婚約破棄!悪役令嬢は手切れ金で優雅に高飛びさせていただきますわ!

苺マカロン

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辺境伯領に遅い春の足音が近づき始めたある日。

白銀砦の執務室に、一通の手紙が届いた。

封蝋には王家の紋章。差出人はクラーク王太子。

通常なら、家宝として額縁に飾るレベルの代物だが、私の扱いは違った。

「ガストン団長」

「はっ!」

「この手紙、開封して中身を確認してください。私は触りたくないので」

「えっ、俺っすか!? 王族の手紙っすよ!?」

「万が一、毒や呪い、あるいは『バカが伝染するウイルス』が付着していたら困りますから。貴方の筋肉なら弾き返せるでしょう」

「扱いが雑!!」

ガストン団長は恐る恐るペーパーナイフで封を切った。

中から出てきたのは、高級な羊皮紙が一枚。

「よ、読みますね……。『親愛なるエーミールへ』」

「ストップ。冒頭から虚偽記載です。読み飛ばして要件だけ」

「へ、へい……えーっと……『最近、王都で流行っている氷菓子、あれは君の仕業だな? 相変わらず小賢しい商売をしているようだが、その才覚に免じて許してやろう』」

「……」

私のこめかみに青筋が一本浮かんだ。

「『実は今、執務が少し立て込んでいる。ミーナは可愛いが、実務は苦手のようだ。やはり君のような事務人形(ロボット)が必要だと再認識した』」

「事務人形……」

近くで聞いていたギルバート様の目が、スッと細められた。室温が三度下がる。

「『よって、直ちに王都へ帰還し、僕の補佐に戻ることを命じる。今なら特別に、側室の地位を用意してやってもいい。感謝して戻ってこい』……以上です」

読み終えたガストン団長が、信じられないものを見る目で羊皮紙を見た。

「あの……エーミール様。これ、本気で書いてるんすか?」

「残念ながら、本気のようです」

私は深い溜息をついた。

予想はしていたが、ここまで現状認識能力が欠如しているとは。

彼はまだ、自分が「選ぶ立場」にいると思っているのだ。

「どうする? エーミール」

ギルバート様が低い声で尋ねてきた。

その手は剣の柄にかかっており、殺気が漏れ出ている。

「俺が王都へ行って、あの愚か者の目を覚まさせてやろうか? 物理的に」

「いえ、交通費の無駄です、閣下」

私は冷静に手を振った。

「それに、こんな寝言にいちいち反応していては、こちらの業務が滞ります。……ガストン団長、筆とインクを」

「へい! 返事を書くんすね?」

「ええ。きっちりと『条件提示』をして差し上げます」

私は羊皮紙を広げ、サラサラとペンを走らせた。

ものの三分で書き上げる。

「できました。送り返しておいてください」

「え、もう? なんて書いたんすか?」

ガストン団長が手元を覗き込む。

『拝啓 クラーク王太子殿下

再雇用(リクルート)のご提案、拝読いたしました。
王都への帰還および業務復帰についてですが、以下の条件を受諾いただける場合のみ、前向きに検討させていただきます。

1. 基本給与:現在の辺境伯領での年俸の五百倍(国家予算の約一割に相当)。
2. 労働環境:週休四日、一日三時間労働。残業禁止。
3. 福利厚生:王宮内に私専用の温泉施設の建設。
4. その他:殿下の半径五メートル以内への接近禁止。指示は全て書面で行うこと。
5. **慰謝料の追加**:今回の上から目線な手紙に対する精神的苦痛への賠償金、金貨一千枚。

以上の条件が満たされない場合、本件は不採用とさせていただきます。
なお、再度の勧誘は迷惑行為とみなし、着信拒否(手紙の焼却処分)とさせていただきます。

敬具
エーミール・フォン・バレット』

「……」

執務室に沈黙が流れた。

「え、えぐい……」

ガストン団長が引いている。

「これ、実質的な『お断り』ですよね?」

「いいえ? 正当な対価を提示しただけです。私の現在の市場価値(マーケットバリュー)と、殿下の元で働く精神的ストレス(リスク)を天秤にかければ、これくらいが妥当です」

