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王都のサロン『薔薇の館』。
ここは、流行に敏感な貴族のご婦人方が集まり、最新のゴシップと紅茶を楽しむ社交の聖地である。
本日の主役は、珍しくミーナ男爵令嬢だった。
「皆様、聞いてくださいまし! 私、恐ろしい秘密を知ってしまったのです!」
ピンク色のドレスを着たミーナは、声を潜めて(しかし全員に聞こえるように)語り出した。
「今流行りの『シルバー・クリスタル・アイス』と『美肌の湯』……あれには、とんでもない『呪い』がかかっているんです!」
「まあ! 呪いですって?」
ご婦人方が扇子で口元を隠し、ざわめく。
ミーナは心の中でガッツポーズをした。
(ふふん! ゼファー伯爵に言われた通りよ! 『不安を煽れば商品は売れなくなる』作戦!)
彼女はさらに畳み掛けた。
「私、実際に辺境へ行って見てきたんです! あの氷は、極寒の地で死んだ魔獣たちの涙が凍ったもので……夜になると『寒いよぉ……』って声が聞こえるんです!」
「ひえっ……」
「それに、あの温泉! あれは地獄の釜の蓋が開いたもので、入ると最初は気持ちいいけど、だんだん皮膚が溶けて、最後には骸骨になっちゃうんです!」
「キャーーッ! 恐ろしい!」
ミーナの話術(というか妄想力)は、ある意味で天才的だった。
根拠のないデマだが、インパクトだけはある。
ご婦人方の顔色が青ざめていく。
「わたくし、昨日買ったばかりですわ……捨てた方がよろしくて?」
「骸骨になるなんて嫌ですわ!」
よし、いける!
このままエーミールの評判を地に落としてやる!
ミーナが勝利を確信した、その時だった。
「――異議あり」
凛とした声が、サロンの入り口から響いた。
「え?」
振り返ると、そこにはミッドナイト・ブルーのドレスを纏い、片手に分厚い資料を持った私が立っていた。
「エ、エーミール!?」
「ごきげんよう、皆様。当社の製品について、大変興味深い『創作怪談』が披露されていると聞きまして。事実確認(ファクトチェック)に参りました」
私は優雅に一礼し、ミーナの目の前に立った。
「ミーナ様。貴女の発言には、科学的根拠(エビデンス)が一切ありません」
「な、なによ! 私は見たのよ! 体験したのよ!」
「では、一つずつ検証しましょう」
私は資料をパラリと開いた。
「まず『魔獣の涙』説。当社の氷は『鏡の湖』の深層水を凍らせたものであり、成分分析の結果、不純物は〇・〇〇一パーセント以下です。魔獣の体液が含まれていれば、試薬が反応して変色しますが、御覧の通りクリアです」
私はポケットから試験管を取り出し、その場で氷を溶かして試薬を垂らした。
色は透明なままだ。
「ほら、無色透明。科学は嘘をつきません」
「うぐっ……で、でも! 夜に声が!」
「それは風の音が氷の結晶に反響した際の『共鳴音』です。物理現象です」
「ぶ、物理……?」
「次に『皮膚が溶ける温泉』説。貴女、実際に入りましたよね? 今、骸骨になっていますか?」
私はミーナの頬をツンとつついた。
「なってない……です」
「むしろ、以前より肌のキメが整っていますね。当社の温泉成分であるメタケイ酸が作用した結果です。貴女自身の肌が、安全性を証明する動かぬ証拠ですわ」
「あ……」
ミーナは自分の頬を触った。確かにツルツルだ。
「つまり、貴女の話は『商品の効果を逆に宣伝してくださった』ということになります。ありがとうございます、アンバサダー(宣伝大使)ミーナ様」
私はニッコリと微笑んだ。
ご婦人方が、安堵のため息をつく。
「なあんだ、やっぱり嘘だったのね」
「むしろ肌が綺麗になるなんて、やっぱり買いだわ!」
「エーミール様、わたくしに追加注文を!」
形勢逆転。
ミーナは顔を真っ赤にして震え出した。
「ち、ちがうもん! 本当だもん! エーミールは悪魔なんだからぁ!」
彼女は最後の手段に出た。
「被害者ムーブ」だ。
「うわぁぁん! 皆様、騙されないで! エーミールはいじわるなんです! 私を雪の中に埋めたり、爆発させたりしたんです!」
「……雪の中に埋めた?」
ご婦人方が不審な目で私を見る。
さすがにそれは人聞きが悪い。
