外です』と言い放てば、彼のプライドはズタズタよ。しかも『他の男(筋肉)が好き』と公言すれば、彼の独占欲も萎えるはず」
「で、でも、そんなこと言ったら『じゃあ鍛えるよ』とか言いませんか?」
「あいつが筋トレなんて続くわけがない」
ここでシグルド様が口を挟んだ。
「あいつは汗をかくのを嫌う。『汗は美しい僕には似合わない』が口癖だ。筋肉をつけろと言われたら、間違いなく逃げ出すぞ」
「お墨付きが出たわね」
私はミナ様の肩を叩いた。
「決まりよ。あなたは今後、殿下の前では『筋肉キャラ』を解禁なさい。ことあるごとに『もっとプロテインを飲んでください』とか『サイドチェストのポーズが見たいです』とか要求するの」
「さ、サイドチェスト……?」
「大丈夫、私が仕込んであげる。ボディビルの掛け声集を持ってるから」
「アンズ様、なんでそんなもの持ってるんですか……」
「人間観察の一環よ」
こうして、方向性は決まった。
ターゲットは、一週間後に迫った『建国記念舞踏会』。
王家主催の、全貴族が参加する大規模なパーティーだ。
クロード殿下はそこで、ミナ様との婚約を正式に発表し、ついでに私への当てつけをするつもりらしい。
「その晴れの舞台で、殿下に引導を渡すのよ」
「は、はい……! 頑張ります!」
ミナ様が拳を握りしめる。
その姿は、か弱いヒロインではなく、戦場に赴く戦士のようだった。
「アンズ。一つ問題がある」
シグルド様が言った。
「舞踏会には、お前も招待されているはずだ。行かなければ、また侍従長がうるさいぞ」
「分かってます。行くつもりですよ」
私は不敵に笑った。
「特等席で、ミナ様の『筋肉カミングアウト』を見届けなきゃいけませんからね」
「……お前一人で行くのか?」
「まさか。エスコートしてくれる殿方がいないと、入場できませんもの」
私はシグルド様の方を向き、わざとらしく首を傾げた。
「ねえ、シグルド様。この店で一番暇そうな……いえ、一番頼りになる紳士をご存知ありませんか?」
シグルド様は、ふっと口元を緩めた。
「ああ、知っている。とびきり顔が良くて、権力があって、お前の悪巧みに付き合ってくれる物好きなら、ここに一人いる」
彼は立ち上がり、優雅に一礼した。
「アンズ嬢。私のパートナーとして、舞踏会に参加してくれるか?」
「喜んで、公爵閣下」
私はその手を取った。
ミナ様が「うわぁ、大人な雰囲気……」と顔を赤らめている。
準備は整った。
来るべき舞踏会は、クロード殿下にとって「悪夢」の夜になるだろう。
そして私にとっては、最高の「ショータイム」になるはずだ。
翌日の午後。
私の相談所に駆け込んできたミナ様は、目の下に濃いクマを作っていた。
「しかも、歌が下手なんです! 『オー、マイ・ミナ~♪ 君は僕の太陽~♪』って、近所迷惑で苦情が来て、大家さんから追い出されそうなんです!」
「……それは災難だったわね」
私は同情しつつ、彼女に強めのお茶(眠気覚まし用)を出した。
「リュートか。あいつ、まだ弾けたのか」
窓際で書類仕事をしているシグルド様が、呆れたように呟く。
「学生時代に『モテるために』練習して、三日で挫折したはずだが」
「だからコードが三つくらいしかなくて、無限ループなんです! 呪いの儀式かと思いました!」
ミナ様が頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
王家からの「戻ってこい命令」を私が燃やしたことで、クロード殿下の焦りは頂点に達しているらしい。
アンズが戻らないなら、せめてミナの愛だけは繋ぎ止めなければ、という思考回路なのだろう。
迷惑な話だ。
「さて、ミナ様。嘆いていても状況は変わらないわ」
私は切り出した。
「そろそろ反撃に出ましょう。あなたが殿下から解放されるための、具体的なプランを実行する時よ」
「プラン……あるんですか?」
ミナ様がガバッと顔を上げた。
「ええ。題して『百年の恋も一瞬で冷める、ドン引き作戦』よ」
私はホワイトボード(店に導入した新兵器)を用意し、キュキュッと書き込んだ。
**【目標:クロード殿下に「君とはやっていけない」と言わせる】**
「いい? 殿下から振られるのが一番安全よ。あなたが振ると、彼は『照れているんだね』と変換するか、『僕を試しているのか』と燃え上がるだけだから」
「はい……その通りです。あの方のポジティブ思考は病気です」
「だから、彼の方から『願い下げだ』と言わせるの。そのためには、彼が理想とする『可憐で儚いヒロイン像』をぶち壊す必要があるわ」
私はボードにさらに書き込んだ。
【クロード殿下の嫌いな女性のタイプ】
1. 可愛げがない(論理的すぎる)
→ これは私が担当したポジションね。
2. 強すぎる(物理)
→ 彼は自分より強い女性が怖い。
3. マニアックすぎる
→ 自分の理解できない趣味を持つ女性を敬遠する。
「このどれかを演じれば、彼は間違いなく引くわ」
「なるほど……」
