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「……はあ、はあ。エドさん、もう一歩も歩けません……。喉が渇いて、砂漠を彷徨う旅人のような気分です……」
西へと続く街道沿い、活気ある宿場町『サン・セット』。
入り口の噴水広場で、ララさんがついに力尽きて地面に転がった。
煤だらけの顔に、ボロボロの服。
ヒロインとしての輝きはどこへやら、今の彼女は完全に「過酷な労働に耐えかねた少年」にしか見えない。
「情けないわね、ララ夫。でも、確かにこの暑さは計算外だったわ。……あ、いいこと思いついた」
私は広場を見渡した。
強い日差しの中、人々は皆、暑そうに顔を顰めている。
ポート・サウスで手に入れたレモン、そして公爵家の隠し財産(の一部)である砂糖がカバンにある。
さらに、私の手元には冷気の魔法が込められた魔導石。
「よし。ここで軍資金を上乗せするわよ。ララ夫、立て! 商売の時間よ!」
「ええっ!? またお仕事ですかぁ!?」
私は文句を言うララさんの襟首を掴んで立たせると、近くの空きスペースに即席の屋台をしつらえた。
看板には大きく一言。
『氷結レモネード。一杯、銅貨二枚。魂まで冷えるわよ!』
「さあ、ララ夫! あなたはレモンを絞るのよ。皮の油が入らないように、丁寧に、かつ迅速にね!」
「ううっ、手がベタベタします……。でも、お水のためなら!」
ララさんが必死にレモンを絞り、私がそれに砂糖と水を加え、魔導石で一瞬にして氷点下まで冷却する。
その冷気と爽やかな香りに誘われて、通行人たちが次々と足を止め始めた。
「おっ、坊主。美味そうなもん売ってるじゃねえか。一杯くれ!」
「はい、まいど! 一気に飲むと頭にキーンとくるから気をつけなさいよ!」
商売は大繁盛だった。
王宮の料理長が厳選した最高級のレモンと砂糖を、こんな露店で使うなんて贅沢の極みだけど、おかげで客の満足度は異常に高い。
銅貨が次々と箱の中に溜まっていく音を聞きながら、私は満足げに鼻歌を歌った。
すると、列の最後に、一際奇妙な身なりの男が並んだ。
「……そこの少年。その黄色い液体を私にも。胸の内の焦燥を鎮めるに足る、冷徹な一杯を所望する」
その声を聞いた瞬間、私の背筋に氷魔法を直接食らったような衝撃が走った。
聞き覚えがありすぎる。
地を這うような低音、そして無駄に芝居がかった言い回し。
私は恐る恐る、帽子のつばの下から客を見上げた。
「……。…………は?」
そこにいたのは、金髪のウィッグをこれでもかと斜めに被り、鼻の下に巨大な付け髭を貼った男だった。
さらに、サングラス代わりに色付きの魔法眼鏡をかけ、全身をどぎつい紫色のマントで包んでいる。
変装のつもりだろうが、街中でこれほど目立つ格好も他にないだろう。
「……旦那、随分と……個性的な格好ね」
「ふん。私はしがない旅の吟遊詩人……、名を『ヴィル・シュタイン』という。現在、私の魂の片割れである、愛らしい小鳥を探して旅をしているのだ」
(ヴィル・シュタインって……。ヴィルフリード様、名前を変える気すらないじゃない!)
私は反射的にララさんの背後に隠れた。
危ない。
あの大バカ王子、自ら変装(?)してここまで追いかけてきたのね。
というか、騎士団を差し置いて一人で何をしているのよ。
「……あ、あの、お客様。お、お待たせしました。レモネードです」
ララさんが震える手でコップを差し出した。
彼女もまた、相手が自分の仕えていた(というか協力していた)王子であることに気づいたらしい。
声が裏返っている。
「……。……ふむ。少年、君の声、どこかで聞いたような……」
「な、ななな、ないですよ! 他人の空似です! 私、ずっとここでレモン絞ってますから!」
ララさんが必死に顔を伏せて首を振る。
ヴィルフリードは、怪訝そうにレモネードを一口飲んだ。
その瞬間、彼の体がビクンと跳ねた。
「……!? この味……! この、絶妙な甘さと酸味の黄金比。そして、後味に僅かに残る……これは……『公爵家御用達・南国産最高級砂糖』の味ではないか!?」
(利き砂糖!? そんな特技あったの、あなた!?)
