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王都の喧騒が遠ざかり、代わりに虫の声と風の音が支配する夜の森。
チャーミーは、切り株の上に立ち、月明かりを浴びていた。
「はぁ……。はぁ……。ここまで来れば、もう追いかけては来られませんわね」
彼女は、泥だらけになった顔を乱暴に袖で拭った。
「さて……。やりますわよ、チャーミー。一生に一度の、記念すべき祝祭を!」
彼女はゆっくりと息を吸い込むと、夜空に向かって両手を広げた。
「感謝いたしますわ、アルフォンス殿下! 私を『可愛くない』と切り捨ててくれて! 感謝いたしますわ、お義母様になる予定だった王妃様! 私の食べ方にケチをつけ続けてくれて!」
突然、チャーミーは激しく足踏みを始めた。
「まずはステップ! 右! 左! ターンして、さらに右! 見てくださいませ、このコルセットから解放された横隔膜の躍動を!」
ドスドス、と地面を叩く音が森に響く。
それは淑女の舞とは程遠く、さながら獲物を仕留めた蛮族の勝どきのようであった。
「はぁーっ、ドッコイセ! 婚約破棄! ドッコイセ! 自由の身!」
彼女の動きは次第に激しさを増し、千切れたドレスの裾がムチのように空を打つ。
「もう二度と、あんな細っこいマカロン一つで夕食を済ませるような生活はしませんわ! 明日からは、肉! 脂! ニンニク! 私の胃袋は、それらを求めて魂の咆哮を上げておりますの!」
「……あの、お嬢様」
背後から、低く落ち着いた声がした。
「ギィヤァアアアアアアアア!」
チャーミーは、聞いたこともないような奇声を上げて飛び上がった。
そのまま空中で一回転し、無様に地面へ激突する。
「あだだだだ……。な、なんですの!? 追手!? それとも熊!? 熊なら死んだふりを……いえ、今の私なら素手でいけるかしら!?」
「……私です。ゼノンです」
暗がりの木陰から、騎士団長ゼノンが静かに姿を現した。
「……ゼノン様。なぜここに? さっき門のところで、クールに私を見送ってくださったはずじゃありませんの?」
チャーミーは腰をさすりながら、恨めしそうにゼノンを睨んだ。
「……お嬢様を、お一人で夜の森に行かせるわけにはいきません。騎士団長として、また、一人の男として……不徳の致すところです」
ゼノンは淡々と答えたが、その視線はチャーミーの泥だらけの鼻先に釘付けになっていた。
「何をおっしゃいますの。私はもう、公爵令嬢でもなければ、王子の婚約者でもありません。ただの、体力自慢のチャーミーですわ」
「……先ほどの、その。独特な舞は、一体」
ゼノンが問うと、チャーミーはパッと顔を輝かせた。
「見ていらっしゃいましたの!? あれこそが私の『感謝の舞』ですわ! 自由を手に入れた時、人は踊らずにはいられない……そんな本能が爆発した姿ですのよ!」
「……なるほど。爆発、ですか」
ゼノンは真面目な顔で頷いた。
「非常に……力強く、生命力を感じる動きでした。あなたのあのような表情、王宮では一度も見ることができなかった」
「当然ですわ! あそこでは常に『しおらしい人形』を演じていなければなりませんでしたもの。本当の私は、もっとこう……原始的なんですの!」
チャーミーは立ち上がると、ゼノンの目の前で自慢の力こぶを作ってみせた。
「見てくださいませ、この上腕二頭筋! 夜な夜なダンベル代わりの重い辞書を振り回して鍛え上げた、努力の結晶ですわ!」
「……素晴らしい。実に効率的な鍛錬だ」
「でしょう!? さあ、ゼノン様。私の舞を見てしまったからには、あなたも共犯者ですわ。王宮には『彼女は森の闇に消えた』とでも報告しておいてくださいませ」
チャーミーは、ニカッと歯を見せて笑った。
ゼノンはその笑顔に、射抜かれたように立ち尽くした。
「……共犯者。いい響きですね」
「あら、わかってくださいます? それじゃあ、私、お腹が空きましたので……あそこの茂みで何か食べられそうなものを探してきますわ!」
チャーミーは、ガサガサと茂みの中に頭を突っ込み始めた。
「お嬢様、そこは毒キノコが……」
「大丈夫ですわ! 私の胃袋は、王子の嫌味を三年間耐え抜いた鋼鉄製ですもの! 多少の毒なら中和して差し上げますわ!」
「……やはり、あなたは目が離せない」
ゼノンは溜息をつきながらも、その手には、チャーミーのために用意してきた食料袋が握られていた。
自由を謳歌する爆走令嬢と、それを呆れながらも見守る最強の騎士。
チャーミーの、本当の意味での「初夜」は、こうして賑やかに更けていくのであった。