ミナ様は真剣な表情でメモを取っている。
「で、ミナ様。あなたはどれがいけそう?」
「論理的……は、無理ですね。私、計算とか苦手ですし」
「じゃあ物理?」
「腕力も自信ないです。瓶の蓋も開けられないくらいで……」
「ふむ」
私は腕組みをした。
見た目は小動物系のミナ様だ。いきなりゴリラのような怪力を演じても、ギャグにしかならないかもしれない。
「じゃあ、3番ね。『マニアックな趣味』。何か人には言えない趣味とかないの? 昆虫食が好きとか、ワラ人形作りが日課とか」
「ないですよ! ……あ」
ミナ様が言いかけて、口をつぐんだ。
頬がポッと赤くなる。
「……あるの?」
「い、いえ、その……趣味というか、好みの問題なんですけど……」
ミナ様はモジモジと指を絡ませ、意を決したように言った。
「私……実は、その……『筋肉』が好きなんです」
「はい?」
「筋肉です。特に、上腕二頭筋と大胸筋の盛り上がりが……こう、たまらなく好きで……」
時が止まった。
私とシグルド様は顔を見合わせた。
「……筋肉?」
「はい。実家の父が騎士崩れで、毎日庭で筋トレしていたのを見て育ったので……。ひょろっとした男性より、丸太みたいな腕の男性を見ると、ドキドキしちゃうんです……!」
ミナ様が熱弁を振るい始めた。
その目は、クロード殿下を見る時のような死んだ魚の目ではなく、キラキラと輝いている。
「だから正直、クロード様のあの細い脚とか見ると『折れそうで怖い』って思っちゃって……。もっとこう、鎧の上からでも分かる厚みが欲しいんです!」
「…………」
意外な性癖(?)が発覚した。
私はニヤリと笑った。
「それよ」
「え?」
「それが使えるわ。クロード殿下は、自分の美貌に絶対の自信を持ってる。特にあの細身のスタイルを『貴公子の証』だと思ってるの」
私は指を鳴らした。
「あなたが彼に向かって『筋肉がない男は論外です』と言い放てば、彼のプライドはズタズタよ。しかも『他の男(筋肉)が好き』と公言すれば、彼の独占欲も萎えるはず」
「で、でも、そんなこと言ったら『じゃあ鍛えるよ』とか言いませんか?」
「あいつが筋トレなんて続くわけがない」
ここでシグルド様が口を挟んだ。
「あいつは汗をかくのを嫌う。『汗は美しい僕には似合わない』が口癖だ。筋肉をつけろと言われたら、間違いなく逃げ出すぞ」
「お墨付きが出たわね」
私はミナ様の肩を叩いた。
「決まりよ。あなたは今後、殿下の前では『筋肉キャラ』を解禁なさい。ことあるごとに『もっとプロテインを飲んでください』とか『サイドチェストのポーズが見たいです』とか要求するの」
「さ、サイドチェスト……?」
「大丈夫、私が仕込んであげる。ボディビルの掛け声集を持ってるから」
「アンズ様、なんでそんなもの持ってるんですか……」
「人間観察の一環よ」
こうして、方向性は決まった。
ターゲットは、一週間後に迫った『建国記念舞踏会』。
王家主催の、全貴族が参加する大規模なパーティーだ。
クロード殿下はそこで、ミナ様との婚約を正式に発表し、ついでに私への当てつけをするつもりらしい。
「その晴れの舞台で、殿下に引導を渡すのよ」
「は、はい……! 頑張ります!」
ミナ様が拳を握りしめる。
その姿は、か弱いヒロインではなく、戦場に赴く戦士のようだった。
「アンズ。一つ問題がある」
シグルド様が言った。
「舞踏会には、お前も招待されているはずだ。行かなければ、また侍従長がうるさいぞ」
「分かってます。行くつもりですよ」
私は不敵に笑った。
「特等席で、ミナ様の『筋肉カミングアウト』を見届けなきゃいけませんからね」
「……お前一人で行くのか?」
「まさか。エスコートしてくれる殿方がいないと、入場できませんもの」
私はシグルド様の方を向き、わざとらしく首を傾げた。
「ねえ、シグルド様。この店で一番暇そうな……いえ、一番頼りになる紳士をご存知ありませんか?」
シグルド様は、ふっと口元を緩めた。
「ああ、知っている。とびきり顔が良くて、権力があって、お前の悪巧みに付き合ってくれる物好きなら、ここに一人いる」
彼は立ち上がり、優雅に一礼した。
「アンズ嬢。私のパートナーとして、舞踏会に参加してくれるか?」
「喜んで、公爵閣下」
私はその手を取った。
ミナ様が「うわぁ、大人な雰囲気……」と顔を赤らめている。
準備は整った。
来るべき舞踏会は、クロード殿下にとって「悪夢」の夜になるだろう。
そして私にとっては、最高の「ショータイム」になるはずだ。
0
あなたにおすすめの小説
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)
あなたに嘘を一つ、つきました
小蝶
恋愛
ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…
最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる