27 / 28
27
しおりを挟む
「……それで? それが『友人』としての第一歩なわけ?」
ラングマイヤー公爵邸の美しい庭園。
私は、目の前のテーブルに置かれた「巨大な塊」を指差した。
それは、赤と白のバラが千本ほど束ねられた、もはや花束というよりは鈍器に近い何かだった。
「そうだ! 友人とは、互いの情熱を分かち合うものだろう? このバラの重量こそが、僕が昨夜、君への謝罪ポエムを封印したことで行き場のなくなったエネルギーの結晶なのだ!」
ヴィルフリードは、清々しいまでの笑顔で言い放った。
額の土下座の跡は消えたようだが、脳内のバグはまだ治っていないらしい。
「あのね、殿下。千本のバラを花瓶に生けるのに、どれだけの労働力と時間が必要だと思っているの? そのリソースがあれば、領地の治水工事の進捗確認が三件は終わるわよ。非効率の極みね」
「……ぐっ。効率、か。……ならばイーズ、次は君を驚かせるような、最高に効率的なプレゼントを用意しよう。例えば、全自動でネクタイを結ぶ魔導具とか……」
「それはただの私の仕事奪取でしょうが。……はぁ。ララさん、あなたからも何か言ってやって」
隣で「高級ショートケーキ」を幸せそうに頬張っていたララさんが、顔を上げた。
「えっ? あ、はい! ヴィル様、今のイーズ様にはお花より、隣国の定食屋さんの『回数券』の方が喜ばれると思いますよぅ!」
「……ララさん、あなたは少し食い気に寄りすぎ。……でも、方向性は間違っていないわね」
私は、用意していた一枚の羊皮紙をテーブルに叩きつけた。
そこには、私の「自由」と「婚約」を両立させるための、血も涙もない条件が並んでいた。
「殿下。一からアピールしたいとおっしゃるなら、この『再婚約に関する暫定協定書』にサインしていただきますわ」
「暫定協定書……? なんだ、この『週休三日(国外逃亡可)』という項目は。あと『副業:定食屋アドバイザーの容認』とは……?」
「文字通りよ。私は公爵令嬢である前に、一人の有能な経営コンサルタント……じゃなくて、戦術家なの。王宮に閉じ込められてポエムを聞かされるだけの生活は二度とごめんだわ」
ヴィルフリードは、食い入るように書面を見つめた。
「さらにこれを見て。『月間の説教ノルマ:最低二十回』。……えっ、これは僕が君に説教をしてもらえる権利、ということか!?」
「……。ええ、そうよ。あなたがバカな真似をした時に、私が全力で論破する権利を保証させてもらうわ。……不満かしら?」
「不満なわけがあるか! むしろご褒美だ! 公式に君に叱ってもらえるなんて、なんて素晴らしい契約なんだ!」
ヴィルフリードは、震える手でペンを握ると、迷うことなくサインした。
……本当に、この王子の性癖はどうなっているのかしら。
「よし、契約成立ね。……それとお兄様。壁際でこっそり録音するのはやめてくださる?」
庭の植え込みから、眼鏡を光らせたカインがぬっと姿を現した。
「……気づかれたか。流石は私の妹だ。……イーズ、その契約書に『兄の定時連絡(一時間おき)』という項目を追加する余地はないか?」
「あるわけないでしょ。次やったら、お兄様の書斎の書類を全部、アルファベット順じゃなくて『美味しいお肉の名前順』に並べ替えてあげるわよ」
「……。それはもはや、暗号表だな。……わかった、自重しよう」
お兄様もようやく(一時的に)引き下がった。
ゼクスは遠くの木陰で、胃薬を飲みながら「……ようやく、地獄の追いかけっこが終わったか」と空を仰いでいる。
「さあ、ヴィルフリード友人殿。契約に基づき、今日の『第一回・説教タイム』を始めるわよ。……まず、そのバラ! 今すぐ厨房に持って行って、バラジャムに加工させなさい。廃棄ロスは万死に値するわ!」
「はっ! 承知した、イーズ先生! ジャムの糖度についても、ぜひご指導願いたい!」
ヴィルフリードは、千本のバラを軽々と担ぎ上げると、意気揚々と厨房へ走っていった。
その後ろ姿は、王子というよりは、新しい玩具を貰った子供のようだった。
「……ねえ、イーズ様。なんだかんだ言って、楽しそうですね」
ララさんが、クリームのついた口元を拭いながら微笑む。
「……。気のせいよ。私はただ、無駄を省いているだけ。……さて、ララさん。あなたも食べ終わったら、隣国に送る『物流最適化レポート』の清書を手伝いなさい」
「ひえぇぇ! 結局、私もお仕事なんですねぇ!」
午後の柔らかな光の中、私たちの新しい「友人関係」が始まった。
それは甘酸っぱい恋の予感……ではなく、鉄と理論と、時々バラジャムの香りがする、世界一効率的な騒動の幕開けだった。
ラングマイヤー公爵邸の美しい庭園。
私は、目の前のテーブルに置かれた「巨大な塊」を指差した。
それは、赤と白のバラが千本ほど束ねられた、もはや花束というよりは鈍器に近い何かだった。
「そうだ! 友人とは、互いの情熱を分かち合うものだろう? このバラの重量こそが、僕が昨夜、君への謝罪ポエムを封印したことで行き場のなくなったエネルギーの結晶なのだ!」
ヴィルフリードは、清々しいまでの笑顔で言い放った。
額の土下座の跡は消えたようだが、脳内のバグはまだ治っていないらしい。
「あのね、殿下。千本のバラを花瓶に生けるのに、どれだけの労働力と時間が必要だと思っているの? そのリソースがあれば、領地の治水工事の進捗確認が三件は終わるわよ。非効率の極みね」
「……ぐっ。効率、か。……ならばイーズ、次は君を驚かせるような、最高に効率的なプレゼントを用意しよう。例えば、全自動でネクタイを結ぶ魔導具とか……」
「それはただの私の仕事奪取でしょうが。……はぁ。ララさん、あなたからも何か言ってやって」
隣で「高級ショートケーキ」を幸せそうに頬張っていたララさんが、顔を上げた。
