婚約破棄、心より感謝申し上げます!

八雲

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「もう限界です! あの王子、私の家の前で一晩中リュートを弾いてたんです!」

翌日の午後。

私の相談所に駆け込んできたミナ様は、目の下に濃いクマを作っていた。

「しかも、歌が下手なんです! 『オー、マイ・ミナ~♪ 君は僕の太陽~♪』って、近所迷惑で苦情が来て、大家さんから追い出されそうなんです!」

「……それは災難だったわね」

私は同情しつつ、彼女に強めのお茶(眠気覚まし用)を出した。

「リュートか。あいつ、まだ弾けたのか」

窓際で書類仕事をしているシグルド様が、呆れたように呟く。

「学生時代に『モテるために』練習して、三日で挫折したはずだが」

「だからコードが三つくらいしかなくて、無限ループなんです! 呪いの儀式かと思いました!」

ミナ様が頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

王家からの「戻ってこい命令」を私が燃やしたことで、クロード殿下の焦りは頂点に達しているらしい。

アンズが戻らないなら、せめてミナの愛だけは繋ぎ止めなければ、という思考回路なのだろう。

迷惑な話だ。

「さて、ミナ様。嘆いていても状況は変わらないわ」

私は切り出した。

「そろそろ反撃に出ましょう。あなたが殿下から解放されるための、具体的なプランを実行する時よ」

「プラン……あるんですか?」

ミナ様がガバッと顔を上げた。

「ええ。題して『百年の恋も一瞬で冷める、ドン引き作戦』よ」

私はホワイトボード(店に導入した新兵器)を用意し、キュキュッと書き込んだ。

**【目標:クロード殿下に「君とはやっていけない」と言わせる】**

「いい? 殿下から振られるのが一番安全よ。あなたが振ると、彼は『照れているんだね』と変換するか、『僕を試しているのか』と燃え上がるだけだから」

「はい……その通りです。あの方のポジティブ思考は病気です」

「だから、彼の方から『願い下げだ』と言わせるの。そのためには、彼が理想とする『可憐で儚いヒロイン像』をぶち壊す必要があるわ」

私はボードにさらに書き込んだ。

【クロード殿下の嫌いな女性のタイプ】
1.  可愛げがない(論理的すぎる)
    → これは私が担当したポジションね。
2.  強すぎる(物理)
    → 彼は自分より強い女性が怖い。
3.  マニアックすぎる
    → 自分の理解できない趣味を持つ女性を敬遠する。

「このどれかを演じれば、彼は間違いなく引くわ」

「なるほど……」

ミナ様は真剣な表情でメモを取っている。

「で、ミナ様。あなたはどれがいけそう?」

「論理的……は、無理ですね。私、計算とか苦手ですし」

「じゃあ物理?」

「腕力も自信ないです。瓶の蓋も開けられないくらいで……」

「ふむ」

私は腕組みをした。

見た目は小動物系のミナ様だ。いきなりゴリラのような怪力を演じても、ギャグにしかならないかもしれない。

「じゃあ、3番ね。『マニアックな趣味』。何か人には言えない趣味とかないの? 昆虫食が好きとか、ワラ人形作りが日課とか」

「ないですよ! ……あ」

ミナ様が言いかけて、口をつぐんだ。

頬がポッと赤くなる。

「……あるの?」

「い、いえ、その……趣味というか、好みの問題なんですけど……」

ミナ様はモジモジと指を絡ませ、意を決したように言った。

「私……実は、その……『筋肉』が好きなんです」

「はい?」

「筋肉です。特に、上腕二頭筋と大胸筋の盛り上がりが……こう、たまらなく好きで……」

時が止まった。

私とシグルド様は顔を見合わせた。

「……筋肉?」

「はい。実家の父が騎士崩れで、毎日庭で筋トレしていたのを見て育ったので……。ひょろっとした男性より、丸太みたいな腕の男性を見ると、ドキドキしちゃうんです……!」

ミナ様が熱弁を振るい始めた。

その目は、クロード殿下を見る時のような死んだ魚の目ではなく、キラキラと輝いている。

「だから正直、クロード様のあの細い脚とか見ると『折れそうで怖い』って思っちゃって……。もっとこう、鎧の上からでも分かる厚みが欲しいんです!」

「…………」

意外な性癖(?)が発覚した。

私はニヤリと笑った。

「それよ」

「え?」

「それが使えるわ。クロード殿下は、自分の美貌に絶対の自信を持ってる。特にあの細身のスタイルを『貴公子の証』だと思ってるの」

私は指を鳴らした。

「あなたが彼に向かって『筋肉がない男は論外です』と言い放てば、彼のプライドはズタズタよ。しかも『他の男(筋肉)が好き』と公言すれば、彼の独占欲も萎えるはず」

「で、でも、そんなこと言ったら『じゃあ鍛えるよ』とか言いませんか?」

「あいつが筋トレなんて続くわけがない」

ここでシグルド様が口を挟んだ。

「あいつは汗をかくのを嫌う。『汗は美しい僕には似合わない』が口癖だ。筋肉をつけろと言われたら、間違いなく逃げ出すぞ」

「お墨付きが出たわね」

私はミナ様の肩を叩いた。

「決まりよ。あなたは今後、殿下の前では『筋肉キャラ』を解禁なさい。ことあるごとに『もっとプロテインを飲んでください』とか『サイドチェストのポーズが見たいです』とか要求するの」

「さ、サイドチェスト……?」

「大丈夫、私が仕込んであげる。ボディビルの掛け声集を持ってるから」

「アンズ様、なんでそんなもの持ってるんですか……」

「人間観察の一環よ」

こうして、方向性は決まった。

ターゲットは、一週間後に迫った『建国記念舞踏会』。

王家主催の、全貴族が参加する大規模なパーティーだ。

クロード殿下はそこで、ミナ様との婚約を正式に発表し、ついでに私への当てつけをするつもりらしい。

「その晴れの舞台で、殿下に引導を渡すのよ」

「は、はい……! 頑張ります!」

ミナ様が拳を握りしめる。

その姿は、か弱いヒロインではなく、戦場に赴く戦士のようだった。

「アンズ。一つ問題がある」

シグルド様が言った。

「舞踏会には、お前も招待されているはずだ。行かなければ、また侍従長がうるさいぞ」

「分かってます。行くつもりですよ」

私は不敵に笑った。

「特等席で、ミナ様の『筋肉カミングアウト』を見届けなきゃいけませんからね」

「……お前一人で行くのか?」

「まさか。エスコートしてくれる殿方がいないと、入場できませんもの」

私はシグルド様の方を向き、わざとらしく首を傾げた。

「ねえ、シグルド様。この店で一番暇そうな……いえ、一番頼りになる紳士をご存知ありませんか?」

シグルド様は、ふっと口元を緩めた。

「ああ、知っている。とびきり顔が良くて、権力があって、お前の悪巧みに付き合ってくれる物好きなら、ここに一人いる」

彼は立ち上がり、優雅に一礼した。

「アンズ嬢。私のパートナーとして、舞踏会に参加してくれるか?」

「喜んで、公爵閣下」

私はその手を取った。

ミナ様が「うわぁ、大人な雰囲気……」と顔を赤らめている。

準備は整った。

来るべき舞踏会は、クロード殿下にとって「悪夢」の夜になるだろう。

そして私にとっては、最高の「ショータイム」になるはずだ。
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