「訂正します。雪の中に埋まっていた貴女を『救助』し、温かい衣服を『提供(有償)』しただけです。爆発に関しては、貴女が勝手にスイッチを押した『自爆事故』です」
私は懐から、一台の魔道具を取り出した。
「証拠なら、ここにあります」
「な、なによそれ」
「『音声記録魔石(ボイスレコーダー)』です。先ほどの貴女のデマ発言、および辺境での自爆時の音声、すべて録音してあります。再生しましょうか?」
『ポチッ』
魔石から、ミーナの間抜けな声が再生される。
『きゃああ! 爆発スイッチ押しちゃったぁぁ! あちちち!』
『地獄の門が開いたぁ! ……あ、でもこのお湯、気持ちいいかもぉ♡』
会場に響き渡る、緊張感のない声。
「……ぷっ」
誰かが吹き出したのを皮切りに、サロン中が大爆笑に包まれた。
「あははは! 何それ、コント?」
「自分で押したんじゃないの!」
「『気持ちいいかも』って言ってるじゃない!」
公開処刑である。
ミーナは耳まで真っ赤になり、その場にしゃがみ込んだ。
「うぅぅ……なんでぇ……なんでいつもこうなるのぉ……」
「詰めが甘いからです」
私は彼女を見下ろし、冷たく言い放った。
「悪評を流したいなら、もっと緻密なシナリオを用意なさい。感情だけで動くから、論理(ロジック)で殴り返されるのです」
そこへ、騒ぎを聞きつけたギルバート様が、サロンの入り口に現れた。
「エーミール、終わったか?」
「ええ。完全論破(クリア)です」
ギルバート様は、床にうずくまるミーナを一瞥し、呆れたように肩をすくめた。
「ミーナ。お前を使嗾(しそう)したのは、ゼファー伯爵か? それともクラークか?」
「うぅ……どっちもですぅ……」
「やっぱりな。……帰りたまえ。そして二人に伝えろ。『次はない』とな」
ギルバート様の氷のような視線に、ミーナは「ひいっ」と悲鳴を上げ、転がるように逃げ出した。
「お、覚えてなさいよぉぉ! 次こそはぁぁ!!」
その捨て台詞も、今回は誰の心にも響かなかった。
***
サロンからの帰り道。
馬車の中で、私はホッと息をついた。
「……疲れました。馬鹿の相手は、通常業務の三倍疲れます」
「よくやった。あれで貴族たちの信用はさらに盤石になったな」
ギルバート様が私の頭を撫でてくれる。
「ですが、許せないことがあります」
「なんだ?」
「ミーナ様が、私の商品を『魔獣の涙』などという非科学的なオカルトグッズ扱いしたことです。品質への冒涜です」
私がプンプンと怒っていると、ギルバート様が笑った。
「そこか。君らしいな」
そして、彼は真剣な表情になった。
「だが、これで敵も黙ってはいないだろう。次はもっと強硬な手段に出てくるはずだ」
「望むところです。今回の件で、ゼファー伯爵との全面戦争の口実はできました」
私は手元の計算機を弾いた。
「営業妨害による損害賠償請求。そして、信用毀損に対する慰謝料。……たっぷり請求させていただきますわ」
「頼もしいな。だが、気をつけろよ。追い詰められたネズミは猫を噛むと言う」
「ネズミ?」
私は窓の外、王城の方角を見た。
「いいえ、彼らはネズミですらありません。ただの『養分』ですわ」
その頃。
王城の一室では、作戦失敗の報告を受けたクラーク殿下とゼファー伯爵が、顔面蒼白になっていた。
「し、失敗しただと!? 録音された!?」
「あ、あの馬鹿娘ぇぇ! 余計な証拠を残しおって!」
彼らの足元からは、すでに破滅へのカウントダウンが聞こえ始めていた。
そして、ついに舞台は整った。
断罪劇の幕が、再び上がろうとしている。
ここは、流行に敏感な貴族のご婦人方が集まり、最新のゴシップと紅茶を楽しむ社交の聖地である。
本日の主役は、珍しくミーナ男爵令嬢だった。
「皆様、聞いてくださいまし! 私、恐ろしい秘密を知ってしまったのです!」
ピンク色のドレスを着たミーナは、声を潜めて(しかし全員に聞こえるように)語り出した。
「今流行りの『シルバー・クリスタル・アイス』と『美肌の湯』……あれには、とんでもない『呪い』がかかっているんです!」
「まあ! 呪いですって?」
ご婦人方が扇子で口元を隠し、ざわめく。
ミーナは心の中でガッツポーズをした。
(ふふん! ゼファー伯爵に言われた通りよ! 『不安を煽れば商品は売れなくなる』作戦!)
