婚約破棄!悪役令嬢は手切れ金で優雅に高飛びさせていただきますわ!

八雲

文字の大きさ
17 / 28

17

しおりを挟む
王都のサロン『薔薇の館』。

ここは、流行に敏感な貴族のご婦人方が集まり、最新のゴシップと紅茶を楽しむ社交の聖地である。

本日の主役は、珍しくミーナ男爵令嬢だった。

「皆様、聞いてくださいまし! 私、恐ろしい秘密を知ってしまったのです!」

ピンク色のドレスを着たミーナは、声を潜めて(しかし全員に聞こえるように)語り出した。

「今流行りの『シルバー・クリスタル・アイス』と『美肌の湯』……あれには、とんでもない『呪い』がかかっているんです!」

「まあ! 呪いですって?」

ご婦人方が扇子で口元を隠し、ざわめく。

ミーナは心の中でガッツポーズをした。

(ふふん! ゼファー伯爵に言われた通りよ! 『不安を煽れば商品は売れなくなる』作戦!)

彼女はさらに畳み掛けた。

「私、実際に辺境へ行って見てきたんです! あの氷は、極寒の地で死んだ魔獣たちの涙が凍ったもので……夜になると『寒いよぉ……』って声が聞こえるんです!」

「ひえっ……」

「それに、あの温泉! あれは地獄の釜の蓋が開いたもので、入ると最初は気持ちいいけど、だんだん皮膚が溶けて、最後には骸骨になっちゃうんです!」

「キャーーッ! 恐ろしい!」

ミーナの話術(というか妄想力)は、ある意味で天才的だった。

根拠のないデマだが、インパクトだけはある。

ご婦人方の顔色が青ざめていく。

「わたくし、昨日買ったばかりですわ……捨てた方がよろしくて?」

「骸骨になるなんて嫌ですわ!」

よし、いける!
このままエーミールの評判を地に落としてやる!

ミーナが勝利を確信した、その時だった。

「――異議あり」

凛とした声が、サロンの入り口から響いた。

「え?」

振り返ると、そこにはミッドナイト・ブルーのドレスを纏い、片手に分厚い資料を持った私が立っていた。

「エ、エーミール!?」

「ごきげんよう、皆様。当社の製品について、大変興味深い『創作怪談』が披露されていると聞きまして。事実確認(ファクトチェック)に参りました」

私は優雅に一礼し、ミーナの目の前に立った。

「ミーナ様。貴女の発言には、科学的根拠(エビデンス)が一切ありません」

「な、なによ! 私は見たのよ! 体験したのよ!」

「では、一つずつ検証しましょう」

私は資料をパラリと開いた。

「まず『魔獣の涙』説。当社の氷は『鏡の湖』の深層水を凍らせたものであり、成分分析の結果、不純物は〇・〇〇一パーセント以下です。魔獣の体液が含まれていれば、試薬が反応して変色しますが、御覧の通りクリアです」

