婚約破棄!悪役令嬢は手切れ金で優雅に高飛びさせていただきますわ!

苺マカロン

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それは、吹雪の日だった。

白銀砦の窓ガラスがガタガタと震えるほどの暴風雪。

私は暖炉の前で、新開発した『温泉饅頭』の試作品を頬張りながら、売り上げ予測を立てていた。

「……ふむ。皮の厚みを二ミリ減らせば、原価率を一・五パーセント下げられますね」

「またセコい計算をしているな。味は悪くないぞ」

向かいでは、ギルバート様が渋茶を啜っている。

平和な午後だ。

このまま雪を見ながら、温泉事業の拡大について語り合うはずだった。

その時。

ガンッ、ガンッ!

砦の正門を叩く、乱暴な音が響いた。

「誰だ? こんな嵐の日に」

ギルバート様が怪訝な顔をする。

「行商人は昨日帰ったはずですが……」

私が首を傾げていると、見張りの騎士が転がり込んできた。

「ほ、報告! 門の前に、王家の紋章が入った馬車が!」

「王家だと?」

「はい! 雪に埋まって動けなくなっているようです!」

嫌な予感がした。

私の『トラブル感知センサー』が警報を鳴らしている。

「……仕方ありません。救助に向かいましょう。遭難死されては、こちらの管理責任を問われますから」

私たちは毛皮のコートを重装備して、吹雪の中へと出た。

正門の前には、確かに煌びやかな馬車が一台、雪だるまのように埋もれていた。

「おーい! 誰かいるかー!」

ガストン団長が声をかけながら、馬車の扉をこじ開ける。

すると。

「さ、さむぃぃぃぃぃ!!」

中から転がり出てきたのは、全身ピンク色のフリフリドレスを纏った、小柄な少女だった。

「み、耳が! 鼻が! 取れちゃうぅぅ!」

彼女はガタガタと震えながら、雪の上にへたり込んだ。

その姿を見て、私は目を疑った。

薄手のシルクのドレス。
肩と背中が大きく開いたデザイン。
足元はヒールの高いパンプス。

ここは王都の舞踏会場ではない。氷点下二〇度の極寒地帯だ。

「……自殺志願者ですか?」

私が冷ややかに見下ろすと、少女は涙目で顔を上げた。

「ち、ちがいますぅ! 私は……王太子殿下の名代としてぇ……視察にぃ……」

その顔を見て、ギルバート様が「げっ」と声を漏らした。

「……ミーナか?」

「は、はいぃ……ギルバート様ぁ……助けてぇ……」

そう、クラーク殿下の愛玩具(パートナー)、ミーナ男爵令嬢だった。

どうやら、本当にここまで来たらしい。

しかし、その装備(ギア)選びのセンスは致命的だった。

「おい、死ぬぞ! 早く中へ運べ!」

ギルバート様の号令で、騎士たちがミーナを抱え上げ(まるで荷物のように)、砦の中へと搬送した。

***

暖炉の前。

毛布にくるまり、震えが止まらないミーナに、私はカップを差し出した。

「どうぞ。ホットミルクです」

「あ、ありがとぉ……」

ミーナはカップを両手で持ち、啜った。

少し落ち着いたのか、彼女の顔に赤みが戻る。

そして、周囲を見回し、私を見つけると――急に表情を変えた。

「っ! エ、エーミール様!」

彼女は毛布を跳ね除け、ビシッと私を指差した。

「見つけましたよ、悪女エーミール! 殿下を騙して大金を奪い、こんな田舎で怪しい商売をしていると聞きました!」

「……怪しい商売?」

「氷とか! 石ころとか! 人を惑わす魔道具とか!」

「正規の貿易品です。営業許可証もお見せしましょうか?」

「うるさいっ! 私は殿下に頼まれて、貴女の悪事を暴きに来たんです! 覚悟しなさい!」

鼻息も荒く宣言するミーナ。

しかし、その格好は毛布を被ったミノムシ状態で、全く威厳がない。

ギルバート様が呆れ顔で口を挟んだ。

「ミーナ。悪事を暴くのは勝手だが、まずは自分の命を守ったらどうだ? その格好で外を歩けば、三分で凍死するぞ」

「うっ……だってぇ、殿下が『一番可愛いドレスで行け』って……」

「クラークの奴、お前を殺す気か?」

「それに、ここは田舎だから何もないと思ってたのに……なんでこんなに寒いのぉ!」

逆ギレである。

私は電卓を取り出し、カチャカチャと弾いた。

「ミーナ様。現状分析をします。貴女の装備は『防御力:ほぼゼロ』『耐寒性:マイナス』です。このままでは調査どころか、トイレに行く廊下で凍死します」

「そ、そんなぁ……」

「そこでご提案です」

私はニッコリと微笑み、背後のラックから分厚い防寒着を取り出した。

「我が砦特製、最高級魔獣毛皮のコート。さらに発熱インナーと、滑り止め付きブーツのセット。こちらをお譲りしましょう」

「えっ、くれるの? やっぱりエーミール様も、悪いと思って――」

「お値段、セット価格で金貨五十枚になります」

「高いわっ!!」

ミーナが叫んだ。

「王都なら金貨十枚で買えるわよ!?」

「ここは王都ではありません。需要と供給(デマンド・サプライ)のバランスにより、価格は変動します。今、ここでこれを買わなければ、貴女は死にます。命の値段と考えれば安いものでしょう?」

