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「……皆様、お聞きなさい! 今日のスープは、私の『孤独な夜の溜息』をベースに、隠し味として『裏切りのビターチョコ』を隠し持たせた逸品ですわよ!」
昨日と同じく、王都の隅に位置する貧民街。
私は馬車の荷台に仁王立ちし、集まった住人たちに銀のレードルを突きつけた。
「絶望の姐ちゃん、今日も景気がいいな!」
「絶望している割には、声が腹の底から出ているぜ!」
「うるさいですわ! これは悲しみの共鳴現象ですのよ! さあ、並びなさい。今日のスープは、昨日の三倍の肉をブチ込んでありますわ。……物理的な満腹こそが、精神的な空虚を埋める唯一の手段だと悟りましたの」
私は無心にスープを配り続けた。
背後では、セドリック様が腕を組み、いつもの冷徹な瞳で周囲を監視している。
「……ナタリー、お前。公爵邸のシェフが『もう私のレパートリーが尽きた』とキッチンで泣き崩れていたぞ。……それに、肉の仕入れ代で私の一ヶ月分の給料が消えた」
「セドリック様。お金は、回るものですわ。私の財布から、彼らの胃袋へ。そして私の『悲しみの徳』として積み上がっていくのです……。ああ、なんて尊い犠牲なのかしら!」
私が自分に酔いしれていた、その時。
「……どけ。姐ちゃんのスープをいただくのは、この俺が先だ」
人混みを割り、一人の大男が現れた。
身長はセドリック様より頭二つ分ほど高く、全身に無数の傷跡がある。
その男が現れた瞬間、周囲の住人たちがサッと蜘蛛の子を散らすように道を空けた。
「……お、おい。ゾルグだ。『貧民街の王』のゾルグが来たぞ」
男――ゾルグは、私の前に立つと、鋭い眼光で私を射抜いた。
「……あんたが、噂の『絶望の姐ちゃん』か。……公爵家の令嬢が、こんな掃き溜めで何を売っている」
私は、恐怖で震えそうになる足を、気合(と悲劇のヒロインとしてのプライド)で押さえつけた。
ここで怯えては、私の「立ち直れない」という設定に傷がつく。
「……売っている? 失礼ね。私は差し上げているのですわ。……愛に捨てられ、世界に絶望した私の『魂の滴』を。……さあ、あなたも飲みなさい。不器用なあなたの人生を、この肉の塊が優しく抱擁してくれるはずですわよ」
私は震える手で、溢れんばかりのスープを注いだカップを彼に差し出した。
ゾルグはそれを無言で受け取ると、一気に飲み干した。
「………………」
「……ど、どうかしら? 毒ではありませんわよ。愛の毒よりは、はるかに無害ですわ」
ゾルグは空になったカップを床に叩きつけると、突然、私の肩をガシッと掴んだ。
「……決めた。姐ちゃん、俺の女になれ」
「………………はい?」
私は、間抜けな声を上げた。
え、今、なんて?
「あんたのその目だ。死んでるようで、ギラついてやがる。……俺の部下たちはみんな、明日を生きるのに必死な奴らばかりだ。だが、あんたは『自分がいかに不幸か』を証明するために、全力を注いでいる。……その狂気、気に入った!」
「き、狂気!? 違いますわ! これは様式美としての――」
「四の五の言うな! 俺と一緒に、この貧民街の『絶望の頂点』を目指そうじゃねぇか! 毎日スープを振る舞い、夜は二人で世界の不条理を呪いながら眠る……。最高だと思わねぇか!」
「嫌ですわ! 私は、ふかふかのシルクのベッドで、自分が可哀想だと思いながら眠るのが趣味なんですのよ!」
私が叫びながら逃げようとしたその時、ゾルグの腕が私の腰に回された。
「おい。離せと言っている」
その瞬間。
ゾルグの首筋に、冷たく、鋭い感覚が走った。
いつの間にか背後に回っていたセドリック様が、銀のペーパーナイフ(!)を彼の喉元に突きつけていた。
「……あ? てめぇ、何様だ」
「宰相補佐官、セドリック・ノア・ヴァレンタインだ。……彼女は、私の『管理物』だ。野蛮な王(自称)が触れていいものではない」
セドリック様の声は、冬の深夜の海のように冷徹だった。
眼鏡の奥の瞳が、ゾルグを完全に「排除すべき対象」としてロックオンしている。
「セドリック様……! 助けてくださいまし! この方、私と絶望の頂点を目指すなんて、勝手なプロットを押し付けてきますの!」
「……ナタリー。お前、どこへ行っても変な奴を引き寄せるな。……おい、大男。彼女に惚れるのは勝手だが、連れ去るというなら、相応の手続きが必要だ。……とりあえず、ゴールドマン公爵への宣戦布告書と、彼女の生活費(主にスープ代)を賄うための全財産目録を、明日までに私の事務所へ持ってこい」
