14 / 28
14
しおりを挟む
「……はあ、はあ。ようやく国境だわ……」
目の前にそびえ立つ巨大な石造りの門。
ここを越えれば隣国。王子の魔の手――もとい、ポエムの嵐から逃れられる「聖域」だ。
私は懐に隠したお父様直伝の「銀の指輪」を握りしめた。
これさえあれば、検問を顔パスで抜けられるはず。
「エドさん……。あそこ、見てください。なんだか門の前が紫色の霧に包まれているような……」
ララさんがガクガクと膝を震わせながら指差す。
霧ではない。それは、門の前に不自然に仁王立ちする、ド派手な紫マントの男から放たれる「迷い」のオーラだった。
「――待ちわびたぞ、愛しの赤い小鳥。いや、今は泥だらけの茶色いスズメか?」
ヴィルフリード、もとい自称吟遊詩人ヴィル・シュタインが、ゆっくりとこちらを振り向いた。
月光に照らされたその顔には、相変わらず不格好な「つけ髭」が、今にも剥がれそうな角度で張り付いている。
彼はマントをバサァッ!と翻し、ポーズを決めた。
「どうしてここにいるのよ! あなた、さっき酒場でゼクスと揉めてたじゃない!」
「ふん。僕は君に関しては予知能力があると言っただろう? 君が隣国へ逃げ込もうとするのは火を見るより明らかだ。……さあ、イーズ。そろそろその小汚い男装をやめて、僕の胸に飛び込んでくるんだ。君のための謝罪ポエム、第十四巻『月夜の逃亡者と僕の涙』を用意してあるぞ」
「誰が飛び込むか! 一生そこに突っ立ってろ!」
私はララさんの手を引き、強行突破を試みた。
だが、ヴィルフリードは驚異的な身体能力で私の前に回り込む。
彼は私の肩をガシッと掴んだ。
「待て! 話を聞け! あの断罪は、ただの照れ隠しだったんだ! 君が僕を無視して筋トレばかりするから……!」
「離しなさいよ! 触るな変態! ポエム禁止! 筋トレは私の癒やしなのよ!」
私たちは国境の門前で、みっともない取っ組み合いを始めた。
ララさんは「わわわ、喧嘩はやめてくださいぃ!」と周囲をオロオロと走り回っている。
私がヴィルフリードの胸板を突き飛ばし、彼が私の腕を引いたその瞬間――。
「あっ……!」
私の頭を覆っていたハンチング帽が、夜風に煽られて虚空を舞った。
さらに、短く切った髪をまとめていたピンが弾け飛び、薬液で茶色く染まった「イーズ」の髪がバサリと広がった。
「……あ。バレた」
沈黙が流れる。
ヴィルフリードは、目の前の「少年エド」が、紛れもなく「婚約者イーズ」であることを確信し、その瞳に歓喜の光を宿した。
「……おお、イーズ! やはり君だったんだね! 髪を切っても、その気の強い眼差しは隠しきれな……」
「うるさい! 見るな!」
恥ずかしさと怒りが頂点に達した私は、目の前の忌々しい顔面に向かって全力の頭突きを食らわせた。
鈍い音が響き、二人して地面に転がり込む。
「……う、ぐぅ。イーズ、君の頭突きは……相変わらず、岩のように硬い……。だが、それも愛の重さ……」
「死ねばいいのに!」
私は立ち上がろうとして、自分の顔に妙な違和感を覚えた。
なんだか、鼻の下がムズムズする。
湿り気があって、やけに毛深い何かが張り付いているような……。
「……え。エ、エドさん……じゃなくて、イーズ様。……お、お鼻の下に……」
ララさんが、引き攣った笑いを浮かべて指を指す。
私は恐る恐る鼻の下に手をやった。
そこには、さっきまでヴィルフリードの顔面に付いていた、粘着力たっぷりの「特大つけ髭」が、私の顔に完璧な位置で移植されていた。
「……。…………嘘でしょ?」
「……あ、ああ! 僕の髭が! イーズ、君、意外と髭が似合うじゃないか。まるで凛々しい騎士団長のようだ!」
ヴィルフリードが、鼻の下を真っ赤にしながら呑気に賞賛を送ってくる。
私は、国境警備兵たちが「なんだあの髭面の美少女は……」と困惑の表情でこちらを見ていることに気づいた。
「…………返してやるわよ、こんな呪いの装備!」
私は顔面からつけ髭を剥ぎ取ると、それをヴィルフリードの口の中に力いっぱい押し込んだ。
「むぐっ!? も、もふっ……! ごふっ!」
「ララさん、今よ! 行きましょう!」
私は呆然とする警備兵たちを、お父様の「銀の指輪」で威圧し、無理やり門を開けさせた。
髭を食べて悶絶している王子を置き去りにして、私たちは隣国の領土へと駆け込んだ。
「……待てぇ……! イーズ……! 髭は……髭はイチゴ味だったんだ……!」
背後から聞こえてくる王子の叫び声は、もはや意味不明だった。
正体はバレた。
けれど、ここから先は隣国。
私は髭のない顔で、最高の自由を掴んでみせるわ!