「えっ? あ、はい! ヴィル様、今のイーズ様にはお花より、隣国の定食屋さんの『回数券』の方が喜ばれると思いますよぅ!」
「……ララさん、あなたは少し食い気に寄りすぎ。……でも、方向性は間違っていないわね」
私は、用意していた一枚の羊皮紙をテーブルに叩きつけた。
そこには、私の「自由」と「婚約」を両立させるための、血も涙もない条件が並んでいた。
「殿下。一からアピールしたいとおっしゃるなら、この『再婚約に関する暫定協定書』にサインしていただきますわ」
「暫定協定書……? なんだ、この『週休三日(国外逃亡可)』という項目は。あと『副業:定食屋アドバイザーの容認』とは……?」
「文字通りよ。私は公爵令嬢である前に、一人の有能な経営コンサルタント……じゃなくて、戦術家なの。王宮に閉じ込められてポエムを聞かされるだけの生活は二度とごめんだわ」
ヴィルフリードは、食い入るように書面を見つめた。
「さらにこれを見て。『月間の説教ノルマ:最低二十回』。……えっ、これは僕が君に説教をしてもらえる権利、ということか!?」
「……。ええ、そうよ。あなたがバカな真似をした時に、私が全力で論破する権利を保証させてもらうわ。……不満かしら?」
「不満なわけがあるか! むしろご褒美だ! 公式に君に叱ってもらえるなんて、なんて素晴らしい契約なんだ!」
ヴィルフリードは、震える手でペンを握ると、迷うことなくサインした。
……本当に、この王子の性癖はどうなっているのかしら。
「よし、契約成立ね。……それとお兄様。壁際でこっそり録音するのはやめてくださる?」
庭の植え込みから、眼鏡を光らせたカインがぬっと姿を現した。
「……気づかれたか。流石は私の妹だ。……イーズ、その契約書に『兄の定時連絡(一時間おき)』という項目を追加する余地はないか?」
「あるわけないでしょ。次やったら、お兄様の書斎の書類を全部、アルファベット順じゃなくて『美味しいお肉の名前順』に並べ替えてあげるわよ」
「……。それはもはや、暗号表だな。……わかった、自重しよう」
お兄様もようやく(一時的に)引き下がった。
ゼクスは遠くの木陰で、胃薬を飲みながら「……ようやく、地獄の追いかけっこが終わったか」と空を仰いでいる。
「さあ、ヴィルフリード友人殿。契約に基づき、今日の『第一回・説教タイム』を始めるわよ。……まず、そのバラ! 今すぐ厨房に持って行って、バラジャムに加工させなさい。廃棄ロスは万死に値するわ!」
「はっ! 承知した、イーズ先生! ジャムの糖度についても、ぜひご指導願いたい!」
ヴィルフリードは、千本のバラを軽々と担ぎ上げると、意気揚々と厨房へ走っていった。
その後ろ姿は、王子というよりは、新しい玩具を貰った子供のようだった。
「……ねえ、イーズ様。なんだかんだ言って、楽しそうですね」
ララさんが、クリームのついた口元を拭いながら微笑む。
「……。気のせいよ。私はただ、無駄を省いているだけ。……さて、ララさん。あなたも食べ終わったら、隣国に送る『物流最適化レポート』の清書を手伝いなさい」
「ひえぇぇ! 結局、私もお仕事なんですねぇ!」
午後の柔らかな光の中、私たちの新しい「友人関係」が始まった。
それは甘酸っぱい恋の予感……ではなく、鉄と理論と、時々バラジャムの香りがする、世界一効率的な騒動の幕開けだった。
0
あなたにおすすめの小説
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました
山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。
※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。
コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。
ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。
トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。
クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。
シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。
ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。
シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。
〈あらすじ〉
コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。
ジレジレ、すれ違いラブストーリー
皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。
この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。
そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。
ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。
なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。
※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる