泣き喚け! 婚約破棄された悪役令嬢は、全速力でどん底へ

八雲

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「……完璧。完璧ですわ、アン。今の私は、この世の全ての光を吸い込み、絶望のブラックホールと化した、美しき終焉の女王ですわ……!」


姿見の前に立つ私は、自分の姿に陶酔していた。
特注のドレスは、セドリック様の「小遣い停止処分」という執拗な妨害を潜り抜け、お父様を「娘がこのままでは部屋の壁と一体化してしまう」と説得して作らせた、究極の漆黒。


光沢のない、最高級のベルベット生地。
それは、シャンデリアの輝きさえも拒絶するような、深い深い「夜」の色だった。


「お嬢様……。美しいのは認めますが、その……。背景が暗いと、お嬢様が首から下だけ浮いているように見えて、非常に怖いですわよ」


「いいのよ、アン! それこそが狙いですの。私は今日、王宮という名の光り輝く虚飾の場に、一滴の墨汁を垂らしに行くのですから!」


私は、胸元に「碧眼の涙」を光らせた。
青い宝石だけが、闇の中で怪しく、しかし誇り高く輝いている。


「……おい。……いつまで鏡に向かって不吉な呪文を唱えている」


扉の向こうから、呆れ果てた、しかしどこか緊張感のある声。
燕尾服に身を包んだセドリック様が、部屋に入ってきた。
……あら、今日の彼は、いつもの「仕事の鬼」モードより、さらに三割増しで冷徹……いえ、端正に見えますわね。


「セドリック様! 見てください! 私のこの、光を一切反射しない『絶望防護服』を!」


「……。……。……。……。……お前という女は」


セドリック様は、私の姿を頭の先からつま先まで、二往復ほどじっくりと眺めた。
それから、眼鏡を指で直しながら、小さく溜息をついた。


「……お前が歩くたびに、ホールの灯りが消えていくんじゃないかという気がしてくるよ。……だが」


セドリック様は私に歩み寄ると、私の黒いベールの端を、優しく整えた。


「……悪くない。……お前のその、救いようのない明るい瞳には、これくらいの闇が丁度いいのかもしれないな」


「……あら。セドリック様。それ、もしかして『今日の君は夜空の星のように綺麗だよ』という、情熱的な口説き文句かしら?」


「……違う。……『目立つのだから、余計な動きをするな』という警告だ。……行くぞ。馬車が待っている」


セドリック様は私に手を差し出した。
エスコートされる私の手も、黒いレースの手袋で覆われている。


王宮の夜会会場。
扉が開かれ、私とセドリック様が足を踏み入れた瞬間。
会場を包んでいた華やかな喧騒が、まるで魔法が解けたようにピタリと止まった。


「……な、なんだ、あの黒い影は……?」
「ゴールドマン家の……ナタリー様? ……まあ、なんて不吉な……。でも、なんて……スタイリッシュなのかしら」


周囲の令嬢たちが、ざわめき出す。
色とりどりのドレスが並ぶ中、私一人が「夜」そのものを纏って歩いているのだ。
それは、不吉を通り越して、一種の圧倒的なカリスマ性を放っていた。


「ナタリー! 君、ついに死神を雇って会場に乗り込んできたのか!?」


ホールの中心で、リュカ王子が叫んだ。
隣には、私が(一方的に)教えた「絶望の歩き方」を練習しているのか、少しだけ俯き加減で歩いているミエル様の姿もある。


「死神ではありませんわ、リュカ様。……今の私は、あなたの不実を弔うために現れた、愛の亡霊ですの。……ああ、この眩しい光が、私の乾いた心に突き刺さるようですわ……!」


私は大仰に手で目を覆い、よろりとセドリック様の肩に寄りかかった。


「……おい、ナタリー。寄りかかるなら、もう少し重さを加減しろ。ドレスの宝石が刺さって痛いんだが」


「我慢してくださいまし! これも悲劇の演出ですのよ!」


私が小声で言い返すと、リュカ様が苛立たしげに詰め寄ってきた。


「ナタリー、その格好は何だ! 君、まさか自分のパーティーだけでなく、私の夜会まで『葬式』にするつもりか!」


「葬式ではありませんわ。これは、新しい私の『誕生祭』……。古い私を脱ぎ捨て、より深く、より黒く、立ち直れない自分を極めるための決意表明なんですの!」


私が胸を張って宣言すると、ミエル様が「まあ、素晴らしい……!」と感動のあまり涙を浮かべた。


「リュカ様、見てください! ナタリー様は今、王宮の美しさという名の『毒』に、自らの存在という名の『解毒剤(黒)』を打ち込んでいらっしゃるのですわ!」


「……ミエル、君、感化されすぎだ。……セドリック! 君も、なぜあんな黒い染みみたいな女のエスコートをしているんだ!」


「……。……。……殿下。私はただ、彼女が会場の床に穴を掘り始めないよう、監視しているだけです。……それより、演奏が始まりますよ」


セドリック様が冷たく告げると、楽団がダンスの曲を奏で始めた。


「……ナタリー。踊るぞ。……お前が変な奴と踊って、この会場の『闇』を拡散されては困るからな」


「……。……。……あら。セドリック様。……本当は、私のドレスが誰かの視線を奪うのが、そんなに癪なんですの?」


私が挑発的に微笑むと、セドリック様は無言で私の腰を抱き寄せた。


「……喋るな。……足元を見ろ。……お前のその、重苦しいドレスで私の足を踏んだら、今度こそ小遣いを全額没収するからな」


「……。……。……。……ふふ。……承知いたしましたわ、死神様」


私は彼のリードに従い、漆黒のドレスの裾を翻した。
シャンデリアの光の下、会場で最も暗く、そして最も激しく、私とセドリック様のステップが刻まれ始めた。


立ち直れないはずの私の心が、彼の腕の中で、皮肉なほどに高鳴っているのを。
私は、誰にも気づかれないよう、漆黒のベールの下に隠し通すのだった。
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