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「……三時間。この式次第によれば、私が誓いの言葉を述べるまでに、実に百八十分もの無駄な儀式が詰め込まれているわ」
王立大教会の控え室。
純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、手元の進行表を鋭い目で見つめていた。
今日は、私とヴィルフリードの(再)婚約を経ての、正式な結婚式当日だ。
鏡に映る私は、我ながら見惚れるほど完璧な花嫁姿だけれど、私の脳内は「いかにこの非効率な時間を短縮するか」で埋め尽くされていた。
「イーズ様ぁ……。そんな怖い顔で進行表を睨まないでくださいぃ。今日は一生に一度の、世界一幸せな日なんですからぁ!」
隣で介添人を務めるララさんが、自身のドレスの裾を気にしながら私をなだめる。
彼女もすっかり王宮に馴染み、今や私の「胃袋管理官」として重要な地位を築いている。
「幸せと効率は両立できるはずよ、ララさん。見てなさい、この『歴代王族の功績を称える三十分の朗読』。これ、私が歩きながら要約して話せば一分で終わるわ」
「歩きながら朗読!? 情緒もへったくれもありませんよぅ!」
私は立ち上がり、バルコニーの窓を開けた。
心地よい風が、ベールをふわりと揺らす。
眼下には、私たちの門出を祝うために集まった大勢の民衆。
そして、教会の入り口には、お兄様のカインが時計を片手に「妹の入場まであと三百秒……。心拍数は正常だ」と呟いている姿が見える。
「……よし。決めたわ。ララさん、ちょっとこれを預かって」
「えっ? ブーケですか? あ、はい、受け取りましたけど……。……って、イーズ様!? 窓枠に足をかけないでくださいぃ!」
「じっとしていられないのよ。……お父様に伝えておいて。『最高に効率的な入場を見せてあげる』ってね!」
私はヒールを脱ぎ捨て、ドレスの裾をたくし上げると、バルコニーから隣の建物の屋根へと飛び移った。
第一話の夜逃げの時よりも、格段に身軽だ。
なんといっても、この二ヶ月間の訓練で私の脚力は「公爵令嬢」の域を完全に超えている。
「さらば、退屈な三分間の行進! 私は私の最短ルートで、愛の祭壇へ向かうわ!」
私が街の屋根を爆走し始めると、下で見守っていた群衆から「おおっ、花嫁が飛んでいる!」「流石は至宝の聖女様だ!」と歓声が上がった。
もはや、私の奇行はこの国の「名物」として受理されているらしい。
「――待っていたぞ、イーズ! 君なら必ず、窓から来ると思っていた!」
教会の鐘楼から、紫色のタキシードを翻したヴィルフリードが飛び出してきた。
彼は腰にロープを巻き、ターザンのような動きで私に並走する。
「殿下!? あなた、新郎のくせに何やってるのよ! 祭壇で待ってなさいって言ったでしょ!」
「君を一人で走らせるわけがないだろう! この『結婚式における新郎新婦の同時爆走』こそ、僕たちが世界に示す新しい愛の形だ!」
「バカ言わないで! あなたはただ、私と一緒に目立ちたいだけでしょ!」
私たちは屋根の上で、互いの愛(という名の罵倒)をぶつけ合いながら、教会の中央ドームへと向かって走る。
背後からは、お兄様のカインが馬に乗って追いかけてくるのが見えた。
「イーズ! その跳躍は五センチほどフォームが崩れているぞ! やり直しだ!」
「うるさいわね、お兄様! これは滞空時間を稼ぐための高度な戦術よ!」
さらに、教会の入り口ではゼクスが、胃を押さえながら巨大なクラッカーを構えていた。
「……。……もう、勝手にしろ。……俺は、この後の披露宴の肉料理さえ無事に食えれば、それでいい……」
私たちは同時に、教会の祭壇の真上に位置する天窓へと飛び込んだ。
色とりどりのステンドグラスの光を浴びながら、私たちは手を取り合い、ゆっくりと(物理的な衝撃を筋肉で殺しながら)着地した。
「……。………………」
祭壇で待っていた国王陛下と、列席した貴族たちが、唖然として私たちを見上げている。
私は乱れた髪をサッと整え、ヴィルフリードの手を力強く握った。
「お待たせしました、皆様。……予定より五分早い到着ですわ。さあ、司祭様! 誓いの言葉は三行にまとめてちょうだい。披露宴の肉が冷める前に、この式を完遂するわよ!」
「ははは! 聞いたか、これが僕の最愛の妻だ! さあ、世界一効率的で情熱的な誓いを交わそうじゃないか!」
会場から、割れんばかりの拍手と爆笑が沸き起こる。
もはや誰も、私を「悪役令嬢」とは呼ばない。
私は、この国で一番自由で、一番騒がしい、最強の「効率家」なのだ。
窓から逃げ出し、泥を啜り、肉を飲み、そして最後は愛するバカを顎で使う。
私の人生は、きっとこれからも平穏とは無縁だろう。
けれど、隣で「君への愛を全四十八番の合唱曲にしたんだ!」と耳元で囁くこの男がいれば、退屈だけはしなさそうだ。
「愛しているわ、ヴィルフリード。……だから、そのポエムは後でシュレッダーにかけるわね」
「それもまた、君らしい愛の言葉だ! ああ、幸せだ!」
私たちの物語は、ここで一旦幕を閉じる。
けれど、悪役令嬢イーズの爆走は、明日も、その先も、どこまでも続いていく。
より速く、より効率的に、そして最高にユーモア溢れるハッピーエンドを目指して!
