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「……困りましたね。非常に、困りました」
離宮の書斎。ゼノンは、王都の部下から届いた極秘の伝書を手に、眉間に深い皺を刻んでいた。
その表情は、かつて数千の敵軍に包囲された時よりも険しい。
「ゼノン様、そんなに難しい顔をしてどうなさいましたの? まさか、プロテインの備蓄が底を突きまして!?」
扉を豪快に開けて入ってきたのは、汗だくのチャーミーである。
彼女は今、庭で「丸太背負いスクワット」を終えてきたばかりで、湯気が出るほどの熱気を纏っていた。
「いえ、お嬢様。……殿下が、動かれます。第一騎士団の一部を引き連れて、ここへ『討伐』に来るという情報が入りました」
「討伐? 私、魔王か何かに認定されましたの?」
チャーミーはタオルで顔を拭きながら、ケラケラと笑った。
「殿下の言い分では、『魔教の教祖となったチャーミーに囚われたマリアンヌを救出し、離宮を浄化する』とのことです」
「浄化! 失礼しちゃうわ。私、毎日あんなに床を磨いているのに! 除菌スプレーを浴びせて差し上げたいくらいですわよ」
チャーミーは憤慨して腰を浮かせたが、ゼノンは重い溜息をついて彼女を制した。
「……私が悩んでいるのは、殿下のことではありません。殿下は、どうでもいいのです」
「あら。騎士団長として、主君をどうでもいいと言い切るのは、いささか攻めすぎではありませんこと?」
「問題は……殿下が連れてくる騎士たちのことです。彼らは私の部下であり、厳しい訓練を耐え抜いてきた精鋭です」
ゼノンは苦渋に満ちた表情で拳を握りしめた。
「……お嬢様が彼らを手加減なしに迎撃した場合、彼らの『心』が折れてしまうのではないかと。それが、騎士団長として忍びないのです」
「…………」
チャーミーは、口を半開きにして絶句した。
「……ゼノン様。普通、そこは『お嬢様が危ないから逃げてください』と悩む場面ではありませんの?」
「お嬢様が負ける姿など、微塵も想像できません。あなたが全力で『感謝の舞』を披露しながら丸太を振り回せば、騎士団の半分はトラウマで再起不能になるでしょう」
ゼノンは真面目な顔で続けた。
「だからといって、私が殿下を力ずくで止めるのも、それはそれで反逆罪になり、お嬢様に迷惑がかかる……。ああ、どうすれば騎士たちの尊厳を守りつつ、お嬢様の『特訓』を邪魔させずに済むのか……」
「……あなた、本当に私のこと過大評価しすぎですわよ。でも、嬉しいですわね」
チャーミーは、ゼノンの隣にドカリと座ると、彼の肩をパチンと叩いた。
「ゼノン様、悩む必要なんてありませんわ! 騎士の皆さんが来るなら、歓迎すればよろしいのです!」
「歓迎……ですか?」
「ええ! 彼らは精鋭なんですわよね? なら、私の新しい修行の『重り』として、これ以上ない素材じゃありませんこと!」
チャーミーの目は、肉食獣のように爛々と輝き始めた。
「馬に乗って突撃してくるなら、その勢いを利用して『投げ技』の練習! 弓を射ってくるなら、『素手での矢受け』の訓練! 殿下が愛を語り始めたら、『精神的忍耐力』の限界突破特訓ですわ!」
「……なるほど。彼らを『外敵』ではなく『トレーニング機材』として扱うわけですね」
「その通りですわ! 機材なら、壊さないように愛着を持って接して差し上げますわよ!」
ゼノンは、チャーミーのあまりにも前向き(?)な提案に、目から鱗が落ちるような衝撃を受けた。
「……お嬢様。あなたは、やはり天才だ。騎士たちのプライドを傷つけることなく、彼らに新しい『地平』を見せることができる……」
「そうかしら? おほほほ、もっと褒めてもよろしくてよ!」
チャーミーが高笑いする横で、ゼノンは「よし、部下たちにはあらかじめ『衝撃に強い防具』を装着させておこう」と、これまた斜め上の配慮を始めていた。
その夜、離宮の廊下でチャーミーとすれ違ったマリアンヌが、「お姉様、なんだか殺気が漏れてますわよ?」と怯えていたが、チャーミーは「いいえ、これは『やる気』という名のオーラですわ!」と笑顔で返した。
王子の来襲まで、あと三日。
離宮は今、かつてない緊張感——という名の、異常なまでのワクワク感に包まれていた。