「あ? 手続きだと!? 俺ぁ力ずくで奪うのが――」
「力ずくで行けると思っているのか? 私の合図一つで、この一帯を近衛兵が包囲するぞ。……それでもやるなら、どうぞ」
セドリック様がフッと不敵な笑みを浮かべると、ゾルグは舌打ちをして手を離した。
「……チッ。公務員野郎が。……姐ちゃん、今日は引いてやる。だが、覚えとけ。俺は、自分より不幸な女が大好きなんだ! また会おうぜ!」
ゾルグは高笑いをしながら、部下たちを引き連れて去っていった。
静まり返った貧民街。
私は腰が抜けて、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「……ああ、恐ろしかった。……セドリック様、ありがとうございます。……あんな、自分より不幸な女が好きだなんて、なんて歪んだ愛……! ある意味、私より重症ですわね」
「……。……。……ナタリー」
セドリック様は、私の頭をポンと叩くと、呆れたようにため息をついた。
「お前、さっきのゾルグより、私の方がはるかに不幸な気がしてきたよ。……こんなトラブルメーカーを管理しなければならない、私の不運を呪ってくれ」
「……あら。セドリック様。それ、もしかして、私と一緒に『絶望のバディ』を組んでくださるという宣言かしら?」
「違う。……帰るぞ。もう炊き出しは禁止だ。……明日からは、家の中で大人しくポエムでも書いていろ」
セドリック様に引きずられながら、私は馬車へと戻った。
貧民街の住人たちが「姐ちゃん、また来てくれよ!」と声をかけてくれる。
私は馬車の窓から、少しだけ名残惜しそうに手を振った。
「絶望の姐ちゃん」……。
どうやら私の悲劇は、野蛮な男たちの心さえも撃ち抜いてしまったようですわ。
立ち直れない令嬢の物語は、ますます予測不可能な方向へと転がり始めていた。
昨日と同じく、王都の隅に位置する貧民街。
私は馬車の荷台に仁王立ちし、集まった住人たちに銀のレードルを突きつけた。
「絶望の姐ちゃん、今日も景気がいいな!」
「絶望している割には、声が腹の底から出ているぜ!」
「うるさいですわ! これは悲しみの共鳴現象ですのよ! さあ、並びなさい。今日のスープは、昨日の三倍の肉をブチ込んでありますわ。……物理的な満腹こそが、精神的な空虚を埋める唯一の手段だと悟りましたの」
私は無心にスープを配り続けた。
背後では、セドリック様が腕を組み、いつもの冷徹な瞳で周囲を監視している。
「……ナタリー、お前。公爵邸のシェフが『もう私のレパートリーが尽きた』とキッチンで泣き崩れていたぞ。……それに、肉の仕入れ代で私の一ヶ月分の給料が消えた」
「セドリック様。お金は、回るものですわ。私の財布から、彼らの胃袋へ。そして私の『悲しみの徳』として積み上がっていくのです……。ああ、なんて尊い犠牲なのかしら!」
私が自分に酔いしれていた、その時。
「……どけ。姐ちゃんのスープをいただくのは、この俺が先だ」
人混みを割り、一人の大男が現れた。
身長はセドリック様より頭二つ分ほど高く、全身に無数の傷跡がある。
その男が現れた瞬間、周囲の住人たちがサッと蜘蛛の子を散らすように道を空けた。
「……お、おい。ゾルグだ。『貧民街の王』のゾルグが来たぞ」
男――ゾルグは、私の前に立つと、鋭い眼光で私を射抜いた。
「……あんたが、噂の『絶望の姐ちゃん』か。……公爵家の令嬢が、こんな掃き溜めで何を売っている」
私は、恐怖で震えそうになる足を、気合(と悲劇のヒロインとしてのプライド)で押さえつけた。
ここで怯えては、私の「立ち直れない」という設定に傷がつく。
「……売っている? 失礼ね。私は差し上げているのですわ。……愛に捨てられ、世界に絶望した私の『魂の滴』を。……さあ、あなたも飲みなさい。不器用なあなたの人生を、この肉の塊が優しく抱擁してくれるはずですわよ」
私は震える手で、溢れんばかりのスープを注いだカップを彼に差し出した。
ゾルグはそれを無言で受け取ると、一気に飲み干した。
「………………」
「……ど、どうかしら? 毒ではありませんわよ。愛の毒よりは、はるかに無害ですわ」
ゾルグは空になったカップを床に叩きつけると、突然、私の肩をガシッと掴んだ。
「……決めた。姐ちゃん、俺の女になれ」
「………………はい?」
私は、間抜けな声を上げた。
え、今、なんて?
