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「……はあ。ようやく静かになったわね」
隣国セント・メテオ王宮、豪華絢爛な応接室。
私はふかふかのソファに深く腰掛け、ようやく『肉ジュース』ではない、まともな紅茶を口にしていた。
窓の外からは、遠くの方で「イーズ! 宣戦布告の韻律(リズム)を刻んでくれ!」という王子の絶叫が微かに聞こえるが、防音魔法のおかげで蚊の鳴くような音にしか聞こえない。
「イーズ様ぁ……。このマカロン、宝石みたいに輝いていますぅ。私、もう一生ここで暮らしたいですぅ……」
「ダメよ、ララさん。ここは戦場なの。……さて、王太子殿下。私の提案、受けていただけるかしら?」
私は、テーブルの向こう側に座る男――隣国の王太子、ジュリアンに視線を向けた。
彼は司令官レオンハルトの兄であり、この国の実権を握る冷徹な政治家として知られている。
彼は、私が先ほど書き上げた『王宮運営の最適化および対王国経済封鎖プラン』を、眉間にシワを寄せて眺めていた。
「……イーズ嬢。君の評判は弟から聞いているが、これほどまでとはな。……我が国の官僚が三ヶ月かかる税収計算を、紅茶を飲みながら数分で終わらせるとは」
「効率がすべてですわ、殿下。無駄な計算式は、無駄な贅沢と同じくらい罪深いものですから」
「……恐ろしい娘だ。だが、君を雇用するとなると、あそこにいる『二人の怪物』を敵に回すことになる。……特に、君の兄のカイン卿だ。彼はさっきから、国境沿いに『妹奪還用の超巨大投石機』を建設する許可を出せと、国際電信を送ってきている」
「……お兄様、行動が早すぎるわよ」
私は頭を抱えた。
一方その頃、王宮の正門前では。
本来なら敵対するはずの二人の男が、なぜか肩を組んで密談を交わしていた。
「……カイン卿。認めよう、君の『妹監視システム』は実に合理的だ。だが、情緒が足りない。あそこはやはり、僕が愛の歌を歌いながら壁を登るべきではないか?」
「殿下、あなたの歌唱力で壁を登ったら、その振動で王宮が崩壊します。……それよりも、私の開発した『全自動・妹説得用スピーカー』を百台設置し、私の録音した『帰ってきなさいイーズ、おやつはあるよ』という声を二十四時間流し続けるべきです」
「……それは洗脳ではないか? 愛とはもっと、こう……相手の魂を揺さぶり、自発的に膝を突かせるものでなければ!」
「効率的に膝を突かせる。それが私の愛です」
二人の会話は、一ミリも噛み合っていなかった。
だが、「イーズを連れ戻す」という目的においてのみ、彼らは奇跡的な共闘体制……通称『義兄・義弟(自称)連合軍』を結成してしまったのだ。
「いいか、殿下。私が経済的な圧力をかけ、君が精神的な攻撃(ポエム)を仕掛ける。……挟み撃ちだ」
「素晴らしい! カイン卿、君とはいい酒が飲めそうだ! ……あ、でも髭は返してくれないか? あれは僕の変装の要なんだ」
「あんな毛玉、捨てましたよ。……さあ、作戦開始だ」
二人が不敵な笑みを浮かべた、その瞬間。
王宮のバルコニーに、私が姿を現した。
「……二人とも、そこまでよ!」
私は拡声の魔導具を手に、眼下のバカどもを見下ろした。
隣には、胃を押さえながら無理やり立たされているゼクスの姿もある。
「殿下! お兄様! あなたたちがそこで無駄な時間を過ごしている間に、私はジュリアン殿下と正式に『国家戦略最高顧問』の契約を交わしたわ! 今日から私は、この国の公人よ! 手を出せば国際問題になるわよ!」
「な、なんだと……!? 公人だと!? ……くっ、ならば僕もこの国の『ポエム親善大使』として雇用されるしかないのか……!」
「殿下、落ち着いてください。その役職は存在しません。……イーズ、公人になったからといって、兄の愛から逃げられると思わないことだ。私はすでに、この国の全定食屋を買収する準備に入っている」
「……っ!!」
私は絶句した。
お兄様、そこまでやるの!?
定食屋が全滅したら、私の食の自由が、私のアイデンティティが崩壊してしまう!