「鬼! 悪魔! 守銭奴!」

「お褒めいただき光栄です。で、買いますか? 買いませんか? ちなみに在庫はこれ一点のみです」

私がコートを畳もうとすると、ミーナは慌てて叫んだ。

「か、買いますぅ! 殿下のツケで!」

「毎度あり。あとで殿下に請求書(インボイス)を送っておきます」

商談成立。

私は手早く契約書を作成し、サインさせた。

これでまた売り上げが立った。カモがネギと鍋を背負ってやってくるとは、このことだ。

防寒着に着替えたミーナは、ようやく人心地ついたようだった。

そして、懲りずにまた立ち上がった。

「ふふん! これで寒さ対策はバッチリよ! さあ、調査を開始するわ!」

彼女は部屋を出て行こうとして、入り口に立っていたガストン団長にぶつかった。

「きゃっ!」

「おっと、大丈夫か嬢ちゃん」

ガストン団長が太い腕で支える。

その瞬間、ミーナの目が怪しく光った。

(……待って。この人、強そう。それに単純そう……)

彼女の浅はかな思考が、手に取るように分かる。

彼女はコテッと首を傾げ、上目遣いでガストン団長を見上げた。

「ごめんなさいぃ。私、ドジだから……。あのぉ、騎士様? 私、ここが初めてで不安なんです。案内してくれませんかぁ?」

出た。

必殺『天然ドジっ子アピール』。

王城の騎士なら、これでイチコロだった技だ。

しかし。

ガストン団長は、眉間に皺を寄せて彼女を凝視した。

「……ん? 嬢ちゃん、その歩き方」

「えっ?(ドキドキ)」

「体幹がブレてるぞ。雪道でその歩幅は非効率だ。転倒リスクが四〇パーセント増加する」

「……は?」

「あと、さっきぶつかった時の衝撃値から推測するに、筋力が圧倒的に足りてねぇ。プロテイン飲んでるか?」

「ぷ、ぷろていん……?」

ミーナがポカンとする。

ガストン団長は懐からメモ帳を取り出し、何かを書き始めた。

「エーミール教官の教えによれば、『無駄な動きはコスト』だ。嬢ちゃん、まずはスクワット千回から始めて、基礎代謝を上げるべきだな」

「な、なによそれぇぇ! 可愛いって言わないの!?」

「可愛い? うーん、生物学的な分類としての愛玩性は認められるが、戦力としては評価外(Eランク)だな」

「キーッ!!」

ミーナは地団駄を踏んだ。

「なんなのよコイツら! 頭おかしいんじゃないの!?」

「褒め言葉ですわ」

私は優雅に紅茶を飲みながら言った。

「彼らは今、『筋肉』と『数字』にしか興味がありません。貴女の色仕掛け(ハニートラップ)は、彼らにとって『無駄なデータ(ノイズ)』でしかないのです」

「そ、そんな……」

ミーナは呆然と立ち尽くした。

王城では無敵だった彼女の武器が、ここでは全く通用しない。

環境が変われば、価値観も変わる。

それを理解していない彼女に、勝ち目はなかった。

「さて、ミーナ様。調査を続けるのは自由ですが」

私は時計を見た。

「夕食の時間です。当砦の食堂は完全予約制かつ、労働対価制となっております」

「ろ、労働対価……?」

「働かざる者食うべからず。本日の夕食メニューは『熱々チーズフォンデュ』ですが、食べる権利を得るには、雪かきを一時間行っていただく必要があります」

「雪かきぃ!?」

「やらないなら、夕食抜きです。外は吹雪。コンビニはありませんよ?」

「うぅぅ……」

ミーナは涙を浮かべ、私と、窓の外の猛吹雪を見比べた。

そして。

「や、やりますぅ……やればいいんでしょぉ!」

彼女は泣きながらスコップを手に取り、廊下へと飛び出していった。

「……ちくしょー! 覚えてなさいよエーミール! いつか絶対、ギャフンと言わせてやるんだからぁ!」

遠くから聞こえる負け惜しみ。

ギルバート様が、哀れなものを見る目で呟いた。

「……あいつ、何しに来たんだ?」

「当砦の労働力不足を解消しに来てくれたのでしょう。感謝しなければ」

私は満足げに頷いた。

「さあ、閣下。チーズが溶け頃です。いただきましょうか」

「ああ。……敵に回したくない女ナンバーワンだな、君は」

こうして、ヒロイン・ミーナの潜入初日は、借金と重労働で幕を閉じた。

彼女がここから逆転する確率は、私の計算によれば――限りなくゼロに近い。
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