「あんたのその目だ。死んでるようで、ギラついてやがる。……俺の部下たちはみんな、明日を生きるのに必死な奴らばかりだ。だが、あんたは『自分がいかに不幸か』を証明するために、全力を注いでいる。……その狂気、気に入った!」
「き、狂気!? 違いますわ! これは様式美としての――」
「四の五の言うな! 俺と一緒に、この貧民街の『絶望の頂点』を目指そうじゃねぇか! 毎日スープを振る舞い、夜は二人で世界の不条理を呪いながら眠る……。最高だと思わねぇか!」
「嫌ですわ! 私は、ふかふかのシルクのベッドで、自分が可哀想だと思いながら眠るのが趣味なんですのよ!」
私が叫びながら逃げようとしたその時、ゾルグの腕が私の腰に回された。
「おい。離せと言っている」
その瞬間。
ゾルグの首筋に、冷たく、鋭い感覚が走った。
いつの間にか背後に回っていたセドリック様が、銀のペーパーナイフ(!)を彼の喉元に突きつけていた。
「……あ? てめぇ、何様だ」
「宰相補佐官、セドリック・ノア・ヴァレンタインだ。……彼女は、私の『管理物』だ。野蛮な王(自称)が触れていいものではない」
セドリック様の声は、冬の深夜の海のように冷徹だった。
眼鏡の奥の瞳が、ゾルグを完全に「排除すべき対象」としてロックオンしている。
「セドリック様……! 助けてくださいまし! この方、私と絶望の頂点を目指すなんて、勝手なプロットを押し付けてきますの!」
「……ナタリー。お前、どこへ行っても変な奴を引き寄せるな。……おい、大男。彼女に惚れるのは勝手だが、連れ去るというなら、相応の手続きが必要だ。……とりあえず、ゴールドマン公爵への宣戦布告書と、彼女の生活費(主にスープ代)を賄うための全財産目録を、明日までに私の事務所へ持ってこい」
「あ? 手続きだと!? 俺ぁ力ずくで奪うのが――」
「力ずくで行けると思っているのか? 私の合図一つで、この一帯を近衛兵が包囲するぞ。……それでもやるなら、どうぞ」
セドリック様がフッと不敵な笑みを浮かべると、ゾルグは舌打ちをして手を離した。
「……チッ。公務員野郎が。……姐ちゃん、今日は引いてやる。だが、覚えとけ。俺は、自分より不幸な女が大好きなんだ! また会おうぜ!」
ゾルグは高笑いをしながら、部下たちを引き連れて去っていった。
静まり返った貧民街。
私は腰が抜けて、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「……ああ、恐ろしかった。……セドリック様、ありがとうございます。……あんな、自分より不幸な女が好きだなんて、なんて歪んだ愛……! ある意味、私より重症ですわね」
「……。……。……ナタリー」
セドリック様は、私の頭をポンと叩くと、呆れたようにため息をついた。
「お前、さっきのゾルグより、私の方がはるかに不幸な気がしてきたよ。……こんなトラブルメーカーを管理しなければならない、私の不運を呪ってくれ」
「……あら。セドリック様。それ、もしかして、私と一緒に『絶望のバディ』を組んでくださるという宣言かしら?」
「違う。……帰るぞ。もう炊き出しは禁止だ。……明日からは、家の中で大人しくポエムでも書いていろ」
セドリック様に引きずられながら、私は馬車へと戻った。
貧民街の住人たちが「姐ちゃん、また来てくれよ!」と声をかけてくれる。
私は馬車の窓から、少しだけ名残惜しそうに手を振った。
「絶望の姐ちゃん」……。
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