婚約破棄!悪役令嬢は手切れ金で優雅に高飛びさせていただきますわ!

苺マカロン

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「――エーミール・フォン・バレット! 貴様を『国家予算横領』および『経済撹乱罪』で告発する!」

王城、大謁見の間。

本来なら、国王陛下への謁見や重要な国務報告が行われる神聖な場所に、クラーク王太子のヒステリックな声が響き渡った。

集められた貴族たちが、ざわめきと共に私たちを見る。

玉座の前に立つクラーク殿下と、その横でニヤついているゼファー伯爵。
そして、彼らの後ろには、なぜか勝ち誇った顔のミーナもいる。

対する私たちは、部屋の中央に立たされていた。

「……やれやれ。わざわざ呼び出したと思えば、これか」

隣に立つギルバート様が、不機嫌そうに呟く。

「俺たちが帰る直前に、こんな茶番を仕掛けてくるとはな」

「最後の悪あがき(ラストダンス)でしょう。付き合って差し上げましょう、閣下」

私は冷静に、クラーク殿下を見据えた。

「殿下。横領とは穏やかではありませんね。根拠(エビデンス)はおありですか?」

「ふん、白を切る気か! 証拠ならここにある!」

クラーク殿下は、ゼファー伯爵から受け取った書類の束を掲げた。

「これは、辺境伯領の『裏帳簿』だ! 貴様は氷や温泉で得た莫大な利益を、王家に報告せず着服している! さらに、不当な安売りで王都の市場を混乱させた! これは国家への反逆だ!」

