婚約破棄!悪役令嬢は手切れ金で優雅に高飛びさせていただきますわ!

苺マカロン

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『爆裂・ミーナの湯』の開業から一週間。

辺境伯領は、かつてない活気に包まれていた。

「いらっしゃいませー! 美肌の湯はこちらよぉ!」

「お土産に『氷イチゴ』はいかがっすかー! 冷えてるよー!」

番台(受付)に座るミーナと、呼び込みをするガストン団長。

客足は上々。湯治客として訪れた近隣の領民や、噂を聞きつけた行商人たちで賑わっている。

私は執務室で、積み上がる売上金(硬貨)の山を数えながら、恍惚の表情を浮かべていた。

「素晴らしい……。客単価が予想より一割高いですわ。入浴後の『フルーツ牛乳』のコンバージョン率(購入率)が効いていますね」

「君は、金貨を数えている時が一番いい顔をするな」

向かいで書類仕事をしていたギルバート様が、呆れ半分、感心半分で言った。

「当然です。これはただの金属片ではありません。私たちの努力と知恵の結晶(リザルト)ですから」

私が金貨をチャリンと鳴らした、その時。

コンコン。

控えめなノックと共に、アラン騎士が入室してきた。

「閣下、エーミール様。王都より早馬です」

「王都? またクラークからか?」

「いえ、今回は……王宮からの『公式な使者』です」

空気が張り詰めた。

クラーク殿下の個人的な手紙ではない。王宮からの公式使者。

それは、拒否権のない『命令』を意味する。

***

応接室に通された使者は、恭しく一通の封書を差し出した。

真っ白な封筒に、金色の王家の刻印。

ギルバート様が開封し、中身を一読する。

その表情が、険しくなった。

「……やはり、来たか」

「何ですの?」

「『建国記念祝賀パーティー』への招待状だ。来週、王城で開催される」

ギルバート様は手紙をテーブルに置いた。

「建国祭は、国内の高位貴族全員に参加義務がある。辺境警備を理由に欠席することもできるが、今回は国王陛下の直筆サイン入りだ。『必ず顔を見せよ』とな」

「なるほど。逃げ道は塞がれているわけですね」

「ああ。それに……」

ギルバート様は私を見た。

「『同伴者として、エーミール・フォン・バレット嬢を伴うことを推奨する』とある」

「私をご指名ですか」

面倒なことになった。

王都への往復には一週間かかる。さらにパーティーの準備、滞在期間を含めれば半月は拘束される。

その間の機会損失(オポチュニティ・ロス)は計り知れない。

「お断りするわけにはいきませんか? 『温泉の湯加減調整が忙しい』とか理由をつけて」

「無理だ。反逆罪に問われる」

「非合理的ですね……」

私は溜息をついた。

「分かりました。行けばいいのでしょう、行けば。出席して、適当に壁の花になって、料理(ビュッフェ)の原価計算でもしていますわ」

「待て、エーミール」

ギルバート様が身を乗り出した。

「ただ参加するだけじゃない。俺は、君を『正式なパートナー』としてエスコートしたい」

「パートナー?」

「そうだ。王太子に婚約破棄され、悪評を立てられた君が、俺の隣で堂々と胸を張って歩く。……これ以上の『ざまぁ(リベンジ)』はないだろう?」

ギルバート様の瞳が、悪戯っぽく光る。

確かに、演出としては悪くない。

元婚約者を見返すチャンス。

だが、私にはそれ以上に魅力的な『メリット』が見えていた。

「(……待てよ? 王城のパーティーには、国中の大貴族や豪商が集まる。ということは……)」

私の脳内で、電卓が高速連打された。

『富裕層の密集地帯』
『見栄っ張りたちの財布の紐が緩む場所』
『絶好の商談(セールス)チャンス!』

カチッ。計算終了。

私はガバッと顔を上げた。

「行きましょう、閣下! これは千載一遇の好機です!」

「お、おう? 急にやる気になったな」

「王都の貴族たちに、我が領地の『氷』と『温泉』、そして新作の『魔獣毛皮』を売り込む絶好のプレゼン会場ですわ! カタログを五百部印刷しましょう! サンプルも持参します!」

