冤罪断罪、お断り!婚約破棄の前に夜逃げを決め込む。

八雲

文字の大きさ
28 / 28

28

しおりを挟む
「……三時間。この式次第によれば、私が誓いの言葉を述べるまでに、実に百八十分もの無駄な儀式が詰め込まれているわ」

王立大教会の控え室。
純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、手元の進行表を鋭い目で見つめていた。
今日は、私とヴィルフリードの(再)婚約を経ての、正式な結婚式当日だ。
鏡に映る私は、我ながら見惚れるほど完璧な花嫁姿だけれど、私の脳内は「いかにこの非効率な時間を短縮するか」で埋め尽くされていた。

「イーズ様ぁ……。そんな怖い顔で進行表を睨まないでくださいぃ。今日は一生に一度の、世界一幸せな日なんですからぁ!」

隣で介添人を務めるララさんが、自身のドレスの裾を気にしながら私をなだめる。
彼女もすっかり王宮に馴染み、今や私の「胃袋管理官」として重要な地位を築いている。

「幸せと効率は両立できるはずよ、ララさん。見てなさい、この『歴代王族の功績を称える三十分の朗読』。これ、私が歩きながら要約して話せば一分で終わるわ」

「歩きながら朗読!? 情緒もへったくれもありませんよぅ!」

私は立ち上がり、バルコニーの窓を開けた。
心地よい風が、ベールをふわりと揺らす。
眼下には、私たちの門出を祝うために集まった大勢の民衆。
そして、教会の入り口には、お兄様のカインが時計を片手に「妹の入場まであと三百秒……。心拍数は正常だ」と呟いている姿が見える。

「……よし。決めたわ。ララさん、ちょっとこれを預かって」

「えっ? ブーケですか? あ、はい、受け取りましたけど……。……って、イーズ様!? 窓枠に足をかけないでくださいぃ!」

「じっとしていられないのよ。……お父様に伝えておいて。『最高に効率的な入場を見せてあげる』ってね!」

私はヒールを脱ぎ捨て、ドレスの裾をたくし上げると、バルコニーから隣の建物の屋根へと飛び移った。
第一話の夜逃げの時よりも、格段に身軽だ。
なんといっても、この二ヶ月間の訓練で私の脚力は「公爵令嬢」の域を完全に超えている。

「さらば、退屈な三分間の行進! 私は私の最短ルートで、愛の祭壇へ向かうわ!」

私が街の屋根を爆走し始めると、下で見守っていた群衆から「おおっ、花嫁が飛んでいる!」「流石は至宝の聖女様だ!」と歓声が上がった。
もはや、私の奇行はこの国の「名物」として受理されているらしい。

「――待っていたぞ、イーズ! 君なら必ず、窓から来ると思っていた!」

教会の鐘楼から、紫色のタキシードを翻したヴィルフリードが飛び出してきた。
彼は腰にロープを巻き、ターザンのような動きで私に並走する。

「殿下!? あなた、新郎のくせに何やってるのよ! 祭壇で待ってなさいって言ったでしょ!」

「君を一人で走らせるわけがないだろう! この『結婚式における新郎新婦の同時爆走』こそ、僕たちが世界に示す新しい愛の形だ!」

「バカ言わないで! あなたはただ、私と一緒に目立ちたいだけでしょ!」

私たちは屋根の上で、互いの愛(という名の罵倒)をぶつけ合いながら、教会の中央ドームへと向かって走る。
背後からは、お兄様のカインが馬に乗って追いかけてくるのが見えた。

「イーズ! その跳躍は五センチほどフォームが崩れているぞ! やり直しだ!」

「うるさいわね、お兄様! これは滞空時間を稼ぐための高度な戦術よ!」

さらに、教会の入り口ではゼクスが、胃を押さえながら巨大なクラッカーを構えていた。
「……。……もう、勝手にしろ。……俺は、この後の披露宴の肉料理さえ無事に食えれば、それでいい……」

私たちは同時に、教会の祭壇の真上に位置する天窓へと飛び込んだ。
色とりどりのステンドグラスの光を浴びながら、私たちは手を取り合い、ゆっくりと(物理的な衝撃を筋肉で殺しながら)着地した。

「……。………………」

祭壇で待っていた国王陛下と、列席した貴族たちが、唖然として私たちを見上げている。
私は乱れた髪をサッと整え、ヴィルフリードの手を力強く握った。

「お待たせしました、皆様。……予定より五分早い到着ですわ。さあ、司祭様! 誓いの言葉は三行にまとめてちょうだい。披露宴の肉が冷める前に、この式を完遂するわよ!」

「ははは! 聞いたか、これが僕の最愛の妻だ! さあ、世界一効率的で情熱的な誓いを交わそうじゃないか!」

会場から、割れんばかりの拍手と爆笑が沸き起こる。
もはや誰も、私を「悪役令嬢」とは呼ばない。
私は、この国で一番自由で、一番騒がしい、最強の「効率家」なのだ。

窓から逃げ出し、泥を啜り、肉を飲み、そして最後は愛するバカを顎で使う。
私の人生は、きっとこれからも平穏とは無縁だろう。
けれど、隣で「君への愛を全四十八番の合唱曲にしたんだ!」と耳元で囁くこの男がいれば、退屈だけはしなさそうだ。

「愛しているわ、ヴィルフリード。……だから、そのポエムは後でシュレッダーにかけるわね」

「それもまた、君らしい愛の言葉だ! ああ、幸せだ!」

私たちの物語は、ここで一旦幕を閉じる。
けれど、悪役令嬢イーズの爆走は、明日も、その先も、どこまでも続いていく。
より速く、より効率的に、そして最高にユーモア溢れるハッピーエンドを目指して!
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。 この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。 そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。 ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。 なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。 ※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。

処理中です...