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「……待て! 待つのだ、ゼノン! 私はまだ、愛の最終章を読み終えていない!」
泥にまみれ、愛馬に跨ったアルフォンス王子が、去り際に往生際悪く叫んだ。
離宮の門を出る間際、彼は振り返り、テラスに立つチャーミーを指差す。
「チャーミー! 君がどんなに岩を持ち上げようと、どんなに泥を投げようと、君の魂の所有権は依然としてこの私にあるのだ! 君は私の月、私のサファイア、私の所有物なのだからな!」
その瞬間、離宮の空気が凍りついた。
いや、正確には、門の横に立っていたゼノンの周囲から、物理的な殺気が霧のように立ち込めたのである。
「……所有権、ですか」
ゼノンが静かに一歩を踏み出した。
ただ歩いただけだというのに、地面がミシリと音を立て、王子の馬が恐怖にヒヒーンと鳴き声を上げた。
「な、なんだゼノン。その目は。私は事実を言っているだけだ。彼女は私の婚約者だったのだから……」
「『だった』。過去形ですな、殿下」
ゼノンは王子の馬の轡(くつわ)を、素手でガシッと掴んだ。
巨大な軍馬が、ゼノンの腕一本の力によって、その場に縫い付けられたように動かなくなった。
「殿下。お嬢様は、あなたが詠むような安っぽいポエムの登場人物ではありません。彼女は今や、この大地の重力さえも味方につける、至高の存在です」
ゼノンは、顔を上げ、王子の目を真っ直ぐに見据えた。
「彼女を『所有物』と呼ぶことは、彼女の筋肉に対する冒涜。そして、彼女の自由を愛する私の魂に対する、宣戦布告と受け取ります」
「せ、宣戦布告……!? 君は、一国の王子である私に剣を向けるというのか!」
「剣など使いません。そんなものを使えば、お嬢様の『特訓』の邪魔になりますから」
ゼノンは、掴んでいた轡をさらに強く握りしめた。メキメキと、馬具が悲鳴を上げる。
「次にお嬢様を自分のものだと口にされた時は……私が相手をしましょう。この拳で、殿下のひ弱な腹筋を、鉄板のように鍛え直して差し上げます。……死ぬより辛い修行になることを、お約束しましょう」
「ヒッ……!」
アルフォンスは、ゼノンの瞳の奥に宿る「本物の狂気」を見た。
それは、愛する者を守る騎士の眼差しというよりは、大切なプロテインのボトルを奪われそうになった狂戦士のそれであった。
「わ、わかった! 今日はもう帰る! 君のその、度を超した過保護ぶりには愛想が尽きたぞ!」
王子は震える手で手綱を捌くと、泥飛沫を上げて街道へと消えていった。
「……ふぅ。お見苦しいところをお見せしました、お嬢様」
ゼノンは、何事もなかったかのように振り返り、テラスのチャーミーに向かって深々と一礼した。
「ゼノン様……。あなた、今、殿下に何とおっしゃいましたの? なんだか殿下、最後の方は泣きそうな顔をしていましたけれど」
チャーミーは、テラスからひらりと飛び降り、ゼノンの元へ駆け寄った。
「いえ。『殿下も一緒にスクワットをしませんか』と、お誘いしただけです」
「あら、素敵ですわ! ゼノン様も、布教活動に熱心になられたのね!」
チャーミーは、ゼノンの言葉を額面通りに受け取り、満足げに彼の肩を叩いた。
「……お姉様。今の、どう見ても『愛の告白』的な宣戦布告でしたわよね……?」
後ろで見ていたマリアンヌが、ボソリと呟いたが、チャーミーの耳には届いていなかった。
「さて、ゼノン様! 殿下のひ弱な姿を見て、私も刺激を受けましたわ! 今の怒りをパワーに変えて、崖の往復ダッシュ百回、お付き合いいただけますわね!?」
「……御意。あなたの行く道がどこであろうと、私は影となり、重りとなってお供いたします」
ゼノンの返答は、やはりどこか「重すぎる愛」に満ちていた。
夕闇が迫る離宮に、再び「ドッコイセ!」という二人の力強い掛け声が響き始める。
自由を求めたはずの悪役令嬢は、知らぬ間に「最強の執着」を背負いつつあったが、本人はそれさえも「心地よい負荷」として楽しんでいるようであった。