王立大教会の控え室。
純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、手元の進行表を鋭い目で見つめていた。
今日は、私とヴィルフリードの(再)婚約を経ての、正式な結婚式当日だ。
鏡に映る私は、我ながら見惚れるほど完璧な花嫁姿だけれど、私の脳内は「いかにこの非効率な時間を短縮するか」で埋め尽くされていた。
「イーズ様ぁ……。そんな怖い顔で進行表を睨まないでくださいぃ。今日は一生に一度の、世界一幸せな日なんですからぁ!」
隣で介添人を務めるララさんが、自身のドレスの裾を気にしながら私をなだめる。
彼女もすっかり王宮に馴染み、今や私の「胃袋管理官」として重要な地位を築いている。
「幸せと効率は両立できるはずよ、ララさん。見てなさい、この『歴代王族の功績を称える三十分の朗読』。これ、私が歩きながら要約して話せば一分で終わるわ」
「歩きながら朗読!? 情緒もへったくれもありませんよぅ!」
私は立ち上がり、バルコニーの窓を開けた。
心地よい風が、ベールをふわりと揺らす。
眼下には、私たちの門出を祝うために集まった大勢の民衆。
そして、教会の入り口には、お兄様のカインが時計を片手に「妹の入場まであと三百秒……。心拍数は正常だ」と呟いている姿が見える。
「……よし。決めたわ。ララさん、ちょっとこれを預かって」
「えっ? ブーケですか? あ、はい、受け取りましたけど……。……って、イーズ様!? 窓枠に足をかけないでくださいぃ!」
「じっとしていられないのよ。……お父様に伝えておいて。『最高に効率的な入場を見せてあげる』ってね!」
私はヒールを脱ぎ捨て、ドレスの裾をたくし上げると、バルコニーから隣の建物の屋根へと飛び移った。
第一話の夜逃げの時よりも、格段に身軽だ。
なんといっても、この二ヶ月間の訓練で私の脚力は「公爵令嬢」の域を完全に超えている。
「さらば、退屈な三分間の行進! 私は私の最短ルートで、愛の祭壇へ向かうわ!」
私が街の屋根を爆走し始めると、下で見守っていた群衆から「おおっ、花嫁が飛んでいる!」「流石は至宝の聖女様だ!」と歓声が上がった。
もはや、私の奇行はこの国の「名物」として受理されているらしい。
「――待っていたぞ、イーズ! 君なら必ず、窓から来ると思っていた!」
教会の鐘楼から、紫色のタキシードを翻したヴィルフリードが飛び出してきた。
彼は腰にロープを巻き、ターザンのような動きで私に並走する。
「殿下!? あなた、新郎のくせに何やってるのよ! 祭壇で待ってなさいって言ったでしょ!」
「君を一人で走らせるわけがないだろう! この『結婚式における新郎新婦の同時爆走』こそ、僕たちが世界に示す新しい愛の形だ!」
「バカ言わないで! あなたはただ、私と一緒に目立ちたいだけでしょ!」
私たちは屋根の上で、互いの愛(という名の罵倒)をぶつけ合いながら、教会の中央ドームへと向かって走る。
背後からは、お兄様のカインが馬に乗って追いかけてくるのが見えた。
「イーズ! その跳躍は五センチほどフォームが崩れているぞ! やり直しだ!」
「うるさいわね、お兄様! これは滞空時間を稼ぐための高度な戦術よ!」
さらに、教会の入り口ではゼクスが、胃を押さえながら巨大なクラッカーを構えていた。
「……。……もう、勝手にしろ。……俺は、この後の披露宴の肉料理さえ無事に食えれば、それでいい……」
私たちは同時に、教会の祭壇の真上に位置する天窓へと飛び込んだ。
色とりどりのステンドグラスの光を浴びながら、私たちは手を取り合い、ゆっくりと(物理的な衝撃を筋肉で殺しながら)着地した。
「……。………………」
祭壇で待っていた国王陛下と、列席した貴族たちが、唖然として私たちを見上げている。
私は乱れた髪をサッと整え、ヴィルフリードの手を力強く握った。
「お待たせしました、皆様。……予定より五分早い到着ですわ。さあ、司祭様! 誓いの言葉は三行にまとめてちょうだい。披露宴の肉が冷める前に、この式を完遂するわよ!」
「ははは! 聞いたか、これが僕の最愛の妻だ! さあ、世界一効率的で情熱的な誓いを交わそうじゃないか!」
会場から、割れんばかりの拍手と爆笑が沸き起こる。
もはや誰も、私を「悪役令嬢」とは呼ばない。
私は、この国で一番自由で、一番騒がしい、最強の「効率家」なのだ。
窓から逃げ出し、泥を啜り、肉を飲み、そして最後は愛するバカを顎で使う。
私の人生は、きっとこれからも平穏とは無縁だろう。
けれど、隣で「君への愛を全四十八番の合唱曲にしたんだ!」と耳元で囁くこの男がいれば、退屈だけはしなさそうだ。
「愛しているわ、ヴィルフリード。……だから、そのポエムは後でシュレッダーにかけるわね」
「それもまた、君らしい愛の言葉だ! ああ、幸せだ!」
私たちの物語は、ここで一旦幕を閉じる。
けれど、悪役令嬢イーズの爆走は、明日も、その先も、どこまでも続いていく。
より速く、より効率的に、そして最高にユーモア溢れるハッピーエンドを目指して!
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