泣き喚け! 婚約破棄された悪役令嬢は、全速力でどん底へ

八雲

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「……皆様、お待たせいたしましたわ。悲劇のヒロイン、ナタリー・ゴールドマン……ただいま、さらに『深い闇』を纏って帰還いたしましたわよ!」


バルコニーから大広間へと続く扉を勢いよく開け、私は再び「絶望の女王」としての仮面を被り直した。
……本当は、唇がまだ少し熱くて、顔が火照って仕方がないのだけれど。


背後には、涼しい顔で私の腰に手を添えているセドリック様。
会場の貴族たちは、ベールを剥ぎ取られた私の素顔(と、その横に並ぶ冷徹な補佐官)を見て、一斉に息を呑んだ。


「まあ……ナタリー様のあのお顔、見て……!」
「絶望の極致を通り越して、なんだか……艶やかな後光が差しているようですわ!」


勝手な解釈が飛び交う中、会場の最奥から、誰よりも派手な足音が近づいてきた。


「ナタリー! 探したぞ! 主役がいないパーティーなど、具のないスープも同然ではないか!」


リュカ王子だ。
彼は、ミエル様を置き去りにして、黄金のマントを翻しながら私の前に仁王立ちした。


「……リュカ様。……まだいらしたのね。……見ての通り、今の私はセドリック様による『精神的な再教育』の真っ最中。……あなたの入る隙間なんて、私の心のひび割れ一つ分もございませんわよ」


「ふん、そんな強がりはやめろ! 私は気づいたのだ。君がこれほどまでに『悲劇』に執着するのは、すべて私への愛が裏返った結果なのだとな!」


王子はパチンと指を鳴らし、周囲を威圧するように胸を張った。


「皆の者、聞け! 私は今、この場で宣言する! ナタリー・ゴールドマンとの婚約を、特例をもって復活させる! ミエルには悪いが、やはり私の隣には、この『予測不可能な毒』が必要なのだ!」


「……はい?」


会場が、水を打ったように静まり返った。
……復活? 婚約?
このお方、今、私が世界で一番聞きたくない単語を、さも「プレゼント」のように投げつけましたわね?


「……リュカ様。……本気で仰っていますの? ……あの日、大勢の前で私を『醜い』と罵り、捨て去ったことを、もうお忘れに?」


「過ぎたことだ! 私は寛大だからな、君のこれまでの奇行も『愛ゆえの狂気』として水に流してやろう。さあ、喜べナタリー! 君の悲劇は、今この瞬間、私の慈悲によって完結したのだ!」


リュカ様が自信満々に私の手を取ろうとした、その時。


「……殿下。……私の許可なく、私の『管理物』に触れようとするのは、少々無作法が過ぎるのでは?」


セドリック様の、地を這うような低い声。
彼は私の肩を抱き寄せ、リュカ様の差し出した手を、冷たく払い除けた。


「セドリック、君は黙っていろ! これは私とナタリーの愛の再燃の問題だ!」


「愛の再燃……。……その火種は、私が先ほどバルコニーで、跡形もなく踏み消してきましたよ。……殿下、彼女が今、誰の所有(もの)であるか、その鈍い頭でも理解できるまで説明して差し上げましょうか?」


セドリック様の眼鏡の奥で、鋭い殺気が走った。
……所有。……セドリック様、公衆の面前でまたそんな『独占欲』の塊のような言葉を……!


「な……!? セドリック、君、まさかナタリーを本当に……。……いや、そんなはずはない! ナタリー、君も何か言ったらどうだ! 私という太陽の元へ戻りたいだろう!?」


リュカ様に詰め寄られ、私はフッと、深い深い溜息をついた。
それから、大袈裟に胸を押さえ、白目を剥きかけるフリをして、その場に崩れ落ちた。


「……ああ。……見えますわ。……リュカ様のその、あまりにも一方的な『おめでたさ』が、私の脳細胞を一つ一つ、絶望のハンマーで叩き壊していく光景が……!」


「ナ、ナタリー!?」


「……もう、限界ですわ。……私の心臓は今、王子の図々しさという名の過負荷に耐えきれず、活動を停止いたしました……。……さようなら、皆様。……私の遺灰は、特注の黒インクに混ぜて、セドリック様の仕事机に置いてくださいまし……」


私は、セドリック様の腕の中に、ぐったりと身を預けた。
……これ、一番やりたかったポーズですわ!


「……おい、ナタリー。……倒れるなら、もう少し控えめにしろ。……殿下、見ての通りです。……彼女はあなたの厚顔無恥な提案により、一時的に『魂がログアウト』しました。……これ以上の婚約復活などの発言は、彼女の命に関わります」


「そ、そんな馬鹿な……! 私の求婚で、死にかけるなんて……!」


リュカ様が愕然として崩れ落ちる。
その隙に、セドリック様は私を軽々と横抱きに(お姫様抱っこ!)した。


「……お前という女は、本当に最後まで……。……皆様、失礼。主役が『精神的な死』を迎えましたので、本日のパーティーはこれにて終了とさせていただきます。……お引き取りを」


セドリック様は、私を抱えたまま、呆然とする招待客と王子を置き去りにして、会場を後にした。


「……セドリック様」

廊下に出たあたりで、私は彼の耳元でこっそり囁いた。


「……今の私の『死んだふり』、百点満点でしたでしょう?」


「…マイナス一万点だ、この狸寝入り令嬢。……心臓が、私の腕に響くほど元気に跳ねているぞ」


「あら。……それは、あなたに抱きしめられている、別の『生命の危機』のせいなんですのよ?」


私がニヤリと笑うと、セドリック様は私を下ろすことなく、さらに強く抱きしめ直した。


「……なら、一生死にそうになっていろ。……私が何度でも、生き返らせてやるから」


立ち直れない令嬢の「逆襲」は、王子の自爆と共に幕を閉じ。
物語は、いよいよ「悲劇のヒロイン」の仮面を脱ぎ捨てる、最終局面へと向かっていくのだった。
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