「そうだそうだ! 悪女エーミールを捕まえろー!」

ミーナが野次馬のように叫ぶ。

ゼファー伯爵が一歩進み出た。

「辺境伯閣下も同罪ですな。女に唆され、私腹を肥やすとは嘆かわしい。ギルドとしては、このような不正を許すわけにはいきません」

彼らの主張はこうだ。
『エーミールたちは不当な利益を得ている。その金を没収し、事業権をすべて国(というかゼファー伯爵)に譲渡せよ』。

分かりやすい言いがかりだ。

貴族たちの中にも、動揺が広がる。

「まさか、本当に横領を?」
「しかし、あの書類が本物なら……」

空気が彼らに傾きかけた、その時。

「――それで?」

私の冷ややかな声が、広間の空気を凍らせた。

「え?」

「それが『証拠』ですか? その程度の紙切れ一枚で、私を断罪できると?」

私はゆっくりと、彼らに歩み寄った。

「見せていただきましょう、その『裏帳簿』とやらを」

「はっ! 見るがいい! 言い逃れはできんぞ!」

クラーク殿下は自信満々に書類を突きつけてきた。

私はそれを受け取り、パラパラと捲った。

一秒。
二秒。
三秒。

「……プッ」

私が吹き出すと、クラーク殿下の眉が跳ね上がった。

「な、何がおかしい!」

「いえ、失礼。あまりにもお粗末な『創作物(フィクション)』でしたので」

私は書類をバサリと床に捨てた。

「なっ!?」

「殿下。この帳簿を作ったのは誰ですか? おそらくゼファー伯爵の手下でしょうが……簿記の素人ですね」

私は床の書類を指差した。

「まず、三ページ目の収支計算。桁が一つズレています。これでは利益が十倍に見えますが、単純な計算ミスです」

「な、なに?」

「次に、七ページ目の『運送費』。当時は大雪で馬車が出せなかった時期です。なのに、通常の三倍の輸送回数が記録されている。時空でも歪めない限り不可能です」

私は次々と矛盾点を指摘していく。

「そして極め付けは、日付です。この取引記録の日付……『二月三十日』になっていますが、今年の二月は二十八日までしかありませんよ?」

「へ?」

クラーク殿下が慌てて書類を拾い上げ、凝視する。

「あ……」

「架空の日付で取引をするとは、さすがは悪徳商人。異次元と貿易でもしているのですか?」

会場から、クスクスという失笑が漏れ始めた。

ゼファー伯爵が顔を真っ赤にして叫ぶ。

「う、うるさい! 些細な書き損じだ! 貴様が不正をしている事実に変わりはない!」

「些細? 数字を扱う者にとって、書き損じは死に値します」

私の目が、鋭く光った。

「いいでしょう。そちらが偽造書類を出してきたのですから、こちらも『本物』を出させていただきます」

私はパチンと指を鳴らした。

「ガストン団長! 『あれ』を持ってきて!」

「アイアイサー!!」

控えていたガストン団長たちが、台車を押して入ってきた。

その上には、山のような書類の束が積まれている。

ドサァァァッ!!

広間の中央に、書類の山が築かれた。

「な、なんだこれは」

「これは、私が王太子の婚約者だった時代の『王家財務監査報告書』。そして、クラーク殿下とゼファー伯爵の『癒着の証拠(ログ)』です」

「はぁぁぁ!?」

クラーク殿下とゼファー伯爵が同時に悲鳴を上げた。

「殿下、お忘れですか? 私は貴方の執務をすべて代行していました。つまり、金の流れもすべて把握しているということです」

私は山の中から、一冊のファイルを抜き出した。

「例えばこれ。昨年の『離宮改修工事』。ゼファー伯爵の関連会社に発注されていますが、相場の三倍の価格で契約されています。その差額はどこへ?」

「うっ……そ、それは資材が高騰して……」

「嘘ですね。同日の市場価格は安定していました。差額の金貨五百枚は、その翌日に殿下の個人口座に入金され、さらにその翌日、王都の宝石店で『ピンクダイヤモンドのネックレス』の購入に使われています」

私はミーナの方を見た。

「ミーナ様。その首飾り、見覚えがありますね?」

「えっ!?」

ミーナが慌ててネックレスを隠そうとするが、もう遅い。

「つまり、公共事業費を横領して、愛人へのプレゼントに使ったということです」

「ひぇっ……」

貴族たちがドン引きする音が聞こえた。

「さらにこれ。ギルドへの『補助金申請書』。本来なら審査に落ちるはずの幽霊会社に、多額の補助金が出ています。その会社の代表者は、ゼファー伯爵の親族ですね?」

「そ、そんな馬鹿な! どこでその情報を!」

「全て王城の書庫に残っていましたよ。整理整頓されていないから、誰も気づかなかっただけです」

私は次々とファイルを掲げ、彼らの罪を読み上げた。

『王太子主催のパーティーにおける使途不明金』
『公用馬車の私的利用記録』
『ギルドによる不当な価格操作の証拠』
『ミーナ男爵令嬢のドレス購入費の公費流用疑惑』

出るわ出るわ。
叩けば埃が出るどころか、全身埃まみれの二人だ。

「これらはすべて、日付、金額、そして殿下の直筆サイン入りで記録されています。……さて、横領と国家反逆罪に問われるのは、どちらでしょうね?」

私はニッコリと微笑み、トドメの一言を放った。

「これら全ての損害額、利子をつけて返済していただきますが……お支払いいただけますか?」

クラーク殿下は、顔面蒼白で後ずさった。

「あ……あ……」

「う、嘘だ! 捏造だ! こんなもの認めんぞ!」

ゼファー伯爵が喚き散らし、私に掴みかかろうとした。

「黙らせてやる! この小娘が!」

彼の手が伸びてくる。
しかし、私は一歩も動かなかった。

なぜなら。

ガシッ!!

