冤罪断罪、お断り!婚約破棄の前に夜逃げを決め込む。

八雲

文字の大きさ
23 / 28

23

しおりを挟む
「イーズ様ぁ! 戻りましたぁ! 交渉成立ですぅ……!」

隣国の王宮、応接室の重厚な扉を蹴破らんばかりの勢いで、ララさんが飛び込んできた。
その後ろには、台車を引いた数人の衛兵たちが、死んだ魚のような目で続いてくる。
台車の上には、天井に届きそうなほどの紙の束が、うず高く積まれていた。

「……おかえり、ララさん。とりあえず、その『紙の山』が何なのか説明してくれるかしら?」

私は紅茶のカップを置き、嫌な予感しかしない物体を指差した。
ララさんは煤だらけだった顔を綺麗に洗い、聖母のような微笑みを浮かべて胸を張る。

「はい! 私、ヴィル様とカイン様の陣営に乗り込んで、お二人の情熱をすべて受け止めてきました! これはお二人からの、イーズ様への『愛の回答書』です!」

「回答書? 私が求めたのは『今すぐ立ち去れ』という公式な合意文書のはずだけど?」

「それがですね、お二人とも『言葉では伝えきれない』っておっしゃって……。結局、カイン様が効率的に要約したラブレター500通と、ヴィル様が魂を削って書き上げたポエム500通、合わせて1000通をお預かりしました!」

「……。………………。捨ててきて」

私は即答した。
だが、ララさんは「そんなことおっしゃらずに! 一通目だけでも読んでください!」と、一番上の封筒を私に押し付けてきた。
封筒からは、バラの香りと……なぜかプロテインの粉末がさらさらと溢れ出している。

「……うっ。何これ、匂いだけで胸焼けがするわ」

「それはヴィル様特製の『筋肉とバラの香り』です! 『君の強靭な精神を、僕の筋肉で包み込みたい』というメッセージだそうですよ!」

「……ゼクス。悪いけど、この紙の山を今すぐシュレッダーにかけて。最高出力で」

壁際で胃を押さえていたゼクスは、台車の上の紙束を一瞥し、激しく首を振った。

「……無理だ。……その紙の量、物理的に要塞の壁を再建できるレベルだぞ。……それに、カイン卿の書いた手紙を見ろ。……封筒の裏に『読まなければ、この国の物流を三日間止める』と書いてある……」

「……あのお兄様、本当に自分の能力を無駄遣いする天才ね!」

私は絶望的な気分で、一番上のカインの手紙を開いた。
そこには、愛の言葉ではなく、びっしりとグラフと数式が並んでいた。

『イーズへ。君が帰宅した場合の幸福度曲線をシミュレーションした結果、現在の1200%に達することが証明された。なお、拒否した場合は、私がこの王宮の全窓ガラスを、君の好きな色のステンドグラスに勝手に張り替える予算を承認済みだ。――愛する兄より』

「……ただの嫌がらせじゃない。公費の無駄使いよ、そんなの!」

次に、ヴィルフリードのポエムを適当に一枚抜き取った。

『ああ、イーズ。君の吸う空気になりたい。君の肺の中で、僕の愛を酸素として供給し続けたい。君が吐き出す二酸化炭素さえ、僕にとっては甘い香辛料……(以下略)』

「……。………………」

私は無言で、手紙をライターで燃やした。
灰がひらひらと絨毯に落ちる。

「ララさん。あなた、これを全部持ってくるために、あいつらと何時間話したの?」

「三時間くらいでしょうか? ヴィル様がポエムを朗読し、カイン様がそれを数値化して添削するという、地獄のような共同作業を横で見ていました! 私、なんだか新しい世界が見えた気がします!」

「……。……ララさん、あなたも汚染されたわね。……今すぐ除霊……じゃなくて、美味しいお菓子でも食べて正気を取り戻しなさい」

私はララさんの口にマカロンを押し込み、窓の外を見下ろした。
門の外では、ヴィルフリードとカインが並んで、こちらに向かって大きく手を振っている。
二人の背後には、巨大なスピーカーが設置され、今にも「愛の合唱」が始まりそうな雰囲気だ。

「……いいわ。ララさん、ゼクス。私たちは、この1000通の手紙を逆利用するわよ」

「逆利用? どうするんですか、イーズ様?」

「これだけの紙があれば、焚き火の燃料には困らないわ。……ジュリアン殿下に言って、今夜、王宮の前で『大バカ二人の愛のキャンプファイヤー』を開催してもらいましょう。……自分の愛が燃え上がる物理的な姿を見て、少しは頭を冷やしなさいな!」

「……。……お前、本当に情け容赦ないな。……だが、いいアイデアだ。……俺の胃も、あれが灰になれば少しは軽くなるだろうよ」

ゼクスが不敵な笑みを浮かべた。
私の逃亡劇は、ついに「物理的な炎上」を伴う最終決戦へと向かおうとしていた。
お兄様、殿下。
あなたたちの愛、私が最高に効率的な方法で灰にしてあげるわ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。 この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。 そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。 ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。 なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。 ※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

処理中です...