チャーミーは、切り株の上に立ち、月明かりを浴びていた。
「はぁ……。はぁ……。ここまで来れば、もう追いかけては来られませんわね」
彼女は、泥だらけになった顔を乱暴に袖で拭った。
「さて……。やりますわよ、チャーミー。一生に一度の、記念すべき祝祭を!」
彼女はゆっくりと息を吸い込むと、夜空に向かって両手を広げた。
「感謝いたしますわ、アルフォンス殿下! 私を『可愛くない』と切り捨ててくれて! 感謝いたしますわ、お義母様になる予定だった王妃様! 私の食べ方にケチをつけ続けてくれて!」
突然、チャーミーは激しく足踏みを始めた。
「まずはステップ! 右! 左! ターンして、さらに右! 見てくださいませ、このコルセットから解放された横隔膜の躍動を!」
ドスドス、と地面を叩く音が森に響く。
それは淑女の舞とは程遠く、さながら獲物を仕留めた蛮族の勝どきのようであった。
「はぁーっ、ドッコイセ! 婚約破棄! ドッコイセ! 自由の身!」
彼女の動きは次第に激しさを増し、千切れたドレスの裾がムチのように空を打つ。
「もう二度と、あんな細っこいマカロン一つで夕食を済ませるような生活はしませんわ! 明日からは、肉! 脂! ニンニク! 私の胃袋は、それらを求めて魂の咆哮を上げておりますの!」
「……あの、お嬢様」
背後から、低く落ち着いた声がした。
「ギィヤァアアアアアアアア!」
チャーミーは、聞いたこともないような奇声を上げて飛び上がった。
そのまま空中で一回転し、無様に地面へ激突する。
「あだだだだ……。な、なんですの!? 追手!? それとも熊!? 熊なら死んだふりを……いえ、今の私なら素手でいけるかしら!?」
「……私です。ゼノンです」
暗がりの木陰から、騎士団長ゼノンが静かに姿を現した。
「……ゼノン様。なぜここに? さっき門のところで、クールに私を見送ってくださったはずじゃありませんの?」
チャーミーは腰をさすりながら、恨めしそうにゼノンを睨んだ。
「……お嬢様を、お一人で夜の森に行かせるわけにはいきません。騎士団長として、また、一人の男として……不徳の致すところです」
ゼノンは淡々と答えたが、その視線はチャーミーの泥だらけの鼻先に釘付けになっていた。
「何をおっしゃいますの。私はもう、公爵令嬢でもなければ、王子の婚約者でもありません。ただの、体力自慢のチャーミーですわ」
「……先ほどの、その。独特な舞は、一体」
ゼノンが問うと、チャーミーはパッと顔を輝かせた。
「見ていらっしゃいましたの!? あれこそが私の『感謝の舞』ですわ! 自由を手に入れた時、人は踊らずにはいられない……そんな本能が爆発した姿ですのよ!」
「……なるほど。爆発、ですか」
ゼノンは真面目な顔で頷いた。
「非常に……力強く、生命力を感じる動きでした。あなたのあのような表情、王宮では一度も見ることができなかった」
「当然ですわ! あそこでは常に『しおらしい人形』を演じていなければなりませんでしたもの。本当の私は、もっとこう……原始的なんですの!」
チャーミーは立ち上がると、ゼノンの目の前で自慢の力こぶを作ってみせた。
「見てくださいませ、この上腕二頭筋! 夜な夜なダンベル代わりの重い辞書を振り回して鍛え上げた、努力の結晶ですわ!」
「……素晴らしい。実に効率的な鍛錬だ」
「でしょう!? さあ、ゼノン様。私の舞を見てしまったからには、あなたも共犯者ですわ。王宮には『彼女は森の闇に消えた』とでも報告しておいてくださいませ」
チャーミーは、ニカッと歯を見せて笑った。
ゼノンはその笑顔に、射抜かれたように立ち尽くした。
「……共犯者。いい響きですね」
「あら、わかってくださいます? それじゃあ、私、お腹が空きましたので……あそこの茂みで何か食べられそうなものを探してきますわ!」
チャーミーは、ガサガサと茂みの中に頭を突っ込み始めた。
「お嬢様、そこは毒キノコが……」
「大丈夫ですわ! 私の胃袋は、王子の嫌味を三年間耐え抜いた鋼鉄製ですもの! 多少の毒なら中和して差し上げますわ!」
「……やはり、あなたは目が離せない」
ゼノンは溜息をつきながらも、その手には、チャーミーのために用意してきた食料袋が握られていた。
自由を謳歌する爆走令嬢と、それを呆れながらも見守る最強の騎士。
チャーミーの、本当の意味での「初夜」は、こうして賑やかに更けていくのであった。
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