泥にまみれ、愛馬に跨ったアルフォンス王子が、去り際に往生際悪く叫んだ。
離宮の門を出る間際、彼は振り返り、テラスに立つチャーミーを指差す。
「チャーミー! 君がどんなに岩を持ち上げようと、どんなに泥を投げようと、君の魂の所有権は依然としてこの私にあるのだ! 君は私の月、私のサファイア、私の所有物なのだからな!」
その瞬間、離宮の空気が凍りついた。
いや、正確には、門の横に立っていたゼノンの周囲から、物理的な殺気が霧のように立ち込めたのである。
「……所有権、ですか」
ゼノンが静かに一歩を踏み出した。
ただ歩いただけだというのに、地面がミシリと音を立て、王子の馬が恐怖にヒヒーンと鳴き声を上げた。
「な、なんだゼノン。その目は。私は事実を言っているだけだ。彼女は私の婚約者だったのだから……」
「『だった』。過去形ですな、殿下」
ゼノンは王子の馬の轡(くつわ)を、素手でガシッと掴んだ。
巨大な軍馬が、ゼノンの腕一本の力によって、その場に縫い付けられたように動かなくなった。
「殿下。お嬢様は、あなたが詠むような安っぽいポエムの登場人物ではありません。彼女は今や、この大地の重力さえも味方につける、至高の存在です」
ゼノンは、顔を上げ、王子の目を真っ直ぐに見据えた。
「彼女を『所有物』と呼ぶことは、彼女の筋肉に対する冒涜。そして、彼女の自由を愛する私の魂に対する、宣戦布告と受け取ります」
「せ、宣戦布告……!? 君は、一国の王子である私に剣を向けるというのか!」
「剣など使いません。そんなものを使えば、お嬢様の『特訓』の邪魔になりますから」
ゼノンは、掴んでいた轡をさらに強く握りしめた。メキメキと、馬具が悲鳴を上げる。
「次にお嬢様を自分のものだと口にされた時は……私が相手をしましょう。この拳で、殿下のひ弱な腹筋を、鉄板のように鍛え直して差し上げます。……死ぬより辛い修行になることを、お約束しましょう」
「ヒッ……!」
アルフォンスは、ゼノンの瞳の奥に宿る「本物の狂気」を見た。
それは、愛する者を守る騎士の眼差しというよりは、大切なプロテインのボトルを奪われそうになった狂戦士のそれであった。
「わ、わかった! 今日はもう帰る! 君のその、度を超した過保護ぶりには愛想が尽きたぞ!」
王子は震える手で手綱を捌くと、泥飛沫を上げて街道へと消えていった。
「……ふぅ。お見苦しいところをお見せしました、お嬢様」
ゼノンは、何事もなかったかのように振り返り、テラスのチャーミーに向かって深々と一礼した。
「ゼノン様……。あなた、今、殿下に何とおっしゃいましたの? なんだか殿下、最後の方は泣きそうな顔をしていましたけれど」
チャーミーは、テラスからひらりと飛び降り、ゼノンの元へ駆け寄った。
「いえ。『殿下も一緒にスクワットをしませんか』と、お誘いしただけです」
「あら、素敵ですわ! ゼノン様も、布教活動に熱心になられたのね!」
チャーミーは、ゼノンの言葉を額面通りに受け取り、満足げに彼の肩を叩いた。
「……お姉様。今の、どう見ても『愛の告白』的な宣戦布告でしたわよね……?」
後ろで見ていたマリアンヌが、ボソリと呟いたが、チャーミーの耳には届いていなかった。
「さて、ゼノン様! 殿下のひ弱な姿を見て、私も刺激を受けましたわ! 今の怒りをパワーに変えて、崖の往復ダッシュ百回、お付き合いいただけますわね!?」
「……御意。あなたの行く道がどこであろうと、私は影となり、重りとなってお供いたします」
ゼノンの返答は、やはりどこか「重すぎる愛」に満ちていた。
夕闇が迫る離宮に、再び「ドッコイセ!」という二人の力強い掛け声が響き始める。
自由を求めたはずの悪役令嬢は、知らぬ間に「最強の執着」を背負いつつあったが、本人はそれさえも「心地よい負荷」として楽しんでいるようであった。
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