婚約破棄!悪役令嬢は手切れ金で優雅に高飛びさせていただきますわ!

苺マカロン

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「怪しい……絶対に怪しいですわ!」

白銀砦の廊下の陰から、ミーナ男爵令嬢が目を光らせていた。

彼女の視線の先には、作業着に着替えた私と、数名の騎士たちがいる。

私たちは、木箱に入った『危険物』を慎重に馬車へ積み込んでいた。

「見ましたか、あの木箱! ドクロマークが描いてありましたよ!」

ミーナが独り言を呟く。

「中身はきっと、国を滅ぼすための『魔導兵器』か、あるいは『禁断の毒薬』に違いありません! エーミール様、ついに尻尾を出しましたね!」

彼女の想像力は豊かだが、方向性が常にB級小説だ。

「ガストン団長、火薬の量は適正ですか?」

「へい! 『発破用魔石』三キログラム、セット完了っす!」

「よろしい。今日は岩盤を砕きますからね。派手に行きましょう」

「「「イエッサー!!」」」

私たちが馬車に乗り込み、出発すると、ミーナも慌てて走り出した。

「待ちなさい! 私も行きます! 貴女の悪事を現行犯で押さえてやるんだからぁ!」

彼女はこっそりと、荷台の幌の中に潜り込んだ。

……まあ、気配丸出しなので全員気づいていたが。

「エーミール様、荷台に『ネズミ』が紛れ込んでますが、駆除しますか?」

御台のガストン団長が小声で尋ねてくる。

私は手元の地図を見ながら答えた。

「放置で構いません。現地での『毒ガス検知係(カナリア)』として有効活用しましょう」

「了解っす。南無」

馬車はゴトゴトと揺れながら、砦の裏手にそびえる活火山『イグニス山』へと向かった。

***

到着したのは、草木も生えない荒涼とした岩場だった。

あちこちから白い噴煙が上がり、鼻をつく刺激臭が漂っている。

「うっ……くさっ! なにこの匂い!?」

荷台から転がり出てきたミーナが、鼻をつまんで叫んだ。

「これは『硫黄』の匂いです。温泉成分の証拠ですね」

私が解説すると、ミーナは勝ち誇った顔で私を指差した。

「嘘をおっしゃい! この腐った卵のような悪臭……これは『地獄の門』が開いている証拠よ!」

「は?」

「貴女、ここで悪魔召喚の儀式をするつもりね!? そのために生贄(私たち)を連れてきたんでしょ!」

「……ミーナ様。貴女の脳内ライブラリには、オカルト本しかないのですか?」

私は呆れて溜息をついた。

「私たちは『源泉掘削工事』に来たのです。ここを爆破して、地下の水脈を掘り当てます」

「ば、爆破!?」

「ええ。岩盤が硬いので、物理的に粉砕します」

私は騎士たちに指示を出した。

「A地点、B地点、C地点に魔石をセット。導火線は長めに取って。安全距離を確保してください」

「了解!」

騎士たちが手際よく作業を進める中、ミーナはおろおろと周囲を見回した。

「だ、騙されないわよ! きっと爆発と見せかけて、古代の魔獣を呼び出す気よ!」

「邪魔ですから下がっていてください。巻き込まれても労災は出ませんよ」

「キーッ! 私が止めてやるわ!」

ミーナは何を思ったか、設置された発破用魔石の方へ走り出した。

「おい、馬鹿! やめろ!」

ガストン団長が叫ぶ。

「ふふん! この『儀式の核』を奪えば、召喚は失敗するはず……きゃあっ!?」

ドテッ!

お約束である。

彼女は何もない平坦な地面で盛大に転び、あろうことか、設置済みの起爆スイッチ(魔道具)の上に手をついた。

カチッ。

乾いた音が、静寂の岩場に響いた。

「「「あ」」」

私と騎士たちの声が重なった。

「え?」

ミーナが顔を上げる。

次の瞬間。

ドォォォォォォォォォン!!!!!

天地がひっくり返るような爆音が轟いた。

「きゃあああああ!!」

岩肌が吹き飛び、土煙が舞い上がる。

私たちはとっさに岩陰に身を隠したが、ミーナは爆心地のすぐ近く(安全圏ギリギリ)で尻餅をついていた。

「げほっ、ごほっ! な、なによもう! いきなり爆発するなんて!」

土煙が晴れていく。

「……失敗しましたか。予定時刻より十秒早いです」

私が煤を払いながら立ち上がると、ガストン団長が青ざめた顔で指差した。

「エ、エーミール様! あれ!」

「はい?」

見ると、爆破した岩盤の大穴から、何かが猛烈な勢いで噴き出していた。

シューーーーーッ!!