鋼のような手が、ゼファー伯爵の腕を掴み上げたからだ。

「……俺のパートナーに触れるなと言ったはずだが?」

ギルバート様だ。

その瞳は、絶対零度の冷気を帯びていた。

「ひぃっ!? へ、辺境伯……!」

「往生際が悪いぞ、古狸。これだけの証拠を突きつけられて、まだ吠えるか」

ギルバート様は、掴んだ腕を軽々と捻り上げた。

「ぎゃああああ!」

「殿下もだ。……クラーク、お前には失望した」

ギルバート様が、冷たい視線を甥に向ける。

「無能なのは仕方がない。だが、自分の罪を他人に擦り付け、あまつさえ国を腐敗させるとは……王族の風上にも置けん」

「お、叔父上……違うんだ、僕はただ……」

「黙れ。言い訳は見苦しい」

ギルバート様の一喝に、クラーク殿下は腰を抜かしてへたり込んだ。

会場は完全に静まり返り、誰も彼らを擁護する者はいなかった。
勝負ありだ。

その時。

「――騒がしいな。何事だ」

威厳のある、重々しい声が響いた。

広間の奥、玉座の脇の扉が開く。

現れたのは、白髪の老騎士と数名の近衛兵を従えた、一人の壮年の男性。

「こ、国王陛下……!?」

貴族たちが一斉に平伏する。

そう、この国の頂点。国王陛下その人が、このタイミングで登場したのだ。

クラーク殿下の顔から、完全に血の気が引いた。

「ち、父上……!?」

「謁見の間が市場のように騒がしいと思って来てみれば……ほう?」

国王陛下は、床に散らばる書類の山と、腰を抜かした息子、そして腕を捻り上げられている伯爵を見て、眉を上げた。

そして、私とギルバート様を見て、ニヤリと笑った。

「ギルバート、そしてエーミール嬢か。……随分と面白い『掃除』をしているようだな」

「お目汚しを失礼いたしました、兄上」

ギルバート様が恭しく頭を下げる。

「ですが、膿(うみ)は出し切りました」

「そうか。……財務大臣! この書類を精査せよ!」

「はっ!」

控えていた大臣たちが、私の提出した証拠書類に群がる。
数分後、彼らは青ざめた顔で陛下に報告した。

「へ、陛下……これらは全て本物です。王太子殿下とゼファー伯爵による、巨額の不正の証拠です……!」

確定演出。

国王陛下は、氷のような冷徹さでクラーク殿下を見下ろした。

「クラーク。……覚悟はできているな?」

「あ、あ、ああ……」

「連れて行け。沙汰があるまで塔に幽閉する。ゼファー伯爵もだ。地下牢で頭を冷やせ」

「そ、そんなぁ! 私は悪くありません! 殿下がやれと言ったんです!」

「い、いやだ! 父上、許してくれ! ミーナが欲しがったから……!」

見苦しく責任を押し付け合う二人。
近衛兵によって引きずられていくその姿は、かつての栄華からは想像もつかないほど惨めだった。

そして、残されたミーナは。

「あ、あはは……私、関係ないですよね? ただの被害者ですよね?」

引きつった笑顔で後ずさるが、国王陛下の視線が彼女を射抜いた。

「そこの娘。王族を惑わせ、浪費をさせた罪は重い。……お前も行け」

「いやぁぁぁ! ドレスも宝石も返すからぁぁ! 牢屋はいやぁぁぁ!」

ピンク色の悲鳴を残し、彼女もまた退場していった。

静寂が戻った広間。

私は大きく息を吐き、肩の力を抜いた。

「……終わりましたね。長いプレゼンでした」

「ああ。最高のショーだったぞ」

ギルバート様が、私の肩を抱いた。

周囲の貴族たちが、一斉に拍手を送ってくる。
それは、悪役令嬢エーミールが、真の意味で王都の『正義』となった瞬間だった。

だが、私は知っている。
これで終わりではない。
クラーク殿下が廃嫡されれば、次の王位継承問題が発生する。
そして、その有力候補は――私の隣にいる、この人だ。

「(……王妃? 私が? いやいや、割に合いませんわ)」

私は新たな『面倒事(リスク)』の気配を感じながらも、今は勝利の余韻に浸ることにした。
とりあえず、この騒動で知名度が上がった我が商会の株価は、ストップ高間違いなしだろうから。
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