離宮の書斎。ゼノンは、王都の部下から届いた極秘の伝書を手に、眉間に深い皺を刻んでいた。
その表情は、かつて数千の敵軍に包囲された時よりも険しい。
「ゼノン様、そんなに難しい顔をしてどうなさいましたの? まさか、プロテインの備蓄が底を突きまして!?」
扉を豪快に開けて入ってきたのは、汗だくのチャーミーである。
彼女は今、庭で「丸太背負いスクワット」を終えてきたばかりで、湯気が出るほどの熱気を纏っていた。
「いえ、お嬢様。……殿下が、動かれます。第一騎士団の一部を引き連れて、ここへ『討伐』に来るという情報が入りました」
「討伐? 私、魔王か何かに認定されましたの?」
チャーミーはタオルで顔を拭きながら、ケラケラと笑った。
「殿下の言い分では、『魔教の教祖となったチャーミーに囚われたマリアンヌを救出し、離宮を浄化する』とのことです」
「浄化! 失礼しちゃうわ。私、毎日あんなに床を磨いているのに! 除菌スプレーを浴びせて差し上げたいくらいですわよ」
チャーミーは憤慨して腰を浮かせたが、ゼノンは重い溜息をついて彼女を制した。
「……私が悩んでいるのは、殿下のことではありません。殿下は、どうでもいいのです」
「あら。騎士団長として、主君をどうでもいいと言い切るのは、いささか攻めすぎではありませんこと?」
「問題は……殿下が連れてくる騎士たちのことです。彼らは私の部下であり、厳しい訓練を耐え抜いてきた精鋭です」
ゼノンは苦渋に満ちた表情で拳を握りしめた。
「……お嬢様が彼らを手加減なしに迎撃した場合、彼らの『心』が折れてしまうのではないかと。それが、騎士団長として忍びないのです」
「…………」
チャーミーは、口を半開きにして絶句した。
「……ゼノン様。普通、そこは『お嬢様が危ないから逃げてください』と悩む場面ではありませんの?」
「お嬢様が負ける姿など、微塵も想像できません。あなたが全力で『感謝の舞』を披露しながら丸太を振り回せば、騎士団の半分はトラウマで再起不能になるでしょう」
ゼノンは真面目な顔で続けた。
「だからといって、私が殿下を力ずくで止めるのも、それはそれで反逆罪になり、お嬢様に迷惑がかかる……。ああ、どうすれば騎士たちの尊厳を守りつつ、お嬢様の『特訓』を邪魔させずに済むのか……」
「……あなた、本当に私のこと過大評価しすぎですわよ。でも、嬉しいですわね」
チャーミーは、ゼノンの隣にドカリと座ると、彼の肩をパチンと叩いた。
「ゼノン様、悩む必要なんてありませんわ! 騎士の皆さんが来るなら、歓迎すればよろしいのです!」
「歓迎……ですか?」
「ええ! 彼らは精鋭なんですわよね? なら、私の新しい修行の『重り』として、これ以上ない素材じゃありませんこと!」
チャーミーの目は、肉食獣のように爛々と輝き始めた。
「馬に乗って突撃してくるなら、その勢いを利用して『投げ技』の練習! 弓を射ってくるなら、『素手での矢受け』の訓練! 殿下が愛を語り始めたら、『精神的忍耐力』の限界突破特訓ですわ!」
「……なるほど。彼らを『外敵』ではなく『トレーニング機材』として扱うわけですね」
「その通りですわ! 機材なら、壊さないように愛着を持って接して差し上げますわよ!」
ゼノンは、チャーミーのあまりにも前向き(?)な提案に、目から鱗が落ちるような衝撃を受けた。
「……お嬢様。あなたは、やはり天才だ。騎士たちのプライドを傷つけることなく、彼らに新しい『地平』を見せることができる……」
「そうかしら? おほほほ、もっと褒めてもよろしくてよ!」
チャーミーが高笑いする横で、ゼノンは「よし、部下たちにはあらかじめ『衝撃に強い防具』を装着させておこう」と、これまた斜め上の配慮を始めていた。
その夜、離宮の廊下でチャーミーとすれ違ったマリアンヌが、「お姉様、なんだか殺気が漏れてますわよ?」と怯えていたが、チャーミーは「いいえ、これは『やる気』という名のオーラですわ!」と笑顔で返した。
王子の来襲まで、あと三日。
離宮は今、かつてない緊張感——という名の、異常なまでのワクワク感に包まれていた。
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