目の前にそびえ立つ巨大な石造りの門。
ここを越えれば隣国。王子の魔の手――もとい、ポエムの嵐から逃れられる「聖域」だ。
私は懐に隠したお父様直伝の「銀の指輪」を握りしめた。
これさえあれば、検問を顔パスで抜けられるはず。
「エドさん……。あそこ、見てください。なんだか門の前が紫色の霧に包まれているような……」
ララさんがガクガクと膝を震わせながら指差す。
霧ではない。それは、門の前に不自然に仁王立ちする、ド派手な紫マントの男から放たれる「迷い」のオーラだった。
「――待ちわびたぞ、愛しの赤い小鳥。いや、今は泥だらけの茶色いスズメか?」
ヴィルフリード、もとい自称吟遊詩人ヴィル・シュタインが、ゆっくりとこちらを振り向いた。
月光に照らされたその顔には、相変わらず不格好な「つけ髭」が、今にも剥がれそうな角度で張り付いている。
彼はマントをバサァッ!と翻し、ポーズを決めた。
「どうしてここにいるのよ! あなた、さっき酒場でゼクスと揉めてたじゃない!」
「ふん。僕は君に関しては予知能力があると言っただろう? 君が隣国へ逃げ込もうとするのは火を見るより明らかだ。……さあ、イーズ。そろそろその小汚い男装をやめて、僕の胸に飛び込んでくるんだ。君のための謝罪ポエム、第十四巻『月夜の逃亡者と僕の涙』を用意してあるぞ」
「誰が飛び込むか! 一生そこに突っ立ってろ!」
私はララさんの手を引き、強行突破を試みた。
だが、ヴィルフリードは驚異的な身体能力で私の前に回り込む。
彼は私の肩をガシッと掴んだ。
「待て! 話を聞け! あの断罪は、ただの照れ隠しだったんだ! 君が僕を無視して筋トレばかりするから……!」
「離しなさいよ! 触るな変態! ポエム禁止! 筋トレは私の癒やしなのよ!」
私たちは国境の門前で、みっともない取っ組み合いを始めた。
ララさんは「わわわ、喧嘩はやめてくださいぃ!」と周囲をオロオロと走り回っている。
私がヴィルフリードの胸板を突き飛ばし、彼が私の腕を引いたその瞬間――。
「あっ……!」
私の頭を覆っていたハンチング帽が、夜風に煽られて虚空を舞った。
さらに、短く切った髪をまとめていたピンが弾け飛び、薬液で茶色く染まった「イーズ」の髪がバサリと広がった。
「……あ。バレた」
沈黙が流れる。
ヴィルフリードは、目の前の「少年エド」が、紛れもなく「婚約者イーズ」であることを確信し、その瞳に歓喜の光を宿した。
「……おお、イーズ! やはり君だったんだね! 髪を切っても、その気の強い眼差しは隠しきれな……」
「うるさい! 見るな!」
恥ずかしさと怒りが頂点に達した私は、目の前の忌々しい顔面に向かって全力の頭突きを食らわせた。
鈍い音が響き、二人して地面に転がり込む。
「……う、ぐぅ。イーズ、君の頭突きは……相変わらず、岩のように硬い……。だが、それも愛の重さ……」
「死ねばいいのに!」
私は立ち上がろうとして、自分の顔に妙な違和感を覚えた。
なんだか、鼻の下がムズムズする。
湿り気があって、やけに毛深い何かが張り付いているような……。
「……え。エ、エドさん……じゃなくて、イーズ様。……お、お鼻の下に……」
ララさんが、引き攣った笑いを浮かべて指を指す。
私は恐る恐る鼻の下に手をやった。
そこには、さっきまでヴィルフリードの顔面に付いていた、粘着力たっぷりの「特大つけ髭」が、私の顔に完璧な位置で移植されていた。
「……。…………嘘でしょ?」
「……あ、ああ! 僕の髭が! イーズ、君、意外と髭が似合うじゃないか。まるで凛々しい騎士団長のようだ!」
ヴィルフリードが、鼻の下を真っ赤にしながら呑気に賞賛を送ってくる。
私は、国境警備兵たちが「なんだあの髭面の美少女は……」と困惑の表情でこちらを見ていることに気づいた。
「…………返してやるわよ、こんな呪いの装備!」
私は顔面からつけ髭を剥ぎ取ると、それをヴィルフリードの口の中に力いっぱい押し込んだ。
「むぐっ!? も、もふっ……! ごふっ!」
「ララさん、今よ! 行きましょう!」
私は呆然とする警備兵たちを、お父様の「銀の指輪」で威圧し、無理やり門を開けさせた。
髭を食べて悶絶している王子を置き去りにして、私たちは隣国の領土へと駆け込んだ。
「……待てぇ……! イーズ……! 髭は……髭はイチゴ味だったんだ……!」
背後から聞こえてくる王子の叫び声は、もはや意味不明だった。
正体はバレた。
けれど、ここから先は隣国。
私は髭のない顔で、最高の自由を掴んでみせるわ!
0
あなたにおすすめの小説
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました
山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。
※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。
コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。
ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。
トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。
クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。
シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。
ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。
シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。
〈あらすじ〉
コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。
ジレジレ、すれ違いラブストーリー
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。
この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。
そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。
ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。
なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。
※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる