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あれから、一年が過ぎた。
かつて「不毛の地」と呼ばれ、地図上では紫色の毒々しい色で塗られていた魔境ヴォルカ。
その場所は今、大陸中の誰もが憧れる聖地となっていた。
「いらっしゃいませぇーッ!! ベルガモット・リゾートへようこそッ!!」
ゲートの前で、野太く、しかしよく通るバリトンボイスが響く。
声を張り上げているのは、見事に日焼けし、鋼のような筋肉を纏った一人の青年。
胸板は厚く、上腕二頭筋は服の袖をパツパツに張り詰めさせている。
元・第二王子、アレックだ。
「お客様! お荷物をお持ちします! サイドチェストッ!」
彼は軽々と巨大なトランクを持ち上げ、ポージングを決めた。
かつてのヒョロヒョロとした姿は見る影もない。
強制労働という名の「超・肉体改造」を経て、彼はリゾートでも一、二を争うマッチョなポーターへと変貌を遂げていた。
「あらあら、アレックさんたら張り切っちゃってぇ。……オーダー入りますぅ! ドラゴン定食三丁!」
厨房から顔を出したのは、これまた健康的な小麦色に焼けたミナだ。
フリル付きのエプロンを着ているが、その腕は重いジョッキを十個同時に持てるほど逞しくなっている。
虚言癖は相変わらずだが、今は「客を楽しませるホラ話」としてチップを稼ぐ才能に昇華されていた。
「二人とも、いい動きね」
私はテラスからその様子を眺め、満足げにプロテイン(祝・新発売イチゴ味)を飲んだ。
「彼らもようやく、この土地の『常識』に馴染んだようね」
「馴染みすぎだろう。最近ではアレックなぞ、『王都の軟弱な生活には戻れない』と筋トレに励んでいるぞ」
隣で苦笑するのは、私の夫であり、ガレリア帝国の皇帝、そしてこのリゾートの共同経営者であるシリウスだ。
彼は約束通り、帝都とリゾートを繋ぐ「転移ゲート」を設置した。
おかげで、今の私たちは「平日は帝都で公務、週末はリゾートでスローライフ」という、誰も真似できない二拠点生活を送っている。
「平和ねぇ、シロ」
「ああ。……平和すぎて、退屈か?」
「まさか」
私は庭を見下ろした。
ガストンたち冒険者(警備部)が、ドラゴンと追いかけっこをして遊んでいる。
温泉からは湯煙と共に、客たちの笑い声が聞こえる。
「退屈する暇なんてないわ。明日は新しい『ダンジョン風アスレチック』のオープン日だし、来週はドラゴンの出産予定日だし」
「ふっ、相変わらず働き者だな、私の皇后は」
シリウスが私の肩を抱き寄せる。
左手の薬指には、オリハルコンの指輪が輝いている。
そう、私たちは先月、このリゾートで結婚式を挙げた。
両国の要人を招き、ウエディングケーキの代わりに「巨大ドラゴン肉タワー」に入刀したあの式は、後世まで語り継がれる伝説となった(主にその物理的なインパクトのせいで)。
「コロロ」
シリウスが改まった声で私を呼んだ。
「ん?」
「……幸せか?」
彼は真剣な瞳で私を見つめてくる。
出会った頃よりも、さらに深く、優しいアイスブルーの瞳。
私は少し考えて、ニカッと笑った。
「ええ、もちろん!」
私は力こぶを作って見せた。
「好きな場所で、好きなだけ食べて、好きなだけ筋肉を鍛えられる。そして隣には、私の暴走を受け止めてくれる最強のパートナーがいる」
私は彼の手を握り返した。
その手は、皇帝のそれでありながら、一緒にリゾートを開拓した同志の手でもあった。
「これ以上の幸せなんて、どこを探してもないわ」
「……そうか」
シリウスは安堵したように微笑み、私の額にキスをした。
「なら、私も幸せだ。君が笑っていてくれるなら、それだけで国の一つや二つ、富ませる甲斐があるというものだ」
「あら、国より私?」
「当然だ。国は代わりがいても、コロロ・フォン・ベルガモットという『劇薬』の代わりはいないからな」
「劇薬扱いしないでよ!」
私が抗議すると、彼は声を上げて笑った。
その時、下からアレックの声が聞こえてきた。
「おーい! コロロ! 陛下! そろそろ休憩時間だぞ! 一緒にプロテイン飲もうぜ!」
「ミナも新作のクッキー焼きましたぁ! 今度はちゃんと噛めますよぉ!」
「……やれやれ、騒がしい連中だ」
シリウスが肩をすくめる。
「行きましょう、シロ。筋肉のゴールデンタイムを逃しちゃうわ」
「ああ。……競争するか?」
「望むところよ!」
私はドレスの裾を捲り上げ(下はスパッツ着用)、バルコニーの手すりに足をかけた。
「負けた方が、今日の夕食の皿洗いね!」
「ハンデはいらんぞ!」
「いらないわよ!」
タンッ!