私はポケットから試験管を取り出し、その場で氷を溶かして試薬を垂らした。
色は透明なままだ。

「ほら、無色透明。科学は嘘をつきません」

「うぐっ……で、でも! 夜に声が!」

「それは風の音が氷の結晶に反響した際の『共鳴音』です。物理現象です」

「ぶ、物理……?」

「次に『皮膚が溶ける温泉』説。貴女、実際に入りましたよね? 今、骸骨になっていますか?」

私はミーナの頬をツンとつついた。

「なってない……です」

「むしろ、以前より肌のキメが整っていますね。当社の温泉成分であるメタケイ酸が作用した結果です。貴女自身の肌が、安全性を証明する動かぬ証拠ですわ」

「あ……」

ミーナは自分の頬を触った。確かにツルツルだ。

「つまり、貴女の話は『商品の効果を逆に宣伝してくださった』ということになります。ありがとうございます、アンバサダー(宣伝大使)ミーナ様」

私はニッコリと微笑んだ。

ご婦人方が、安堵のため息をつく。

「なあんだ、やっぱり嘘だったのね」

「むしろ肌が綺麗になるなんて、やっぱり買いだわ!」

「エーミール様、わたくしに追加注文を!」

形勢逆転。

ミーナは顔を真っ赤にして震え出した。

「ち、ちがうもん! 本当だもん! エーミールは悪魔なんだからぁ!」

彼女は最後の手段に出た。
「被害者ムーブ」だ。

「うわぁぁん! 皆様、騙されないで! エーミールはいじわるなんです! 私を雪の中に埋めたり、爆発させたりしたんです!」

「……雪の中に埋めた?」

ご婦人方が不審な目で私を見る。

さすがにそれは人聞きが悪い。

「訂正します。雪の中に埋まっていた貴女を『救助』し、温かい衣服を『提供(有償)』しただけです。爆発に関しては、貴女が勝手にスイッチを押した『自爆事故』です」

私は懐から、一台の魔道具を取り出した。

「証拠なら、ここにあります」

「な、なによそれ」

「『音声記録魔石(ボイスレコーダー)』です。先ほどの貴女のデマ発言、および辺境での自爆時の音声、すべて録音してあります。再生しましょうか?」

『ポチッ』

魔石から、ミーナの間抜けな声が再生される。

『きゃああ! 爆発スイッチ押しちゃったぁぁ! あちちち!』

『地獄の門が開いたぁ! ……あ、でもこのお湯、気持ちいいかもぉ♡』

会場に響き渡る、緊張感のない声。

「……ぷっ」

誰かが吹き出したのを皮切りに、サロン中が大爆笑に包まれた。

「あははは! 何それ、コント?」

「自分で押したんじゃないの!」

「『気持ちいいかも』って言ってるじゃない!」

公開処刑である。

ミーナは耳まで真っ赤になり、その場にしゃがみ込んだ。

「うぅぅ……なんでぇ……なんでいつもこうなるのぉ……」

「詰めが甘いからです」

私は彼女を見下ろし、冷たく言い放った。

「悪評を流したいなら、もっと緻密なシナリオを用意なさい。感情だけで動くから、論理(ロジック)で殴り返されるのです」

そこへ、騒ぎを聞きつけたギルバート様が、サロンの入り口に現れた。

「エーミール、終わったか?」

「ええ。完全論破(クリア)です」

ギルバート様は、床にうずくまるミーナを一瞥し、呆れたように肩をすくめた。

「ミーナ。お前を使嗾(しそう)したのは、ゼファー伯爵か? それともクラークか?」

「うぅ……どっちもですぅ……」

「やっぱりな。……帰りたまえ。そして二人に伝えろ。『次はない』とな」

ギルバート様の氷のような視線に、ミーナは「ひいっ」と悲鳴を上げ、転がるように逃げ出した。

「お、覚えてなさいよぉぉ! 次こそはぁぁ!!」

その捨て台詞も、今回は誰の心にも響かなかった。

***

サロンからの帰り道。

馬車の中で、私はホッと息をついた。

「……疲れました。馬鹿の相手は、通常業務の三倍疲れます」

「よくやった。あれで貴族たちの信用はさらに盤石になったな」

ギルバート様が私の頭を撫でてくれる。

「ですが、許せないことがあります」

「なんだ?」

「ミーナ様が、私の商品を『魔獣の涙』などという非科学的なオカルトグッズ扱いしたことです。品質への冒涜です」

私がプンプンと怒っていると、ギルバート様が笑った。

「そこか。君らしいな」

そして、彼は真剣な表情になった。