私は冷や汗が止まらなくなった。
この王子、私生活が贅沢すぎて、庶民の飲み物から王室御用達の材料を特定しやがったわ。
「少年! このレモネードを作ったのは誰だ! この配合、僕……いや、私の婚約者が作っていた『説教のお供・特製ドリンク』と酷似している!」
「い、居ません! 作った奴は今、トイレに行きました! そのまま隣国まで行っちゃう予定です!」
「待て! 逃がさんぞ! この味を再現できる者は、この世に一人しかいないはずだ。……イーズ! イーズなんだろう! そこに隠れているのはわかっているぞ!」
ヴィルフリードが屋台のカウンターに身を乗り出してきた。
付け髭が片方浮いている。
私は意を決して、ララさんの背後から飛び出した。
「旦那! 落ち着きなさいよ! 何を言ってるか知らないけど、うちはただのレモネード屋よ!」
私はわざとダミ声を出し、顔をこれでもかと顰めてみせた。
ヴィルフリードは私を凝視し……そして、鼻をクンクンと鳴らした。
「……。……いや、違う。イーズはもっと、こう……バラの香りと、僕への殺意が入り混じったような、気高い香りがするはずだ。君は……レモンと煤の匂いしかしない」
「あたりまえでしょ! レモン屋なんだから!」
「……すまない。あまりにも味が似ていたもので、つい取り乱した。……やはり、あいつはもっと遠くへ行ってしまったのか。……ああ、イーズ。君がいないと、僕は誰にネクタイの結び目の角度を直してもらえばいいんだ……」
ヴィルフリードは、レモネードを飲み干すと、ふらふらとした足取りで去っていった。
付け髭が完全に剥がれ落ちていたが、本人は気づいていないようだった。
「……。…………。行ったわね」
「……死ぬかと思いました。エドさん、ヴィル様、完全におかしくなっています……」
私たちはその場にへたり込んだ。
まさか、こんなに早く追いつかれるなんて。
しかも、本人が単独で乗り込んでくるなんて予想外すぎる。
「……ララさん。レモネード屋は、五分で閉店よ。今すぐ荷物をまとめて、裏道から街を出るわ!」
「ええっ、せっかく儲かっているのに!」
「命の方が大事でしょ! あの王子、次は『利き水』とか言い出すかもしれないわよ!」
私は売上金を急いで袋に詰め込み、ララさんの手を引いて路地裏へと逃げ込んだ。
夕暮れの宿場町。
背後から「イーズーーー! どこだーーー!」という、悲痛な、しかし最高に迷惑な叫び声が聞こえてきた気がした。
私の逃亡生活、もとい「王子のストーキング回避生活」は、ここからが本当の地獄になりそうだった。
西へと続く街道沿い、活気ある宿場町『サン・セット』。
入り口の噴水広場で、ララさんがついに力尽きて地面に転がった。
煤だらけの顔に、ボロボロの服。
ヒロインとしての輝きはどこへやら、今の彼女は完全に「過酷な労働に耐えかねた少年」にしか見えない。
「情けないわね、ララ夫。でも、確かにこの暑さは計算外だったわ。……あ、いいこと思いついた」
私は広場を見渡した。
強い日差しの中、人々は皆、暑そうに顔を顰めている。
ポート・サウスで手に入れたレモン、そして公爵家の隠し財産(の一部)である砂糖がカバンにある。
さらに、私の手元には冷気の魔法が込められた魔導石。
「よし。ここで軍資金を上乗せするわよ。ララ夫、立て! 商売の時間よ!」
「ええっ!? またお仕事ですかぁ!?」
私は文句を言うララさんの襟首を掴んで立たせると、近くの空きスペースに即席の屋台をしつらえた。
看板には大きく一言。
『氷結レモネード。一杯、銅貨二枚。魂まで冷えるわよ!』
「さあ、ララ夫! あなたはレモンを絞るのよ。皮の油が入らないように、丁寧に、かつ迅速にね!」
「ううっ、手がベタベタします……。でも、お水のためなら!」
ララさんが必死にレモンを絞り、私がそれに砂糖と水を加え、魔導石で一瞬にして氷点下まで冷却する。
その冷気と爽やかな香りに誘われて、通行人たちが次々と足を止め始めた。
「おっ、坊主。美味そうなもん売ってるじゃねえか。一杯くれ!」
「はい、まいど! 一気に飲むと頭にキーンとくるから気をつけなさいよ!」
商売は大繁盛だった。
王宮の料理長が厳選した最高級のレモンと砂糖を、こんな露店で使うなんて贅沢の極みだけど、おかげで客の満足度は異常に高い。
銅貨が次々と箱の中に溜まっていく音を聞きながら、私は満足げに鼻歌を歌った。
すると、列の最後に、一際奇妙な身なりの男が並んだ。
「……そこの少年。その黄色い液体を私にも。胸の内の焦燥を鎮めるに足る、冷徹な一杯を所望する」
その声を聞いた瞬間、私の背筋に氷魔法を直接食らったような衝撃が走った。
聞き覚えがありすぎる。
地を這うような低音、そして無駄に芝居がかった言い回し。
私は恐る恐る、帽子のつばの下から客を見上げた。
「……。…………は?」
そこにいたのは、金髪のウィッグをこれでもかと斜めに被り、鼻の下に巨大な付け髭を貼った男だった。
さらに、サングラス代わりに色付きの魔法眼鏡をかけ、全身をどぎつい紫色のマントで包んでいる。
変装のつもりだろうが、街中でこれほど目立つ格好も他にないだろう。
「……旦那、随分と……個性的な格好ね」
「ふん。私はしがない旅の吟遊詩人……、名を『ヴィル・シュタイン』という。現在、私の魂の片割れである、愛らしい小鳥を探して旅をしているのだ」
(ヴィル・シュタインって……。ヴィルフリード様、名前を変える気すらないじゃない!)
