婚約破棄と『ざまぁ』される準備は万端です!

ハチワレ

文字の大きさ
15 / 28

15

しおりを挟む
「……納得がいきませんわ。全くもって、納得がいきませんわよ!」

私は騎士団本部の地下へと続く階段を、ドカドカと激しい足音を立てて降りていました。

後ろからは、呆れ果てた様子のジーク様がついてきます。

「リリル様、いい加減にしてください。冤罪は晴れたのです。あなたは自由の身なんですよ。なぜわざわざ、地下牢(ここ)へ向かっているのですか」

「自由!? あんな『朝から晩まで筋肉たちの献立を考える激務』のどこが自由ですの!? 私の求めていた自由は、石壁に囲まれた静寂! そして、三食昼寝付きの国家保障生活ですわ!」

私は地下牢の入り口に立つ門番の騎士を、扇でビシッと指差しました。

「そこな筋肉! 今すぐ一番奥の、日当たりが悪くてジメジメした独房を開けなさいな! 私は今から、そこで『国家転覆の妄想』という名の長期休暇に入ることに決めましたわ!」

「えっ……。あ、いや、リリル総監督……。罪を犯していない方を収容するわけには……」

門番が困ったようにジーク様を見ます。

「おだまりなさい! 私は今、あなたの鼻先を扇で叩くという暴行を働きましたわよ! 立派な現行犯ですわ! さあ、手錠をかけなさい! 重厚な鉄格子の向こう側へ私をエスコートするのですわ!」

「リリル様、それは暴行ではなく『じゃれつき』の範疇です」

ジーク様が背後から私の首根っこをひょいと掴みました。

「な、なんですの! 離しなさい! 私は……私はもう、包丁もレシピ本も見たくないのですわ! 私はただ、暗い部屋で丸まって、誰とも喋らずに一日十六時間寝ていたいだけなんですの!」

「……そうですか。そこまで言うのなら、仕方がありませんね」

ジーク様はふっと溜息をつくと、門番に目配せをしました。

「……一番奥の独房を開けろ。彼女の『希望』通りにしてやる」

「は、はい! 承知しました!」

門番が慌てて鍵束を取り出し、鉄格子を開けました。

「おーっほっほっほ! 分かればよろしいのですわ、ジーク様! さようなら、騒がしい地上! こんにちは、私の安眠の聖域!」

私は勝ち誇った笑顔で、薄暗い独房の中へと飛び込みました。

中は想像通り、質素な石造りの部屋。小さなベッドと、小さな机があるだけです。

「……素晴らしいわ。この、何もなさが最高ですわ。これこそが悪役令嬢の終着駅……」

私は早速、硬いベッドに横たわり、至福の二度寝に入ろうと目を閉じました。

――ガチャリ。

重厚な鉄扉が閉まる音が響きました。

(ああ、これよ。この孤独の音……。これでようやく、私のぐうたら人生が……)

「……さて。では、業務を始めましょうか」

「…………はい?」

聞き覚えのある低音が、すぐ近くで聞こえました。

私は目を開けました。

そこには、鉄格子の『内側』で、腕を組んで立っているジーク様の姿がありました。

「な、ななな……なんですの!? あなた、なぜ中にいらっしゃるんですの!?」

「騎士団長として、重要囚人の監視を行うのは当然の責務です。……それから門番、例のものを運び込め」

「はい!」

鉄格子の隙間から、次々と運び込まれてきたのは――。

ふかふかの羽毛布団。
最高級のクッション。
小さなテーブルと椅子。
そして、山積みにされた新作レシピの資料と、湯気が立つ淹れたての紅茶でした。

「な、何ですの、このラグジュアリーな独房は! 私の『地獄の沙汰も金次第』な雰囲気をぶち壊さないでちょうだい!」

「リリル様。あなたがここを動きたくないというのなら、ここをあなたの執務室に改造するまでです。……さあ、寝転がったままで構いませんから、明日の騎士団大演習後のスタミナメニューの選定を始めましょう」

ジーク様は私の枕元に座り込み、平然と書類を広げました。

「嫌ですわ! 私は寝るためにここに来たんですのよ!」

「ええ。ですから、一項目終わるごとに、十分間の睡眠時間を許可しましょう。……ちなみに、今日の夕食は私が腕によりをかけて、あなたが以前食べたいと言っていた『極厚ステーキ』を焼く予定ですが……」

「……じ、ジーク様が、焼くんですの?」

「ええ。あなたの指導のおかげで、私も多少は火の扱いが上手くなりましたから。……どうします? ここで食べるなら、私が一口ずつ切り分けて差し上げますが」

(……監獄で、騎士団長によるあーん付きのステーキ……?)

それはもはや刑罰ではなく、ただの密室デートではありませんか。

「……リリル様。逃げ場はありませんよ。地上の食堂か、この地下牢か。どちらにせよ、あなたは私の手の内から出られないのですから」

ジーク様が、私の髪を一房掬い上げ、優しく指先に絡めました。

その瞳は、逃亡を企てる獲物を追い詰めた猛獣のように、鋭く、そして熱く輝いていました。

「……な、ななな……っ」

私は顔が沸騰するかと思うほど赤くなり、シーツを頭まで被りました。

「お、おだまりなさい! 分かりましたわよ! やればいいんでしょう、やれば! ただし、ステーキは一番いい部位を用意してちょうだい!」

「承知しました。……可愛い囚人さん」

(……なんなのよ、もう! 私のぐうたら計画を邪魔する最大の障害は、監獄の壁よりも、この男の過保護な執着心ですわ!)

結局、私は独房という名の「超VIPルーム」で、相変わらずジーク様に振り回されることになったのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

《完結》戦利品にされた公爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
戦いの《戦利品》として公爵邸に連れて行かれた公爵令嬢の運命は?

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

悪役令嬢ですが、兄たちが過保護すぎて恋ができません

由香
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・セレフィーナに転生した私。 破滅回避のため、目立たず静かに生きる――はずだった。 しかし現実は、三人の兄による全力溺愛&完全監視生活。 外出には護衛、交友関係は管理制、笑顔すら規制対象!? さらに兄の親友である最強騎士・カインが護衛として加わり、 静かで誠実な優しさに、次第に心が揺れていく。 「恋をすると破滅する」 そう信じて避けてきた想いの先で待っていたのは、 断罪も修羅場もない、安心で騒がしい未来だった――。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...