私はニッコリと笑った。

ギルバート様が、プッと吹き出し、やがて大笑いした。

「はっはっは! 最高だ! 国家予算の一割とはな! これを見たら、あいつ泡を吹いて倒れるぞ!」

「倒れていただいた方が、国の為かもしれませんわ」

「違いない。……だが、安心したよ」

ギルバート様は笑い収めると、私を優しく見つめた。

「君が『戻る』と言ったらどうしようかと、少しヒヤヒヤしていたんだ」

「まさか。あんなブラック職場に戻る趣味はありません」

私は即答した。

ここには、私の能力を認め、対等に扱ってくれるボスがいる。

筋肉質だが素直な部下たちがいる。

そして何より、手付かずの資源(ビジネスチャンス)が山ほどある。

「さて、手紙の処理は終わりです。次の仕事にかかりましょう」

私は地図を広げた。

「次はここです。砦の裏山にある火山地帯」

「そこがどうした?」

「先日の調査で、この付近から硫黄の匂いがすることが確認されました。つまり――『温泉』が湧いています」

「温泉?」

「はい。ただのお湯ではありません。疲労回復、筋肉痛の緩和、美肌効果。これらを謳い文句にすれば、新たな観光資源になります」

私は目を輝かせた。

「夏は避暑と氷、冬は温泉とスキー。これで通年型のリゾート地が完成します。騎士たちの筋肉疲労も癒せますし、一石三鳥です!」

「……君の頭の中は、本当に金儲けと効率化しかないんだな」

ギルバート様は呆れたように、しかし愛おしそうに言った。

「いいだろう。温泉開発、許可する。俺も一肌脱ごう」

「ありがとうございます! では早速、現地調査へ――」

私が立ち上がろうとした時。

「待て。一つ条件がある」

「条件?」

ギルバート様が、私の手を取った。

「開発が成功したら、一番風呂は俺と君が入る。……混浴でな」

「は?」

私の思考回路がフリーズした。

こんよく。

混浴。

一緒に、お風呂に……?

「な、ななな、何を仰っているのですか!? 不健全です! 破廉恥です! 公序良俗に反します!」

「おや、ビジネスパートナーとしての親睦を深めるだけだぞ? 効率的だろう?」

「そ、そういう問題ではありません!」

顔が一気に沸騰する。温泉より先に私が茹で上がりそうだ。

「却下です! 絶対にお断りです!」

「交渉決裂か。残念だな。じゃあ、背中を流すだけでも?」

「ダメです!!」

からかうように笑うギルバート様と、真っ赤になって抗議する私。

ガストン団長たちは「あーあ、またやってるよ」「爆発しろ」という顔で見守っていた。

***

数日後、王都。

私の送った『請求書(返信)』を受け取ったクラーク王太子は、予想通り、白目を剥いて卒倒したという。

「こ、国家予算の一割だとぉぉぉ!? ふざけるなあああ!!」

執務室に響く絶叫。

しかし、私が戻る気がないことは、これで明確に伝わったはずだ。

「エーミール……許さん……! 僕をコケにして……!」

クラークはギリギリと歯を食いしばった。

「金か……結局は金なのか……! なら、目にもの見せてやる!」

彼の歪んだプライドは、最悪の方向へと暴走しようとしていた。

「ミーナ! ミーナを呼べ! あの女の弱点を探るんだ!」

「えぇ~? 私、寒いの嫌ですよぉ」

「新しいドレスを買ってやる! 宝石もだ! だから行け! 北へ行って、あの女の悪事を暴いてくるんだ!」

「ホント!? 宝石!? 行く行くー!」

こうして。

私の平和な辺境ライフ(兼ビジネス無双)を脅かすべく、第二の刺客――お花畑ヒロイン・ミーナが送り込まれることが決定したのだった。

だが、私はまだ知らない。

彼女が、私の想定をはるかに下回る『無能さ』で、逆に辺境の騎士たちを混乱の渦に叩き込むことになる未来を。
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