白い蒸気と共に、熱湯の柱が空高く舞い上がっている。

その高さ、優に十メートル。

「……おお」

私は計算機を取り出し、瞬時に数値を弾き出した。

「水圧、水温、噴出量……すべて想定の五倍です。大当たり(ジャックポット)ですわ!」

「すげぇぇ! 大温泉だぁぁ!」

騎士たちが歓声を上げる。

しかし、問題が一つあった。

その巨大な間欠泉の真下に、腰を抜かしたミーナが座り込んでいたのだ。

「え? え? なになに!?」

「逃げろミーナ! 茹で上がるぞ!」

ガストン団長が叫んだが、遅かった。

バッシャァァァァン!!

降り注ぐ熱湯の雨が、ミーナを直撃した。

「あちちちちちち!!」

「安心してください、水温は九十五度ですが、空中で冷やされて体感四十五度くらいになっています!」

私が冷静に解説する。

「熱いぃぃ! 化粧が落ちるぅぅ!」

ずぶ濡れになったミーナは、泣き叫びながら走り回った。

その姿は、まるで『温泉の神様』の怒りに触れた哀れな生贄のようだ。

***

騒動が収まった後。

そこには、広大な露天風呂(天然)が出現していた。

「……素晴らしい湯加減です」

私は足湯を楽しみながら、満足げに頷いた。

「成分分析の結果、美肌効果のあるアルカリ性単純泉と判明しました。これは女性客に受けますよ」

「俺たちには腰痛に効きそうっすね!」

騎士たちも装備を脱ぎ捨て、パンツ一丁で湯に浸かっている。

「極楽、極楽ぅ~」

その横で、茹でダコのように真っ赤になったミーナが、タオルを頭に乗せてへばっていた。

「……ひどい目に遭ったわ……」

「お手柄ですよ、ミーナ様」

私は彼女に冷たいフルーツ牛乳(開発中の新商品)を手渡した。

「貴女がスイッチを早押ししてくれたおかげで、想定よりも深い岩盤まで衝撃が伝わり、この巨大水脈にヒットしました。貴女は『温泉発見の功労者』です」

「え……こ、功労者?」

ミーナがパチクリと瞬きをする。

「はい。この温泉には『ミーナの湯』と名付けましょう。看板には『ドジっ子が転んで掘り当てた奇跡の湯』という由来も書き添えておきます」

「やめてぇぇぇ! 恥ずかしいぃぃ!」

「入湯料の売上の1パーセントを、貴女の成功報酬として支払います」

「1パーセント……」

ミーナは指折り数え始めた。

「ここの入湯料が銀貨一枚として……一日百人来たら銀貨百枚。その1パーセントは銀貨一枚。……えっ、結構いいお小遣いになる?」

彼女の顔色が、パァッと明るくなった。

「やるわ! 私、温泉大使になる! キャッチコピーは『私の肌みたいにツルツルになれるわよ♡』でどうかしら!」

「採用です。ただし、看板のモデル料は別途請求します」

「なんでよ!」

そこへ、騒ぎを聞きつけたギルバート様が馬で駆けつけてきた。

「無事か!? 爆発音がしたが……」

彼は湯煙の向こうで寛ぐ私たちを見て、ポカンと口を開けた。

「……何をしているんだ、お前たちは」

「混浴の実地検証です、閣下」

私はスカートを捲り上げ(もちろん見えないようにタオルでガードしている)、白い足を湯から出した。

「ご覧ください。たった十分で肌の水分量が二〇パーセント向上しました。これは『売れます』」

湯気の中で微笑む私を見て、ギルバート様が顔を赤らめ、咳払いをした。

「……そ、そうか。無事ならいい。だが、あまり不用心に肌を晒すな」

「減るものではありませんし」

「俺の精神衛生(メンタル)が減るんだ!」

ギルバート様はそっぽを向きながら、それでもチラチラとこちらを見ている。

その横で、ミーナが牛乳を一気飲みし、プハーッと息を吐いた。

「ギルバート様ぁ! 私と一緒にどうですかぁ? 背中流しますよぉ!」

「お前はまず服を着ろ! 透けてるぞ!」

「きゃあっ! サービスショットですぅ!」

ドタバタと騒がしい温泉開発現場。

こうして、辺境伯領に新たな名所『爆裂・ミーナの湯』が誕生した。

王都での氷ブームに続き、この温泉地計画もまた、私の計算通りに莫大な利益を生み出すことになる。

だが。

順調すぎる私の事業に、いよいよ『本物の』魔の手が忍び寄ろうとしていた。

それは、ミーナのような可愛いお馬鹿さんではなく――もっと陰湿で、計算高い『商売敵(ライバル)』の影だった。
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