「だが、これで敵も黙ってはいないだろう。次はもっと強硬な手段に出てくるはずだ」

「望むところです。今回の件で、ゼファー伯爵との全面戦争の口実はできました」

私は手元の計算機を弾いた。

「営業妨害による損害賠償請求。そして、信用毀損に対する慰謝料。……たっぷり請求させていただきますわ」

「頼もしいな。だが、気をつけろよ。追い詰められたネズミは猫を噛むと言う」

「ネズミ?」

私は窓の外、王城の方角を見た。

「いいえ、彼らはネズミですらありません。ただの『養分』ですわ」

その頃。

王城の一室では、作戦失敗の報告を受けたクラーク殿下とゼファー伯爵が、顔面蒼白になっていた。

「し、失敗しただと!? 録音された!?」

「あ、あの馬鹿娘ぇぇ! 余計な証拠を残しおって!」

彼らの足元からは、すでに破滅へのカウントダウンが聞こえ始めていた。

そして、ついに舞台は整った。
断罪劇の幕が、再び上がろうとしている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

気付けば名も知らぬ悪役令嬢に憑依して、見知らぬヒロインに手をあげていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
私が憑依した身体の持ちは不幸のどん底に置かれた悪役令嬢でした ある日、妹の部屋で見つけた不思議な指輪。その指輪をはめた途端、私は見知らぬ少女の前に立っていた。目の前には赤く腫れた頬で涙ぐみ、こちらをじっと見つめる可憐な美少女。そして何故か右手の平が痛む私。もしかして・・今私、この少女を引っ叩いたの?!そして何故か頭の中で響き渡る謎の声の人物と心と体を共存することになってしまう。憑依した身体の持ち主はいじめられっ娘の上に悪役令嬢のポジションに置かれている。見るに見かねた私は彼女を幸せにする為、そして自分の快適な生活を手に入れる為に自ら身体を張って奮闘する事にした―。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

投資の天才”を名乗る臣民たちよ。 その全財産、確かに受け取った。 我が民のために活かそう』 〜虚飾を砕く女王の経済鉄槌〜

しおしお
恋愛
バブルに沸くアルビオン王国。 「エルドラド株」を持たぬ者は時代遅れ―― そう嘲笑いながら、実体のない海外権益へ全財産を注ぎ込む貴族たち。 自らを“投資の天才”と称し、増税に苦しむ民を見下す日々。 若き女王リリアーナは、その狂騒を静かに見つめていた。 やがて始まる王室監査。 暴かれる虚偽契約。 崩れ落ちる担保。 連鎖する破綻。 昨日まで「時代の勝者」を気取っていた特権階級は、一夜にして無一文へ。 泣きつく彼らに、女王はただ微笑む。 ――“皆様の尊いご投資、確かに受け取りましたわ” 没収された富は国庫へ。 再配分された資源は民へ。 虚飾を砕き、制度を再設計し、王国を立て直す。 これは復讐譚ではない。 清算と再建の物語。 泡沫の王国に、女王の鉄槌が下される。

華やかな異世界公爵令嬢?――と思ったら地味で前世と変わらないブラックでした。 ~忠誠より確かな契約で異世界働き方改革ですわ~』

ふわふわ
恋愛
華やかなドレス。きらびやかな舞踏会。 公爵令嬢として転生した私は、ようやく優雅な人生を手に入れた―― ……はずでしたのに。 実態は、書類の山、曖昧な命令、責任の押し付け合い。 忠誠の名のもとに搾取される領地運営。 前世のブラック企業と、何も変わりませんでしたわ。 ならば。 忠誠ではなく契約を。 曖昧な命令ではなく明文化を。 感情論ではなく、再評価条項を。 「お父様、お手伝いするにあたり契約を結びましょう」 公爵家との契約から始まった小さな改革は、やがて王家を巻き込み、地方貴族を動かし、王国全体の制度を揺るがしていく――。 透明化。共有化。成果の可視化。 忠誠より確かな契約で、異世界働き方改革ですわ。 これは、玉座を奪う物語ではありません。 国家を“回る構造”に変える、公爵令嬢の改革譚。 そして最後に選ばれるのは――契約ではなく、覚悟。 ---

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。

処理中です...