私たちは同時に地面を蹴った。
階段など使わない。
リゾートの壁面を、パルクールのように軽やかに駆け降りていく。
風を切る感覚。
全身の筋肉が躍動する喜び。
かつて、婚約破棄された夜。
私は「自由」を求めてこの荒野に来た。
そして今、私は手に入れた。
最強の肉体と。
最高の仲間たちと。
そして、最愛の夫を。
「行くわよ、私の人生(マッスル・ライフ)はここからが本番よ!」
私は空に向かって、高らかに笑い声を上げた。
太陽が輝く空の下。
ベルガモット・リゾートは、今日も筋肉と愛と、少しの混沌に包まれて、最高に輝いている。
かつて「不毛の地」と呼ばれ、地図上では紫色の毒々しい色で塗られていた魔境ヴォルカ。
その場所は今、大陸中の誰もが憧れる聖地となっていた。
「いらっしゃいませぇーッ!! ベルガモット・リゾートへようこそッ!!」
ゲートの前で、野太く、しかしよく通るバリトンボイスが響く。
声を張り上げているのは、見事に日焼けし、鋼のような筋肉を纏った一人の青年。
胸板は厚く、上腕二頭筋は服の袖をパツパツに張り詰めさせている。
元・第二王子、アレックだ。
「お客様! お荷物をお持ちします! サイドチェストッ!」
彼は軽々と巨大なトランクを持ち上げ、ポージングを決めた。
かつてのヒョロヒョロとした姿は見る影もない。
強制労働という名の「超・肉体改造」を経て、彼はリゾートでも一、二を争うマッチョなポーターへと変貌を遂げていた。
「あらあら、アレックさんたら張り切っちゃってぇ。……オーダー入りますぅ! ドラゴン定食三丁!」
厨房から顔を出したのは、これまた健康的な小麦色に焼けたミナだ。
フリル付きのエプロンを着ているが、その腕は重いジョッキを十個同時に持てるほど逞しくなっている。
虚言癖は相変わらずだが、今は「客を楽しませるホラ話」としてチップを稼ぐ才能に昇華されていた。
「二人とも、いい動きね」
私はテラスからその様子を眺め、満足げにプロテイン(祝・新発売イチゴ味)を飲んだ。
「彼らもようやく、この土地の『常識』に馴染んだようね」
「馴染みすぎだろう。最近ではアレックなぞ、『王都の軟弱な生活には戻れない』と筋トレに励んでいるぞ」
隣で苦笑するのは、私の夫であり、ガレリア帝国の皇帝、そしてこのリゾートの共同経営者であるシリウスだ。
彼は約束通り、帝都とリゾートを繋ぐ「転移ゲート」を設置した。
おかげで、今の私たちは「平日は帝都で公務、週末はリゾートでスローライフ」という、誰も真似できない二拠点生活を送っている。
「平和ねぇ、シロ」
「ああ。……平和すぎて、退屈か?」
「まさか」
私は庭を見下ろした。
ガストンたち冒険者(警備部)が、ドラゴンと追いかけっこをして遊んでいる。
温泉からは湯煙と共に、客たちの笑い声が聞こえる。
「退屈する暇なんてないわ。明日は新しい『ダンジョン風アスレチック』のオープン日だし、来週はドラゴンの出産予定日だし」
「ふっ、相変わらず働き者だな、私の皇后は」
シリウスが私の肩を抱き寄せる。
左手の薬指には、オリハルコンの指輪が輝いている。
そう、私たちは先月、このリゾートで結婚式を挙げた。
両国の要人を招き、ウエディングケーキの代わりに「巨大ドラゴン肉タワー」に入刀したあの式は、後世まで語り継がれる伝説となった(主にその物理的なインパクトのせいで)。
「コロロ」
シリウスが改まった声で私を呼んだ。
「ん?」
「……幸せか?」
彼は真剣な瞳で私を見つめてくる。
出会った頃よりも、さらに深く、優しいアイスブルーの瞳。
私は少し考えて、ニカッと笑った。
「ええ、もちろん!」
私は力こぶを作って見せた。
「好きな場所で、好きなだけ食べて、好きなだけ筋肉を鍛えられる。そして隣には、私の暴走を受け止めてくれる最強のパートナーがいる」
私は彼の手を握り返した。
その手は、皇帝のそれでありながら、一緒にリゾートを開拓した同志の手でもあった。
「これ以上の幸せなんて、どこを探してもないわ」
「……そうか」
シリウスは安堵したように微笑み、私の額にキスをした。
「なら、私も幸せだ。君が笑っていてくれるなら、それだけで国の一つや二つ、富ませる甲斐があるというものだ」
「あら、国より私?」
「当然だ。国は代わりがいても、コロロ・フォン・ベルガモットという『劇薬』の代わりはいないからな」
「劇薬扱いしないでよ!」
私が抗議すると、彼は声を上げて笑った。
その時、下からアレックの声が聞こえてきた。
「おーい! コロロ! 陛下! そろそろ休憩時間だぞ! 一緒にプロテイン飲もうぜ!」
「ミナも新作のクッキー焼きましたぁ! 今度はちゃんと噛めますよぉ!」
「……やれやれ、騒がしい連中だ」
シリウスが肩をすくめる。
「行きましょう、シロ。筋肉のゴールデンタイムを逃しちゃうわ」
「ああ。……競争するか?」
「望むところよ!」
私はドレスの裾を捲り上げ(下はスパッツ着用)、バルコニーの手すりに足をかけた。
「負けた方が、今日の夕食の皿洗いね!」
「ハンデはいらんぞ!」
「いらないわよ!」
タンッ!
私たちは同時に地面を蹴った。
階段など使わない。
リゾートの壁面を、パルクールのように軽やかに駆け降りていく。
風を切る感覚。
全身の筋肉が躍動する喜び。
かつて、婚約破棄された夜。
私は「自由」を求めてこの荒野に来た。
そして今、私は手に入れた。
最強の肉体と。
最高の仲間たちと。
そして、最愛の夫を。
「行くわよ、私の人生(マッスル・ライフ)はここからが本番よ!」
私は空に向かって、高らかに笑い声を上げた。
太陽が輝く空の下。
ベルガモット・リゾートは、今日も筋肉と愛と、少しの混沌に包まれて、最高に輝いている。
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