冤罪断罪、お断り!婚約破棄の前に夜逃げを決め込む。

八雲

文字の大きさ
24 / 28

24

しおりを挟む
隣国セント・メテオの王宮前広場。
夜空を焦がすように、巨大な炎が燃え盛っていた。
燃料は、薪ではない。
ヴィルフリード王子とカイン兄様が書き綴った、合計1000通にも及ぶ「愛と効率のラブレター(という名の呪いの紙束)」である。

「……壮観ね。文字通り、愛が灰になっていくわ」

私は王宮のバルコニーから、その様子を冷ややかに見下ろしていた。
隣では、このキャンプファイヤーを許可したジュリアン王太子が、グラスを傾けながら感心したように呟く。

「……イーズ嬢。君は本当に、資源の有効活用が上手いな。これほどの熱量があれば、王宮の暖房を一晩賄える」

「ええ。あのバカ二人の情熱も、少しは世の中の役に立ったというわけよ」

広場では、ララさんが「わぁ、綺麗ですぅ! ヴィル様のポエムが、赤く燃えてお星様になっていきますぅ!」とはしゃいでいる。
ゼクスは炎の近くで、何やら串に刺した肉を焼いていた。
「……この火で焼くと、肉が不思議と柔らかくなるな。……胃への負担も少ない気がする」
……あなた、本当に逞しいわね。

私は、これで少しはあの二人も懲りるだろうと思っていた。
自分の書いた恥ずかしい文章が公衆の面前で燃やされるのだ。
普通の神経なら、羞恥心でのたうち回るか、静かに退散するはずだ。
――だが。
私は忘れていた。
あの二人が、「普通」の枠を遥かに超えたモンスターだということを。

「……おお! 見ろ、カイン卿! 僕たちの愛が、物理的に燃え上がっているぞ!」

広場の中心で、炎に照らされたヴィルフリードが、恍惚とした表情で天を仰いだ。
その隣で、カインが冷静に眼鏡の位置を直す。

「……ふむ。紙媒体を熱エネルギーに変換するとは。イーズらしい、非常に効率的な処理方法だ。……つまり、彼女は我々の愛を『エネルギー』として受け入れた、という解釈で間違いないな」

「その通りだ! これは、イーズからの『もっと熱く燃え上がってこい!』というメッセージに違いない! ああ、なんて情熱的なんだ、僕の聖女は!」

「……は?」

私の思考が停止した。
解釈がポジティブすぎる。
どうやったら「焼却処分」が「愛の受諾」に変換されるのよ。

「待っていろ、イーズ! 今すぐ君の元へ行き、その燃えるような唇を奪ってやる!」

ヴィルフリードがマントを脱ぎ捨てた。
その下には、無駄に鍛え上げられた筋肉が、ピチピチのシャツ越しに主張している。
彼は王宮の壁を見上げると、深く息を吸い込み――。

ダッ!!

「えっ……?」

私の目の前で、信じられない光景が繰り広げられた。
ヴィルフリードが、王宮の垂直な石壁を、まるで平地を走るかのように駆け上がり始めたのだ。
指先のわずかな引っ掛かりと、異常な脚力だけで、重力を無視して上昇してくる。

「……嘘でしょう!? あなた、人間!? ヤモリか何かのハーフなの!?」

「愛の力だーーー! イーズ、待っていろーーー!」

「来るな! 気持ち悪い! 衛兵! 誰か、あの不法侵入者を撃ち落として!」

私が叫ぶが、衛兵たちは「す、すげぇ……」「人間業じゃねえ……」と、ポカンと口を開けて見上げているだけだ。
ジュリアン王太子に至っては「……ほう。あの身体能力、我が軍の特殊部隊にも欲しいな」とスカウト目線で見ている。
役に立たない!

そうこうしているうちに、ヴィルフリードの手がバルコニーの手すりに掛かった。
ダンッ! と軽快な音を立てて、彼は私の目の前に着地した。

「……捕まえたぞ、僕の愛しい逃亡者」

月明かりと炎に照らされ、汗ばんだヴィルフリードの顔が、無駄にキラキラと輝いている。
つけ髭がなくなったせいで、その整った顔立ちが破壊力を増しているのが腹立たしい。

「……ひっ。ち、近寄らないで! ここから突き落とすわよ!」

私は後ずさり、バルコニーの隅に追い詰められた。
ヴィルフリードが、じりじりと距離を詰めてくる。

「イーズ。君が逃げれば逃げるほど、僕の愛は燃え上がるんだ。もう観念して、僕の胸に飛び込んでおいで。……さあ!」

「誰が! 一生そこでスクワットでもしてなさい!」

私が彼の脛を蹴り上げようとした、その瞬間。
ヴィルフリードの腕が伸び、私の腰をガシッと掴んだ。

「えっ……?」

次の瞬間、私の視界がぐるりと回転した。
気がつくと、私はヴィルフリードの肩の上に、米俵のように担ぎ上げられていた。

「……は!? ちょっ、何!? 離しなさいよ!」

「ははは! やっぱり君は軽いな! このまま王都までノンストップで走り抜けてやる!」

「やめて! 恥ずかしい! 下ろしなさい! これ、誘拐よ! 犯罪よ!」

私が彼の背中をポカポカと殴っても、鍛え上げられた筋肉の前ではマッサージにもならないらしい。
ヴィルフリードは私を担いだまま、バルコニーの手すりに足をかけた。

「さあ、カイン卿! 『至宝』は確保した! 脱出ルートの確保を頼む!」

下から、カインの声が響く。

「了解した、殿下。……最短ルートの馬車を用意してある。さあ、飛び降りたまえ! 私の計算では、着地の衝撃は君の筋肉で98%吸収できるはずだ!」

「任せろ! 行くぞ、イーズ! 愛のダイブだ!」

「いやぁぁぁぁ! 死ぬぅぅぅぅ!」

私の絶叫が夜空に響き渡る中、ヴィルフリードは私を担いだまま、躊躇なくバルコニーから虚空へと身を投げ出した。
重力が私を襲う。
走馬灯のように、定食屋での日々や、雪山での苦労が脳裏をよぎった。

(……私の自由、ここで終わるの……?)

ドォォォン!!

凄まじい着地音が響き、土煙が舞い上がった。
私は目を回しながらも、奇跡的に無傷だった。
ヴィルフリードが自身の体をクッションにして、衝撃を吸収したらしい。
彼は何事もなかったかのように立ち上がり、私を担ぎ直した。

「さあ、イーズ。家に帰ろう。僕たちの愛の巣へ!」

「誰が帰るか! 助けて、ゼクス! ララさん! ジュリアン殿下! 誰でもいいから、この筋肉ゴリラを止めてぇぇぇ!」

私の悲痛な叫びは、キャンプファイヤーの炎が爆ぜる音とかき消され、私はそのまま、カインが用意した漆黒の馬車へと連行(物理)されていったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。 この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。 そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。 ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。 なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。 ※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。

処理中です...