「……ゼクス! あいつらを今すぐ、あの世……じゃなくて、王国の果てまで放り投げて!」
「……。……無理だ。……お前の兄貴、さっきから俺に『転職の条件書』を魔法で送りつけてきてる……。『胃薬の永久無料支給』と『週休五日』だと……。……揺らぐ。俺の忠誠心が、今までにないほど揺らいでいるぞ……!」
「この裏切り者ーーー!!」
私の味方は、食い意地の張ったララさんだけになってしまった。
王宮という名の砦に籠りながら、私は迫り来る執着の嵐に、かつてない危機感を感じていた。
「いいわ……。望むところよ! お兄様の経済力と、王子のポエム力。……そのすべてを、私の『効率的な知略』で粉砕してあげるわ!」
私の逃亡劇は、いつしか「世界一贅沢で、世界一アホらしい攻城戦」へと変貌を遂げようとしていた。
隣国セント・メテオ王宮、豪華絢爛な応接室。
私はふかふかのソファに深く腰掛け、ようやく『肉ジュース』ではない、まともな紅茶を口にしていた。
窓の外からは、遠くの方で「イーズ! 宣戦布告の韻律(リズム)を刻んでくれ!」という王子の絶叫が微かに聞こえるが、防音魔法のおかげで蚊の鳴くような音にしか聞こえない。
「イーズ様ぁ……。このマカロン、宝石みたいに輝いていますぅ。私、もう一生ここで暮らしたいですぅ……」
「ダメよ、ララさん。ここは戦場なの。……さて、王太子殿下。私の提案、受けていただけるかしら?」
私は、テーブルの向こう側に座る男――隣国の王太子、ジュリアンに視線を向けた。
彼は司令官レオンハルトの兄であり、この国の実権を握る冷徹な政治家として知られている。
彼は、私が先ほど書き上げた『王宮運営の最適化および対王国経済封鎖プラン』を、眉間にシワを寄せて眺めていた。
「……イーズ嬢。君の評判は弟から聞いているが、これほどまでとはな。……我が国の官僚が三ヶ月かかる税収計算を、紅茶を飲みながら数分で終わらせるとは」
「効率がすべてですわ、殿下。無駄な計算式は、無駄な贅沢と同じくらい罪深いものですから」
「……恐ろしい娘だ。だが、君を雇用するとなると、あそこにいる『二人の怪物』を敵に回すことになる。……特に、君の兄のカイン卿だ。彼はさっきから、国境沿いに『妹奪還用の超巨大投石機』を建設する許可を出せと、国際電信を送ってきている」
「……お兄様、行動が早すぎるわよ」
私は頭を抱えた。
一方その頃、王宮の正門前では。
本来なら敵対するはずの二人の男が、なぜか肩を組んで密談を交わしていた。
「……カイン卿。認めよう、君の『妹監視システム』は実に合理的だ。だが、情緒が足りない。あそこはやはり、僕が愛の歌を歌いながら壁を登るべきではないか?」
「殿下、あなたの歌唱力で壁を登ったら、その振動で王宮が崩壊します。……それよりも、私の開発した『全自動・妹説得用スピーカー』を百台設置し、私の録音した『帰ってきなさいイーズ、おやつはあるよ』という声を二十四時間流し続けるべきです」
「……それは洗脳ではないか? 愛とはもっと、こう……相手の魂を揺さぶり、自発的に膝を突かせるものでなければ!」
「効率的に膝を突かせる。それが私の愛です」
二人の会話は、一ミリも噛み合っていなかった。
だが、「イーズを連れ戻す」という目的においてのみ、彼らは奇跡的な共闘体制……通称『義兄・義弟(自称)連合軍』を結成してしまったのだ。
「いいか、殿下。私が経済的な圧力をかけ、君が精神的な攻撃(ポエム)を仕掛ける。……挟み撃ちだ」
「素晴らしい! カイン卿、君とはいい酒が飲めそうだ! ……あ、でも髭は返してくれないか? あれは僕の変装の要なんだ」
「あんな毛玉、捨てましたよ。……さあ、作戦開始だ」
二人が不敵な笑みを浮かべた、その瞬間。
王宮のバルコニーに、私が姿を現した。
「……二人とも、そこまでよ!」
私は拡声の魔導具を手に、眼下のバカどもを見下ろした。
隣には、胃を押さえながら無理やり立たされているゼクスの姿もある。
「殿下! お兄様! あなたたちがそこで無駄な時間を過ごしている間に、私はジュリアン殿下と正式に『国家戦略最高顧問』の契約を交わしたわ! 今日から私は、この国の公人よ! 手を出せば国際問題になるわよ!」
「な、なんだと……!? 公人だと!? ……くっ、ならば僕もこの国の『ポエム親善大使』として雇用されるしかないのか……!」
「殿下、落ち着いてください。その役職は存在しません。……イーズ、公人になったからといって、兄の愛から逃げられると思わないことだ。私はすでに、この国の全定食屋を買収する準備に入っている」
「……っ!!」
私は絶句した。
お兄様、そこまでやるの!?
定食屋が全滅したら、私の食の自由が、私のアイデンティティが崩壊してしまう!
「……ゼクス! あいつらを今すぐ、あの世……じゃなくて、王国の果てまで放り投げて!」
「……。……無理だ。……お前の兄貴、さっきから俺に『転職の条件書』を魔法で送りつけてきてる……。『胃薬の永久無料支給』と『週休五日』だと……。……揺らぐ。俺の忠誠心が、今までにないほど揺らいでいるぞ……!」
「この裏切り者ーーー!!」
私の味方は、食い意地の張ったララさんだけになってしまった。
王宮という名の砦に籠りながら、私は迫り来る執着の嵐に、かつてない危機感を感じていた。
「いいわ……。望むところよ! お兄様の経済力と、王子のポエム力。……そのすべてを、私の『効率的な知略』で粉砕してあげるわ!」
私の逃亡劇は、いつしか「世界一贅沢で、世界一アホらしい攻城戦」へと変貌を遂げようとしていた。
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