6 / 29
6
しおりを挟む
「……やはり、これではダメですわ。生ぬるすぎますわ!」
離宮の寝室。磨き上げられたベッドの上で、チャーミーは突然ガバッと起き上がった。
「お嬢様? 何か不備でもありましたか。枕の高さが合いませんか?」
廊下で控えていたゼノンが、物音を聞きつけて即座に顔を出す。
「いいえ、ゼノン様! 不備どころか、あまりにも『完璧』すぎますのよ、このベッド!」
チャーミーは羽根布団を力強く叩いた。
「このフカフカした感触、そして外敵の影一つない密閉された空間……。これでは私の研ぎ澄まされた野生のセンサーが、鈍って腐ってしまいますわ!」
「……野生のセンサー。なるほど、危機管理能力の維持、ということですね」
「そうですわ! 今の私は、折からの婚約破棄によって自由という名の荒野に放たれた一匹の狼! 狼が、こんな綿毛の上で丸まって寝ていてどうしますの!」
チャーミーはシーツを剥ぎ取ると、それをマントのように肩に羽織った。
「今夜は外で寝ますわ! 大地と語り合い、星々の囁きを子守唄にする……これぞ真の『アウトドア・貴族ライフ』ですわ!」
「……お嬢様。夜の庭は冷えますし、虫も出ますが」
「虫? 私のプロテインを狙う盗賊のことかしら? 返り討ちにして差し上げますわ! さあ、ゼノン様、野宿の準備ですわよ!」
二人は離宮の裏庭、少し開けた草地へと移動した。
チャーミーは慣れた手つき(といっても今日覚えたばかりの力技)で、近くの枯れ枝を集めて焚き火を作り始めた。
「ふふっ。この火の揺らめき……。王宮の魔導ランプとは比べものにならない情熱を感じますわね」
「お嬢様、火を大きくしすぎです。それではキャンプファイアーというよりは、狼煙(のろし)に見えます」
「いいのですわ! 私の情熱はこれくらい大きくないと収まりませんの! さて、寝る前に……夜食を調達しなければなりませんわね」
チャーミーは、おもむろに近くに落ちていた太い枝を拾い上げ、素振りをした。
「お嬢様、まさかその枝で……」
「ええ。先ほどからあそこの茂みで『カサカサ』と美味しそうな音がしておりますの。あれは間違いなく、私の筋肉が求めている『地上の幸』ですわ!」
チャーミーは、ドレスの裾をベルトに挟み込むと、茂みに向かって猛ダッシュした。
「おのれ、獲物! 悪役令嬢(自称)の晩餐になる光栄を噛み締めなさいませーっ!」
「お嬢様、待ってください! そこは泥沼が……!」
ゼノンの制止も虚しく、茂みの奥から「ギャオーッ!」という獣の悲鳴と、「捕らえましたわあああ!」というチャーミーの絶叫が同時に響き渡った。
数分後、茂みから出てきたチャーミーは、泥まみれになりながらも、巨大な野ウサギ(のような何か)を両手で高く掲げていた。
「見てください、ゼノン様! 今夜のメインディッシュですわ! この足の筋肉の付き方、実に私好みですわ!」
「……それは、この辺りに生息する幻の『剛力ウサギ』ですね。並の騎士でも捕らえるのは困難なはずですが」
「愛の力……いえ、空腹の力ですわ! さあ、これを豪快に焼いて、骨の髄までしゃぶり尽くしますわよ!」
焚き火で焼かれた肉の香ばしい匂いが、夜の森に漂い始める。
チャーミーは、淑女の作法を完全にかなぐり捨て、焼き上がった肉にそのままかぶりついた。
「熱っ! ウマっ! なんというワイルドな味わい! 殿下の読んでいた、中身のないポエムの千倍は味わい深いですわ!」
「……そう言っていただけると、獲物も本望でしょう。お嬢様、口の横に煤(すす)がついています」
ゼノンが苦笑しながら、指先で優しくチャーミーの汚れを拭った。
チャーミーは一瞬だけ、その指の温かさに心臓が「ドキン」と跳ねるのを感じた。
「あ、ありがとうございます……。でも大丈夫ですわ! 泥も煤も、自由の勲章ですから!」
「……あなたは、本当に強い。そして、美しい」
ゼノンの真っ直ぐな言葉に、チャーミーは肉を頬張ったまま、目を見開いた。
「な、何を。そんな冗談、殿下の『君の瞳はサファイア』よりも聞き苦しいですわよ!」
「冗談ではありません。私は本気で、今のあなたの方が……」
「あーっ、お腹いっぱいですわ! さあ、寝ますわよ、寝ますわ! 大地のベッドが私を呼んでおりますの!」
チャーミーは照れ隠しに大声を出すと、焚き火のそばの地面に、ゴロンと横になった。
シーツを被り、目を閉じる。
地面は硬く、少し冷たい。けれど、背中から伝わる土の感触は、王宮のどのベッドよりも自分を肯定してくれているような気がした。
「……おやすみなさい、ゼノン様。明日も、全力で生きますわよ」
「……ええ。おやすみなさい、チャーミー」
ゼノンは、静かに眠りに落ちたチャーミーの横顔を、月明かりの下で見守り続けた。
彼女が時折、寝言で「お代わり……」と呟くのを聞いて、彼は幸せそうに口元を緩めるのだった。
一方、その頃。
王都のバルコニーでは、アルフォンス王子が「チャーミーが野宿をしている……!? きっと、私の愛という屋根を失い、震えながら夜を明かしているに違いない……!」と勘違いを爆発させ、独りで勝手に心を痛めていた。
離宮の寝室。磨き上げられたベッドの上で、チャーミーは突然ガバッと起き上がった。
「お嬢様? 何か不備でもありましたか。枕の高さが合いませんか?」
廊下で控えていたゼノンが、物音を聞きつけて即座に顔を出す。