彼女はさらに畳み掛けた。
「私、実際に辺境へ行って見てきたんです! あの氷は、極寒の地で死んだ魔獣たちの涙が凍ったもので……夜になると『寒いよぉ……』って声が聞こえるんです!」
「ひえっ……」
「それに、あの温泉! あれは地獄の釜の蓋が開いたもので、入ると最初は気持ちいいけど、だんだん皮膚が溶けて、最後には骸骨になっちゃうんです!」
「キャーーッ! 恐ろしい!」
ミーナの話術(というか妄想力)は、ある意味で天才的だった。
根拠のないデマだが、インパクトだけはある。
ご婦人方の顔色が青ざめていく。
「わたくし、昨日買ったばかりですわ……捨てた方がよろしくて?」
「骸骨になるなんて嫌ですわ!」
よし、いける!
このままエーミールの評判を地に落としてやる!
ミーナが勝利を確信した、その時だった。
「――異議あり」
凛とした声が、サロンの入り口から響いた。
「え?」
振り返ると、そこにはミッドナイト・ブルーのドレスを纏い、片手に分厚い資料を持った私が立っていた。
「エ、エーミール!?」
「ごきげんよう、皆様。当社の製品について、大変興味深い『創作怪談』が披露されていると聞きまして。事実確認(ファクトチェック)に参りました」
私は優雅に一礼し、ミーナの目の前に立った。
「ミーナ様。貴女の発言には、科学的根拠(エビデンス)が一切ありません」
「な、なによ! 私は見たのよ! 体験したのよ!」
「では、一つずつ検証しましょう」
私は資料をパラリと開いた。
「まず『魔獣の涙』説。当社の氷は『鏡の湖』の深層水を凍らせたものであり、成分分析の結果、不純物は〇・〇〇一パーセント以下です。魔獣の体液が含まれていれば、試薬が反応して変色しますが、御覧の通りクリアです」
私はポケットから試験管を取り出し、その場で氷を溶かして試薬を垂らした。
色は透明なままだ。
「ほら、無色透明。科学は嘘をつきません」
「うぐっ……で、でも! 夜に声が!」
「それは風の音が氷の結晶に反響した際の『共鳴音』です。物理現象です」
「ぶ、物理……?」
「次に『皮膚が溶ける温泉』説。貴女、実際に入りましたよね? 今、骸骨になっていますか?」
私はミーナの頬をツンとつついた。
「なってない……です」
「むしろ、以前より肌のキメが整っていますね。当社の温泉成分であるメタケイ酸が作用した結果です。貴女自身の肌が、安全性を証明する動かぬ証拠ですわ」
「あ……」
ミーナは自分の頬を触った。確かにツルツルだ。
「つまり、貴女の話は『商品の効果を逆に宣伝してくださった』ということになります。ありがとうございます、アンバサダー(宣伝大使)ミーナ様」
私はニッコリと微笑んだ。
ご婦人方が、安堵のため息をつく。
「なあんだ、やっぱり嘘だったのね」
「むしろ肌が綺麗になるなんて、やっぱり買いだわ!」
「エーミール様、わたくしに追加注文を!」
形勢逆転。
ミーナは顔を真っ赤にして震え出した。
「ち、ちがうもん! 本当だもん! エーミールは悪魔なんだからぁ!」
彼女は最後の手段に出た。
「被害者ムーブ」だ。
「うわぁぁん! 皆様、騙されないで! エーミールはいじわるなんです! 私を雪の中に埋めたり、爆発させたりしたんです!」
「……雪の中に埋めた?」
ご婦人方が不審な目で私を見る。
さすがにそれは人聞きが悪い。
「訂正します。雪の中に埋まっていた貴女を『救助』し、温かい衣服を『提供(有償)』しただけです。爆発に関しては、貴女が勝手にスイッチを押した『自爆事故』です」
