泣き喚け! 婚約破棄された悪役令嬢は、全速力でどん底へ

八雲

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「……アン。見て。ついに、ついにこの日が来ましたわ。私の『人生の終着駅』……失恋記念パーティーの幕開けですわよ!」


ゴールドマン公爵邸の大広間。
そこには、かつてないほど「おぞましくも美しい」光景が広がっていた。


壁はすべて黒い布で覆われ、シャンデリアには薄紫のレースが巻き付けられ、床には「枯れた花びら」が絨毯のように敷き詰められている。
流れる音楽は、チェロの重低音が響く、どんよりとした鎮魂歌。


「お嬢様……。公爵様が『我が家が呪われた館として歴史に名を残してしまう』と、裏庭で震えていらっしゃいましたよ」


「いいのよ、アン! 歴史とは、強烈な個性の足跡ですもの! ……さあ、私の準備も完璧かしら? 今日の私は、悲しみという名の重力に魂を引かれた、『絶望のサンゴ礁』ですわ!」


私は、さらに重厚さを増した漆黒のドレスに、特注の「涙の跡を模した銀の刺繍」を施したベールを被り、鏡の前でポーズを決めた。


「……お嬢様。その格好で立っていると、本当に彫刻と間違われて、誰かに供え物を置かれそうですわ」


アンが呆れ顔で私の手袋を整えていた、その時。


「……ナタリー。開宴の前に、少し面を貸せ」


会場の入り口に、燕尾服を完璧に着こなしたセドリック様が立っていた。
いつもなら手に持っているはずの「予算削減案」も「事務書類」もない。
ただ、その瞳だけが、今まで見たこともないほどに鋭く、そして静かな熱を帯びていた。


「あら、セドリック様! 司会進行の準備はよろしくて? あなたのその冷たい声で、私の不運な経歴を朗々と読み上げていただくのを、全細胞が待機していますわよ!」


「……そんな茶番に付き合うのは、もう終わりだ」


セドリック様はスタスタと歩み寄ると、私の細い手首を、驚くほど強い力で掴んだ。


「……えっ。セ、セドリック様? 痛いですわ。……私の手首は、悲しみのあまり硝子細工のように脆くなって――」


「黙れ。……アン、悪いが公爵には『主役が急病で欠席する』と伝えておけ。……あるいは、『死神に連れ去られた』とでもな」


「……は、はい! 喜んで!」


アンが(なぜか嬉しそうに)カーテンの陰に消える。
私は、訳も分からぬままセドリック様に引きずられ、パーティー会場の喧騒から遠ざかっていった。


連れて行かれたのは、公爵邸の最上階にある、人目につかない小さなバルコニーだった。
そこからは、王都の美しい夜景が一望できる。


「……セドリック様! 何をするんですの! お客様がもうすぐいらっしゃるのに、主役をこんな高い場所に監禁するなんて、なんて……なんてドラマチックな暴挙!」


私は心臓をバクバクさせながら、それでも設定を守るために叫んだ。


セドリック様は、私の手を放すと、バルコニーの柵に背を預けて私を真っ向から見据えた。


「……ナタリー。いい加減、その『悲劇のヒロイン』という重い衣装を脱げ」


「嫌ですわ! これは私の皮ふ……私の魂そのものですもの!」


「嘘をつけ。……お前、さっきアンに『パーティーが終わったら、特注の牛煮込みを三杯食べる』と約束していただろう。……そんな元気な死体があってまるか」


「………………っ! そ、それは、供養のための食欲ですわよ!」


私は顔を真っ赤にして反論したが、セドリック様は歩みを止めなかった。
彼が私に一歩近づくたびに、夜の冷たい風が、私たちの間に火花を散らす。


「……もう、十分だろう。お前は自分の不幸を、十分に世界に見せつけ、十分に笑いに変え、そして……十分に、周囲に愛された」


「……。……。……愛された?」


「ああ。……ミエル嬢もお前のファンになり、貧民街の王も惚れ、お前の父親も呆れながらも見守っている。……そして、何より」


セドリック様は、私の顎を指先でクイと持ち上げた。
漆黒のベール越しに、彼の眼鏡の奥の、射抜くような瞳と視線がぶつかる。


「……私の仕事が、お前という名の『トラブル』で埋め尽くされていることが、その証拠だ」


「セドリック……様……」


「……ナタリー。私は、お前の『悲劇』を終わらせに来た。……これ以上、お前に自分を貶めるような真似はさせない」


セドリック様の指先が、私のベールに掛かった。
彼は躊躇なく、私の「絶望の象徴」であったその黒い布を、ゆっくりと剥ぎ取った。


夜風が、私の素顔を撫でる。
シャンデリアの光ではない、本物の月光が私の肌を照らした。


「……。……。……あなたは、もう立ち直っている。……ただ、それを認めるのが怖いだけだ。……物語が終わって、日常に戻るのが」


「……。……。……。……」


私は、何も言い返せなかった。
彼の言う通りだった。
婚約破棄されたショックは、もうとっくに、この騒がしい日々のどこかに消え去っていた。
私はただ、この「悲劇」という舞台が終われば、彼との特別な関係――監視役と問題児という絆さえも、消えてしまうのではないかと怖かったのだ。


「……物語は終わらない、ナタリー。……ただ、ジャンルが変わるだけだ」


セドリック様は、私の耳元で、甘く、しかし決定的な声を囁いた。


「……今日からお前のジャンルは、『悲劇』ではない。……私という現実に、一生かけて愛される『喜劇』だ」


「……。……。……。……。……。……。……」


あまりの台詞に、私の脳内回路がショートした。
え。……今。
この冷徹宰相補佐官様、なんて仰いました……?


「……セ、セドリック様。……今の言葉、……私の『墓石に刻む名言集』の……ええと、殿堂入り、ですわね……」


「……お前、そんな時まで墓石の話をするな。……いいから、一度くらい黙って頷け」


セドリック様は、呆れたように、しかし慈しむような微笑みを浮かべて。
そのまま、私の唇に、私の「悲劇」を完全に封印するような、熱い口づけを落とした。


立ち直れない令嬢の物語は、この夜、月光の下で一つの結末を迎え。
そして、さらに面倒くさくて騒がしい「第二章」へと、幕を開けたのである。
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