婚約破棄、ありがとうございます!自由に空を舞う!

八雲

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「……やはり、これではダメですわ。生ぬるすぎますわ!」


離宮の寝室。磨き上げられたベッドの上で、チャーミーは突然ガバッと起き上がった。


「お嬢様? 何か不備でもありましたか。枕の高さが合いませんか?」


廊下で控えていたゼノンが、物音を聞きつけて即座に顔を出す。


「いいえ、ゼノン様! 不備どころか、あまりにも『完璧』すぎますのよ、このベッド!」


チャーミーは羽根布団を力強く叩いた。


「このフカフカした感触、そして外敵の影一つない密閉された空間……。これでは私の研ぎ澄まされた野生のセンサーが、鈍って腐ってしまいますわ!」


「……野生のセンサー。なるほど、危機管理能力の維持、ということですね」


「そうですわ! 今の私は、折からの婚約破棄によって自由という名の荒野に放たれた一匹の狼! 狼が、こんな綿毛の上で丸まって寝ていてどうしますの!」


チャーミーはシーツを剥ぎ取ると、それをマントのように肩に羽織った。


「今夜は外で寝ますわ! 大地と語り合い、星々の囁きを子守唄にする……これぞ真の『アウトドア・貴族ライフ』ですわ!」


「……お嬢様。夜の庭は冷えますし、虫も出ますが」


「虫? 私のプロテインを狙う盗賊のことかしら? 返り討ちにして差し上げますわ! さあ、ゼノン様、野宿の準備ですわよ!」


二人は離宮の裏庭、少し開けた草地へと移動した。


チャーミーは慣れた手つき(といっても今日覚えたばかりの力技)で、近くの枯れ枝を集めて焚き火を作り始めた。


「ふふっ。この火の揺らめき……。王宮の魔導ランプとは比べものにならない情熱を感じますわね」


「お嬢様、火を大きくしすぎです。それではキャンプファイアーというよりは、狼煙(のろし)に見えます」


「いいのですわ! 私の情熱はこれくらい大きくないと収まりませんの! さて、寝る前に……夜食を調達しなければなりませんわね」


チャーミーは、おもむろに近くに落ちていた太い枝を拾い上げ、素振りをした。


「お嬢様、まさかその枝で……」


「ええ。先ほどからあそこの茂みで『カサカサ』と美味しそうな音がしておりますの。あれは間違いなく、私の筋肉が求めている『地上の幸』ですわ!」


チャーミーは、ドレスの裾をベルトに挟み込むと、茂みに向かって猛ダッシュした。


「おのれ、獲物! 悪役令嬢(自称)の晩餐になる光栄を噛み締めなさいませーっ!」


「お嬢様、待ってください! そこは泥沼が……!」


ゼノンの制止も虚しく、茂みの奥から「ギャオーッ!」という獣の悲鳴と、「捕らえましたわあああ!」というチャーミーの絶叫が同時に響き渡った。


数分後、茂みから出てきたチャーミーは、泥まみれになりながらも、巨大な野ウサギ(のような何か)を両手で高く掲げていた。


「見てください、ゼノン様! 今夜のメインディッシュですわ! この足の筋肉の付き方、実に私好みですわ!」


「……それは、この辺りに生息する幻の『剛力ウサギ』ですね。並の騎士でも捕らえるのは困難なはずですが」


「愛の力……いえ、空腹の力ですわ! さあ、これを豪快に焼いて、骨の髄までしゃぶり尽くしますわよ!」


焚き火で焼かれた肉の香ばしい匂いが、夜の森に漂い始める。


チャーミーは、淑女の作法を完全にかなぐり捨て、焼き上がった肉にそのままかぶりついた。


「熱っ! ウマっ! なんというワイルドな味わい! 殿下の読んでいた、中身のないポエムの千倍は味わい深いですわ!」


「……そう言っていただけると、獲物も本望でしょう。お嬢様、口の横に煤(すす)がついています」


ゼノンが苦笑しながら、指先で優しくチャーミーの汚れを拭った。


チャーミーは一瞬だけ、その指の温かさに心臓が「ドキン」と跳ねるのを感じた。


「あ、ありがとうございます……。でも大丈夫ですわ! 泥も煤も、自由の勲章ですから!」


「……あなたは、本当に強い。そして、美しい」


ゼノンの真っ直ぐな言葉に、チャーミーは肉を頬張ったまま、目を見開いた。


「な、何を。そんな冗談、殿下の『君の瞳はサファイア』よりも聞き苦しいですわよ!」


「冗談ではありません。私は本気で、今のあなたの方が……」


「あーっ、お腹いっぱいですわ! さあ、寝ますわよ、寝ますわ! 大地のベッドが私を呼んでおりますの!」


チャーミーは照れ隠しに大声を出すと、焚き火のそばの地面に、ゴロンと横になった。


シーツを被り、目を閉じる。


地面は硬く、少し冷たい。けれど、背中から伝わる土の感触は、王宮のどのベッドよりも自分を肯定してくれているような気がした。


「……おやすみなさい、ゼノン様。明日も、全力で生きますわよ」


「……ええ。おやすみなさい、チャーミー」


ゼノンは、静かに眠りに落ちたチャーミーの横顔を、月明かりの下で見守り続けた。


彼女が時折、寝言で「お代わり……」と呟くのを聞いて、彼は幸せそうに口元を緩めるのだった。


一方、その頃。


王都のバルコニーでは、アルフォンス王子が「チャーミーが野宿をしている……!? きっと、私の愛という屋根を失い、震えながら夜を明かしているに違いない……!」と勘違いを爆発させ、独りで勝手に心を痛めていた。
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