「いいえ、ゼノン様! 不備どころか、あまりにも『完璧』すぎますのよ、このベッド!」
チャーミーは羽根布団を力強く叩いた。
「このフカフカした感触、そして外敵の影一つない密閉された空間……。これでは私の研ぎ澄まされた野生のセンサーが、鈍って腐ってしまいますわ!」
「……野生のセンサー。なるほど、危機管理能力の維持、ということですね」
「そうですわ! 今の私は、折からの婚約破棄によって自由という名の荒野に放たれた一匹の狼! 狼が、こんな綿毛の上で丸まって寝ていてどうしますの!」
チャーミーはシーツを剥ぎ取ると、それをマントのように肩に羽織った。
「今夜は外で寝ますわ! 大地と語り合い、星々の囁きを子守唄にする……これぞ真の『アウトドア・貴族ライフ』ですわ!」
「……お嬢様。夜の庭は冷えますし、虫も出ますが」
「虫? 私のプロテインを狙う盗賊のことかしら? 返り討ちにして差し上げますわ! さあ、ゼノン様、野宿の準備ですわよ!」
二人は離宮の裏庭、少し開けた草地へと移動した。
チャーミーは慣れた手つき(といっても今日覚えたばかりの力技)で、近くの枯れ枝を集めて焚き火を作り始めた。
「ふふっ。この火の揺らめき……。王宮の魔導ランプとは比べものにならない情熱を感じますわね」
「お嬢様、火を大きくしすぎです。それではキャンプファイアーというよりは、狼煙(のろし)に見えます」
「いいのですわ! 私の情熱はこれくらい大きくないと収まりませんの! さて、寝る前に……夜食を調達しなければなりませんわね」
チャーミーは、おもむろに近くに落ちていた太い枝を拾い上げ、素振りをした。
「お嬢様、まさかその枝で……」
「ええ。先ほどからあそこの茂みで『カサカサ』と美味しそうな音がしておりますの。あれは間違いなく、私の筋肉が求めている『地上の幸』ですわ!」
チャーミーは、ドレスの裾をベルトに挟み込むと、茂みに向かって猛ダッシュした。
「おのれ、獲物! 悪役令嬢(自称)の晩餐になる光栄を噛み締めなさいませーっ!」
「お嬢様、待ってください! そこは泥沼が……!」
ゼノンの制止も虚しく、茂みの奥から「ギャオーッ!」という獣の悲鳴と、「捕らえましたわあああ!」というチャーミーの絶叫が同時に響き渡った。
数分後、茂みから出てきたチャーミーは、泥まみれになりながらも、巨大な野ウサギ(のような何か)を両手で高く掲げていた。
「見てください、ゼノン様! 今夜のメインディッシュですわ! この足の筋肉の付き方、実に私好みですわ!」
「……それは、この辺りに生息する幻の『剛力ウサギ』ですね。並の騎士でも捕らえるのは困難なはずですが」
「愛の力……いえ、空腹の力ですわ! さあ、これを豪快に焼いて、骨の髄までしゃぶり尽くしますわよ!」
焚き火で焼かれた肉の香ばしい匂いが、夜の森に漂い始める。
チャーミーは、淑女の作法を完全にかなぐり捨て、焼き上がった肉にそのままかぶりついた。
「熱っ! ウマっ! なんというワイルドな味わい! 殿下の読んでいた、中身のないポエムの千倍は味わい深いですわ!」
「……そう言っていただけると、獲物も本望でしょう。お嬢様、口の横に煤(すす)がついています」
ゼノンが苦笑しながら、指先で優しくチャーミーの汚れを拭った。
チャーミーは一瞬だけ、その指の温かさに心臓が「ドキン」と跳ねるのを感じた。
「あ、ありがとうございます……。でも大丈夫ですわ! 泥も煤も、自由の勲章ですから!」
「……あなたは、本当に強い。そして、美しい」
ゼノンの真っ直ぐな言葉に、チャーミーは肉を頬張ったまま、目を見開いた。
「な、何を。そんな冗談、殿下の『君の瞳はサファイア』よりも聞き苦しいですわよ!」
「冗談ではありません。私は本気で、今のあなたの方が……」
「あーっ、お腹いっぱいですわ! さあ、寝ますわよ、寝ますわ! 大地のベッドが私を呼んでおりますの!」
チャーミーは照れ隠しに大声を出すと、焚き火のそばの地面に、ゴロンと横になった。
シーツを被り、目を閉じる。
地面は硬く、少し冷たい。けれど、背中から伝わる土の感触は、王宮のどのベッドよりも自分を肯定してくれているような気がした。
「……おやすみなさい、ゼノン様。明日も、全力で生きますわよ」
「……ええ。おやすみなさい、チャーミー」
ゼノンは、静かに眠りに落ちたチャーミーの横顔を、月明かりの下で見守り続けた。
彼女が時折、寝言で「お代わり……」と呟くのを聞いて、彼は幸せそうに口元を緩めるのだった。
一方、その頃。
王都のバルコニーでは、アルフォンス王子が「チャーミーが野宿をしている……!? きっと、私の愛という屋根を失い、震えながら夜を明かしているに違いない……!」と勘違いを爆発させ、独りで勝手に心を痛めていた。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした〜
ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。
イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。
8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。
※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる