泣き喚け! 婚約破棄された悪役令嬢は、全速力でどん底へ

八雲

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「……はな、離してくださいまし! 今の私は、王子の無神経な言葉によって粉々になった、ただの『令嬢だったゴミ』ですのよ! ゴミはゴミ箱へ、悲劇は奈落へ、私を早く床に捨ててちょうだい!」


公爵邸の静かな離れ。
パーティー会場の喧騒が遠のいた廊下で、私はセドリック様の腕の中でじたばたと暴れてみせた。


お姫様抱っこ。なんて恐ろしい響きかしら。
私の全体重を他人に預けるなんて、悲劇のヒロインというより、ただの「重たい荷物」ですわ。


「ゴミがこんなにやかましく喋るか。……それに、お前はもう『悲劇』の看板を下ろしたはずだ。……さっきのバルコニーでの誓いを、もう忘れたのか?」


セドリック様は私を降ろすどころか、さらに深く、私の体にその長い腕を食い込ませた。
そのまま、彼は賓客用の静かな応接室へと入り、扉を足で乱暴に閉めた。


「……セ、セドリック様。……扉を足で閉めるなんて、なんて……なんてワイルドで非道な振る舞い! 私、怖くて……怖くて……心臓の動悸が、愛のビートを刻んでしまいますわ……!」


「…お前、いい加減にしろ」


セドリック様は、私をふかふかのソファの上に、驚くほど優しく下ろした。
私は弾むようにソファに沈み込み、慌ててスカートの裾を整える。


「……さて。……ナタリー。……逃げ場はないぞ」


セドリック様が、眼鏡を外してテーブルの上に置いた。
……ああっ、いけませんわ! 眼鏡という名の「理性のリミッター」を外すなんて!


眼鏡のない彼の瞳は、いつもよりずっと深くて、射抜くような鋭さを持っていて……。
私は思わず、手近にあったクッションを盾のように抱きしめた。


「……な、何ですの。……改まって、そんな……獲物を狙う鷹のような目で私を見て。……私、食べても美味しくありませんわよ? 失恋の毒が回って、きっと苦い味がするはずですわ!」


「……苦いかどうかは、後で確かめてやる。……今は、私の話を黙って聞け」


セドリック様は、ソファの肘掛けに手を突き、私を覗き込むようにして距離を詰めた。
彼の長い指が、私の黒いドレスの襟元に触れ、そのまま私の熱くなった頬をそっと撫でる。


「……ナタリー。……私は、お前の『悲劇』に付き合ってきた。……お前が泥を掘れば土を払い、お前が塩を撒けば掃除をさせ、お前が怪しげなポエムを書けば添削をしてやった。……それが仕事だと思っていたからだ」


「……ええ。……最高のマネージャー……いえ、死神様でしたわ」


「……だが、もう限界だ。……仕事という名目で、お前の側にいるのは、もう耐えられない」


セドリック様の声が、掠れたように低くなった。
彼は私の瞳をじっと見つめ、逃げることを許さない。


「……お前がリュカ王子の言葉に一瞬でも動揺するのが、殺したいほど憎かった。……お前が貧民街の男に惚れられるのが、不愉快で仕方がなかった。……お前という『絶望的なまでに愛おしい女』を、私以外の誰にも、一秒たりとも見せたくないんだ」


「………………っ!」


私は、息を呑んだ。
ストレート。……あまりにもストレートな、執着の言葉。
私の脳内の「悲劇の脚本家」が、あまりの展開に筆を投げ出して逃げ出していく。


「……ナタリー・ゴールドマン。……私は、お前を愛している。……悲劇を演じているお前も、強情なお前も、マドレーヌを頬張っている時のお前も……。そのすべてを、私の人生という名の『管理台帳』に、一生刻み続けたいんだ」


「………………あ」


私は、クッションを抱えたまま、口をパクパクとさせた。
……管理台帳。……愛している。……一生。


「……あ、ああ、ああああああああ!! なんてこと! なんてことですの!!」


私は突然、ソファの上で頭を抱えてのけ反った。


「な、なんだ。……急に叫び出して……」


「セドリック様! あなた、私を『愛』という名の猛毒で殺すおつもりね!? ……今の言葉、私の鼓膜を突き破って、直接魂に焼き付いてしまいましたわ! ……ああ、恐ろしい! 冷徹宰相補佐官が、実は私を『食べちゃいたいほど独占したい狂人』だったなんて! ……これ以上の悲劇がありますかしら!!」


「……狂人とは人聞きが悪いな。……私は、至って真面目に求婚しているんだが」


「真面目なのが一番怖いですわよ!! ……ああ、もう! 私の『立ち直れない』という設定が、あなたのせいで……あなたのその、……不器用で、熱すぎる愛のせいで……! 木っ端微塵に粉砕されましたわ!」


私はクッションに顔を埋め、足をバタバタとさせた。
嬉しい。……悔しいけれど、心臓が爆発しそうなほど、嬉しい。


「……認めますわよ! 認めればいいんでしょう!? ……私、……私も、……セドリック様のことが、憎たらしいほど大好きですわよ!!」


クッション越しに叫んだ私の声。
部屋の中が、一瞬で静まり返った。


私は恐る恐る、クッションの隙間からセドリック様の様子を伺った。


「……今、なんて言った?」


セドリック様が、彫刻のように固まっていた。
その顔は、耳の先まで真っ赤に染まっている。


「二度は言いませんわ! ……とにかく! 私は今日から、『セドリック様に愛されすぎて困ってしまう可哀想な私』という、新しい悲劇のジャンルを開拓することに決めましたの! ……覚悟なさい、私の愛は、泥のスープよりも濃くて重いですわよ!」


「………ふん。……望むところだ。……濃かろうが重かろうが、すべて私が……一滴残らず飲み干してやる」


セドリック様は、ようやく眼鏡をかけ直すと、不敵に……しかし、最高に幸せそうに笑った。


「……ナタリー。……もう一度、お前のその『立ち直れない』という口癖を、愛の言葉で上書きしてやる。……来い」


「嫌ですわ! 私、まだ心の準備が……ああっ! またお姫様抱っこ!? ……セドリック様、あなた、意外と強引なのがお好きなんですのね!?」


「……お前の教育係をなめるな」


こうして、私の「婚約破棄から始まる立ち直れない悲劇」は。
「一人の男による、終わりのない溺愛という名の監禁(という名の幸せ)」へと、華麗に……いえ、カオスに転換されたのである。


……私を愛で殺すなんて、本当に……本当に、最高にドラマチックな仕打ちですわ!!
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