婚約破棄、ありがとうございます!自由に空を舞う!

八雲

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「……ちょっと、なんですの、この行列は!?」


離宮の門を開けた瞬間、チャーミーは思わず「ひょっとこ」のような顔で固まった。


そこには、町からやってきたのであろう人々が、長蛇の列を作って跪いていた。


「おお……! 石材を浮かせたという『怪力の聖女様』だ!」


「聖女様! どうか、我が家の開かないジャムの瓶の蓋を開けてくださいませ!」


「聖女様! 私の長年の腰痛を、その剛腕で叩き直してください!」


口々に叫ぶ民衆を前に、チャーミーは困惑してゼノンを振り返った。


「ゼノン様、これ、どういうことですの? 私、ただステーキ肉のために荷車を持ち上げただけですわよ?」


「……お嬢様。奇跡とは、往々にして日常の延長線上にあるものです。町では、あなたが石材と共に『停滞した運命』を持ち上げたと噂になっています」


「運命まで持ち上げてませんわよ! 重かったのは石だけですわ!」


しかし、民衆の熱狂は止まらない。


彼らの目には、泥にまみれ、破れたドレスで仁王立ちするチャーミーが、神々しい戦乙女(ヴァルキリー)のように映っているらしい。


「……お姉様。これは絶好の機会ですわ! この方々を、私たちの『特訓』のパートナーにしましょう!」


マリアンヌが、悪魔のような笑みを浮かべて提案した。


「名案ですわね、マリアンヌ様! ……いいでしょう! そこの腰痛のおじいさん、前へ出なさいませ!」


チャーミーは、列の先頭にいた老人を指差した。


「せ、聖女様、腰が……腰が曲がらなくて……」


「甘いですわ! 腰痛の原因は、広背筋と大臀筋の怠慢にありますのよ! さあ、私の動きに合わせてスクワットを十回! 声が小さいともう十回追加ですわよ!」


「えっ、運動……? う、うわあああ! 聖女様が、私の背中を木の棒で叩きながら応援してくださっている!」


「応援ではありませんわ! フォームの矯正ですわよ! ほら、ドスコイ! ドスコイ!」


チャーミーの熱血指導(という名のスパルタ)が始まった。


さらに、ジャムの瓶を持ってきた女性には、


「握力が足りないからですわ! この雑巾を千切れるまで絞る特訓を三セット! 終わったら瓶など紙屑のように開きますわよ!」


と、力技の解決策を提示していく。


「……素晴らしい。お嬢様は、魚を与えるのではなく、魚の釣り方を……いえ、魚を素手で捕らえるための筋力を授けていらっしゃる」


ゼノンは、そんな光景を眺めながら、うっとりと手帳に「聖女チャーミーの慈愛」と書き込んでいた。


数時間後、離宮の庭では、町の人々が全員で「ドッコイセー!」と叫びながら集団スクワットを繰り広げるという、異様な光景が広がっていた。


「聖女様……! 不思議です、体が……体が軽い! 筋肉が熱くて、腰痛のことなんて忘れました!」


「当然ですわ! 痛みとは、筋肉が流す『もっと鍛えろ』という涙ですもの! さあ、次は庭の岩運びですわよ!」


町の人々は、チャーミーの無茶苦茶な理論を「聖女の教え」として拝み、清々しい汗を流して帰っていった。


「……ふぅ。いい特訓でしたわ。町の人々の筋肉が目覚める音、最高に心地よいメロディでしたわね」


チャーミーは、満足げに自分の上腕二頭筋を撫でた。


「お疲れ様です、お嬢様。町では既に、あなたのことを『不撓不屈の筋肉聖女』と呼ぶ教会が設立されようとしているそうです」


「教会!? 寄付金の代わりにプロテインが届きそうですわね」


そんな冗談を飛ばしていたチャーミーだったが、彼女の知らないところで、事態はさらに深刻な方向へ進んでいた。


王都の王宮、アルフォンス王子の執務室。


「……報告によれば、チャーミーは離宮に民衆を集め、謎の宗教儀式を行っている。その儀式では、全員が同じポーズで地面を叩き、奇声を発しているという……」


報告を受けた王子は、青ざめた顔で震えていた。


「……そうか。彼女は、私との愛を失った絶望から、魔教の教祖になってしまったのか……。おお、チャーミー! 君を闇に落としたのは、私の罪だ!」


王子は再び、自分の世界に入り込み、勝手に悲劇のヒロイン(ヒーロー)を演じ始めていた。


「マリアンヌを救い出し、チャーミーを光の道へ戻さねばならない。……騎士団を動かせ! 私が直接、あの離宮へ乗り込む!」


王子の勘違いは、ついに「武力行使」という最悪のカードを引き当てようとしていた。
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