冤罪断罪、お断り!婚約破棄の前に夜逃げを決め込む。

八雲

文字の大きさ
12 / 28

12

しおりを挟む
「……はあ、はあ。エドさん、もう一歩も歩けません……。喉が渇いて、砂漠を彷徨う旅人のような気分です……」

西へと続く街道沿い、活気ある宿場町『サン・セット』。
入り口の噴水広場で、ララさんがついに力尽きて地面に転がった。
煤だらけの顔に、ボロボロの服。
ヒロインとしての輝きはどこへやら、今の彼女は完全に「過酷な労働に耐えかねた少年」にしか見えない。

「情けないわね、ララ夫。でも、確かにこの暑さは計算外だったわ。……あ、いいこと思いついた」

私は広場を見渡した。
強い日差しの中、人々は皆、暑そうに顔を顰めている。
ポート・サウスで手に入れたレモン、そして公爵家の隠し財産(の一部)である砂糖がカバンにある。
さらに、私の手元には冷気の魔法が込められた魔導石。

「よし。ここで軍資金を上乗せするわよ。ララ夫、立て! 商売の時間よ!」

「ええっ!? またお仕事ですかぁ!?」

私は文句を言うララさんの襟首を掴んで立たせると、近くの空きスペースに即席の屋台をしつらえた。
看板には大きく一言。
『氷結レモネード。一杯、銅貨二枚。魂まで冷えるわよ!』

「さあ、ララ夫! あなたはレモンを絞るのよ。皮の油が入らないように、丁寧に、かつ迅速にね!」

「ううっ、手がベタベタします……。でも、お水のためなら!」

ララさんが必死にレモンを絞り、私がそれに砂糖と水を加え、魔導石で一瞬にして氷点下まで冷却する。
その冷気と爽やかな香りに誘われて、通行人たちが次々と足を止め始めた。

「おっ、坊主。美味そうなもん売ってるじゃねえか。一杯くれ!」

「はい、まいど! 一気に飲むと頭にキーンとくるから気をつけなさいよ!」

商売は大繁盛だった。
王宮の料理長が厳選した最高級のレモンと砂糖を、こんな露店で使うなんて贅沢の極みだけど、おかげで客の満足度は異常に高い。
銅貨が次々と箱の中に溜まっていく音を聞きながら、私は満足げに鼻歌を歌った。
すると、列の最後に、一際奇妙な身なりの男が並んだ。

「……そこの少年。その黄色い液体を私にも。胸の内の焦燥を鎮めるに足る、冷徹な一杯を所望する」

その声を聞いた瞬間、私の背筋に氷魔法を直接食らったような衝撃が走った。
聞き覚えがありすぎる。
地を這うような低音、そして無駄に芝居がかった言い回し。
私は恐る恐る、帽子のつばの下から客を見上げた。

「……。…………は?」

そこにいたのは、金髪のウィッグをこれでもかと斜めに被り、鼻の下に巨大な付け髭を貼った男だった。
さらに、サングラス代わりに色付きの魔法眼鏡をかけ、全身をどぎつい紫色のマントで包んでいる。
変装のつもりだろうが、街中でこれほど目立つ格好も他にないだろう。

「……旦那、随分と……個性的な格好ね」

「ふん。私はしがない旅の吟遊詩人……、名を『ヴィル・シュタイン』という。現在、私の魂の片割れである、愛らしい小鳥を探して旅をしているのだ」

(ヴィル・シュタインって……。ヴィルフリード様、名前を変える気すらないじゃない!)

私は反射的にララさんの背後に隠れた。
危ない。
あの大バカ王子、自ら変装(?)してここまで追いかけてきたのね。
というか、騎士団を差し置いて一人で何をしているのよ。

「……あ、あの、お客様。お、お待たせしました。レモネードです」

ララさんが震える手でコップを差し出した。
彼女もまた、相手が自分の仕えていた(というか協力していた)王子であることに気づいたらしい。
声が裏返っている。

「……。……ふむ。少年、君の声、どこかで聞いたような……」

「な、ななな、ないですよ! 他人の空似です! 私、ずっとここでレモン絞ってますから!」

ララさんが必死に顔を伏せて首を振る。
ヴィルフリードは、怪訝そうにレモネードを一口飲んだ。
その瞬間、彼の体がビクンと跳ねた。

「……!? この味……! この、絶妙な甘さと酸味の黄金比。そして、後味に僅かに残る……これは……『公爵家御用達・南国産最高級砂糖』の味ではないか!?」

(利き砂糖!? そんな特技あったの、あなた!?)

私は冷や汗が止まらなくなった。
この王子、私生活が贅沢すぎて、庶民の飲み物から王室御用達の材料を特定しやがったわ。

「少年! このレモネードを作ったのは誰だ! この配合、僕……いや、私の婚約者が作っていた『説教のお供・特製ドリンク』と酷似している!」

「い、居ません! 作った奴は今、トイレに行きました! そのまま隣国まで行っちゃう予定です!」

「待て! 逃がさんぞ! この味を再現できる者は、この世に一人しかいないはずだ。……イーズ! イーズなんだろう! そこに隠れているのはわかっているぞ!」

ヴィルフリードが屋台のカウンターに身を乗り出してきた。
付け髭が片方浮いている。
私は意を決して、ララさんの背後から飛び出した。

「旦那! 落ち着きなさいよ! 何を言ってるか知らないけど、うちはただのレモネード屋よ!」

私はわざとダミ声を出し、顔をこれでもかと顰めてみせた。
ヴィルフリードは私を凝視し……そして、鼻をクンクンと鳴らした。

「……。……いや、違う。イーズはもっと、こう……バラの香りと、僕への殺意が入り混じったような、気高い香りがするはずだ。君は……レモンと煤の匂いしかしない」

「あたりまえでしょ! レモン屋なんだから!」

「……すまない。あまりにも味が似ていたもので、つい取り乱した。……やはり、あいつはもっと遠くへ行ってしまったのか。……ああ、イーズ。君がいないと、僕は誰にネクタイの結び目の角度を直してもらえばいいんだ……」

ヴィルフリードは、レモネードを飲み干すと、ふらふらとした足取りで去っていった。
付け髭が完全に剥がれ落ちていたが、本人は気づいていないようだった。

「……。…………。行ったわね」

「……死ぬかと思いました。エドさん、ヴィル様、完全におかしくなっています……」

私たちはその場にへたり込んだ。
まさか、こんなに早く追いつかれるなんて。
しかも、本人が単独で乗り込んでくるなんて予想外すぎる。

「……ララさん。レモネード屋は、五分で閉店よ。今すぐ荷物をまとめて、裏道から街を出るわ!」

「ええっ、せっかく儲かっているのに!」

「命の方が大事でしょ! あの王子、次は『利き水』とか言い出すかもしれないわよ!」

私は売上金を急いで袋に詰め込み、ララさんの手を引いて路地裏へと逃げ込んだ。
夕暮れの宿場町。
背後から「イーズーーー! どこだーーー!」という、悲痛な、しかし最高に迷惑な叫び声が聞こえてきた気がした。

私の逃亡生活、もとい「王子のストーキング回避生活」は、ここからが本当の地獄になりそうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。 この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。 そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。 ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。 なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。 ※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

処理中です...