「……君は、舞踏会を行商か何かと勘違いしていないか?」

「同じです。人が集まる場所は、すべて市場(マーケット)です」

私は立ち上がり、拳を握りしめた。

「そうと決まれば準備です。まずは衣装(戦闘服)を調達しなければ」

私のドレスは、実家を出る時にほとんど置いてきてしまった。手持ちにあるのは、実用一点張りの事務服と、防寒着だけだ。

「ドレスか。王都に着いてから仕立てては間に合わないな。領内の商人を呼ぼう」

ギルバート様が手配してくれたおかげで、その日のうちに、街一番の服飾商人が砦にやってきた。

***

「さあさあ、エーミール様! どのようなドレスがお好みで!? 流行りのレース? それとも大胆なスリット?」

商人が大量の生地見本を広げる。

その横で、なぜかミーナも目を輝かせていた。

「私も行くわよ! 王都へ! 殿下に会うためにね!」

(※ミーナは招待されていないが、ギルバート様が「置いていくと砦が爆発しそうだから連れて行く」と許可した)

私は生地見本を冷ややかに見下ろした。

「予算(バジェット)優先です。最も布面積が少なく、かつ耐久性があり、汚れが目立たない色で」

「は、はい?」

商人が固まる。

「ですから、装飾(レース)は不要。刺繍もコストの無駄。宝石も重いので却下。色は黒か紺。……そうですね、この事務服を少しアレンジする程度で構いません」

「そ、そんな! 夜会ですよ!? 地味すぎます!」

「私が目立つ必要はありません。私が売り込みたいのは『商品』ですから、私が派手だと商品が霞みます」

「ですが……」

商人が困り果ててギルバート様を見る。

ギルバート様は溜息をつき、懐から小切手帳を取り出した。

「店主。予算の上限は撤廃する」

「えっ」

「この領地で用意できる最高級の生地と、最高の職人を使え。デザインは俺が選ぶ。……彼女を、会場の誰よりも美しく飾ってくれ」

「か、閣下!?」

私が抗議しようとすると、ギルバート様は人差し指を私の唇に当てた。

「エーミール。これは『先行投資』だ」

「投資?」

「ああ。美しいパッケージ(ドレス)は、商品の価値を高める。君が魅力的であればあるほど、君の言葉(セールストーク)に皆が耳を傾ける。……違うか?」

ぐぬぬ。

正論だ。

プレゼンにおいて、発表者の第一印象は成約率を左右する重要なファクター。

「……認めます。そのロジックには一理あります」

「だろう? なら、俺に任せろ」

ギルバート様は商人に指示を出し始めた。

「色は、彼女の瞳に合わせた『ミッドナイト・ブルー』だ。生地は光沢のあるシルク。背中は大きく開けて、大人の色気を出す。ただし、品位は保て」

「お、お目が高い! 承知いたしました!」

商人が嬉々として採寸を始める。

その横で、ミーナが「いいなぁ~」と指をくわえていた。

「ねえねえ、私は? 私のドレスは?」

「お前は自腹だ」

ギルバート様が即答した。

「ええーっ!? ひどい! 私、お金ないもん!」

「なら、先日の温泉報酬(銀貨)で買える範囲にしろ。……店主、古着のコーナーはあるか?」

「は、はい。型落ち品でよろしければ」

「それでいいそうだ」

「そんなぁぁぁ! 私、ヒロインなのにぃぃ!」

ミーナの絶叫が響く中、私のドレス選びは着々と進んだ。

***

そして、数日後。

私たちは王都へ向かう馬車の中にいた。

荷台には、大量の『氷イチゴ』と『温泉の素(入浴剤)』、そして私のドレスが積まれている。

「……いよいよですね」

窓の外を見ながら、私は呟いた。

「緊張しているのか?」

向かいのギルバート様が優しく微笑む。

「いいえ。王都の物価指数がどう変動しているか、楽しみで震えているだけです」

「可愛くないな、相変わらず」

「ですが、閣下。一つ懸念があります」

私は真顔になった。

「王都には、私の成功を快く思わない『敵』がいます。クラーク殿下だけではありません」

「ああ。氷ビジネスの成功で、利益を損ねた既存の業者たちだな」

「ええ。特に、王都の商業ギルドを牛耳る『ゼファー伯爵』。彼は古臭い既得権益の塊です。私たちの新規参入を妨害してくる可能性が高いです」

「心配するな」

ギルバート様は私の手を握った。

その手には、剣ダコがあり、力強い。

「商売の戦いは君に任せる。だが、それ以外の有象無象は、俺が全て斬り捨てる」

「……物理的に、ですか?」

「必要ならな」

頼もしい用心棒だ。

私は握り返された手の温かさを感じながら、不敵に微笑んだ。

「心強いですわ。では、参りましょうか。――王都という名の『狩り場』へ」

馬車は速度を上げる。

待っていろ、王都。
待っていろ、元婚約者。

悪役令嬢エーミール、ただいま戻りました。
貴方たちの財布の中身を、根こそぎ回収するために。
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