私は反射的にララさんの背後に隠れた。
危ない。
あの大バカ王子、自ら変装(?)してここまで追いかけてきたのね。
というか、騎士団を差し置いて一人で何をしているのよ。
「……あ、あの、お客様。お、お待たせしました。レモネードです」
ララさんが震える手でコップを差し出した。
彼女もまた、相手が自分の仕えていた(というか協力していた)王子であることに気づいたらしい。
声が裏返っている。
「……。……ふむ。少年、君の声、どこかで聞いたような……」
「な、ななな、ないですよ! 他人の空似です! 私、ずっとここでレモン絞ってますから!」
ララさんが必死に顔を伏せて首を振る。
ヴィルフリードは、怪訝そうにレモネードを一口飲んだ。
その瞬間、彼の体がビクンと跳ねた。
「……!? この味……! この、絶妙な甘さと酸味の黄金比。そして、後味に僅かに残る……これは……『公爵家御用達・南国産最高級砂糖』の味ではないか!?」
(利き砂糖!? そんな特技あったの、あなた!?)
私は冷や汗が止まらなくなった。
この王子、私生活が贅沢すぎて、庶民の飲み物から王室御用達の材料を特定しやがったわ。
「少年! このレモネードを作ったのは誰だ! この配合、僕……いや、私の婚約者が作っていた『説教のお供・特製ドリンク』と酷似している!」
「い、居ません! 作った奴は今、トイレに行きました! そのまま隣国まで行っちゃう予定です!」
「待て! 逃がさんぞ! この味を再現できる者は、この世に一人しかいないはずだ。……イーズ! イーズなんだろう! そこに隠れているのはわかっているぞ!」
ヴィルフリードが屋台のカウンターに身を乗り出してきた。
付け髭が片方浮いている。
私は意を決して、ララさんの背後から飛び出した。
「旦那! 落ち着きなさいよ! 何を言ってるか知らないけど、うちはただのレモネード屋よ!」
私はわざとダミ声を出し、顔をこれでもかと顰めてみせた。
ヴィルフリードは私を凝視し……そして、鼻をクンクンと鳴らした。
「……。……いや、違う。イーズはもっと、こう……バラの香りと、僕への殺意が入り混じったような、気高い香りがするはずだ。君は……レモンと煤の匂いしかしない」
「あたりまえでしょ! レモン屋なんだから!」
「……すまない。あまりにも味が似ていたもので、つい取り乱した。……やはり、あいつはもっと遠くへ行ってしまったのか。……ああ、イーズ。君がいないと、僕は誰にネクタイの結び目の角度を直してもらえばいいんだ……」
ヴィルフリードは、レモネードを飲み干すと、ふらふらとした足取りで去っていった。
付け髭が完全に剥がれ落ちていたが、本人は気づいていないようだった。
「……。…………。行ったわね」
「……死ぬかと思いました。エドさん、ヴィル様、完全におかしくなっています……」
私たちはその場にへたり込んだ。
まさか、こんなに早く追いつかれるなんて。
しかも、本人が単独で乗り込んでくるなんて予想外すぎる。
「……ララさん。レモネード屋は、五分で閉店よ。今すぐ荷物をまとめて、裏道から街を出るわ!」
「ええっ、せっかく儲かっているのに!」
「命の方が大事でしょ! あの王子、次は『利き水』とか言い出すかもしれないわよ!」
私は売上金を急いで袋に詰め込み、ララさんの手を引いて路地裏へと逃げ込んだ。
夕暮れの宿場町。
背後から「イーズーーー! どこだーーー!」という、悲痛な、しかし最高に迷惑な叫び声が聞こえてきた気がした。
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