私は懐から、一台の魔道具を取り出した。
「証拠なら、ここにあります」
「な、なによそれ」
「『音声記録魔石(ボイスレコーダー)』です。先ほどの貴女のデマ発言、および辺境での自爆時の音声、すべて録音してあります。再生しましょうか?」
『ポチッ』
魔石から、ミーナの間抜けな声が再生される。
『きゃああ! 爆発スイッチ押しちゃったぁぁ! あちちち!』
『地獄の門が開いたぁ! ……あ、でもこのお湯、気持ちいいかもぉ♡』
会場に響き渡る、緊張感のない声。
「……ぷっ」
誰かが吹き出したのを皮切りに、サロン中が大爆笑に包まれた。
「あははは! 何それ、コント?」
「自分で押したんじゃないの!」
「『気持ちいいかも』って言ってるじゃない!」
公開処刑である。
ミーナは耳まで真っ赤になり、その場にしゃがみ込んだ。
「うぅぅ……なんでぇ……なんでいつもこうなるのぉ……」
「詰めが甘いからです」
私は彼女を見下ろし、冷たく言い放った。
「悪評を流したいなら、もっと緻密なシナリオを用意なさい。感情だけで動くから、論理(ロジック)で殴り返されるのです」
そこへ、騒ぎを聞きつけたギルバート様が、サロンの入り口に現れた。
「エーミール、終わったか?」
「ええ。完全論破(クリア)です」
ギルバート様は、床にうずくまるミーナを一瞥し、呆れたように肩をすくめた。
「ミーナ。お前を使嗾(しそう)したのは、ゼファー伯爵か? それともクラークか?」
「うぅ……どっちもですぅ……」
「やっぱりな。……帰りたまえ。そして二人に伝えろ。『次はない』とな」
ギルバート様の氷のような視線に、ミーナは「ひいっ」と悲鳴を上げ、転がるように逃げ出した。
「お、覚えてなさいよぉぉ! 次こそはぁぁ!!」
その捨て台詞も、今回は誰の心にも響かなかった。
***
サロンからの帰り道。
馬車の中で、私はホッと息をついた。
「……疲れました。馬鹿の相手は、通常業務の三倍疲れます」
「よくやった。あれで貴族たちの信用はさらに盤石になったな」
ギルバート様が私の頭を撫でてくれる。
「ですが、許せないことがあります」
「なんだ?」
「ミーナ様が、私の商品を『魔獣の涙』などという非科学的なオカルトグッズ扱いしたことです。品質への冒涜です」
私がプンプンと怒っていると、ギルバート様が笑った。
「そこか。君らしいな」
そして、彼は真剣な表情になった。
「だが、これで敵も黙ってはいないだろう。次はもっと強硬な手段に出てくるはずだ」
「望むところです。今回の件で、ゼファー伯爵との全面戦争の口実はできました」
私は手元の計算機を弾いた。
「営業妨害による損害賠償請求。そして、信用毀損に対する慰謝料。……たっぷり請求させていただきますわ」
「頼もしいな。だが、気をつけろよ。追い詰められたネズミは猫を噛むと言う」
「ネズミ?」
私は窓の外、王城の方角を見た。
「いいえ、彼らはネズミですらありません。ただの『養分』ですわ」
その頃。
王城の一室では、作戦失敗の報告を受けたクラーク殿下とゼファー伯爵が、顔面蒼白になっていた。
「し、失敗しただと!? 録音された!?」
「あ、あの馬鹿娘ぇぇ! 余計な証拠を残しおって!」
彼らの足元からは、すでに破滅へのカウントダウンが聞こえ始めていた。
そして、ついに舞台は整った。
断罪劇の幕が、再び上がろうとしている。
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