婚約破棄と『ざまぁ』される準備は万端です!

ハチワレ

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「……リリル・フォン・アストレア! あなたの罪は、もはや毒殺未遂程度では済みませんわよ!」

地下牢という名の「ジーク様特製・超豪華執務室」で、私が最高級のクッキーを頬張っていた時のことです。

またしても鉄格子を激しく叩きながら、マリアナ様がヒースクリフ王太子を引き連れて現れました。

(……この方、本当に暇なんですのね。マリアナ様の辞書に『静養』という言葉はございませんの?)

私はクッキーの粉をパパッとはらい、優雅にベッドの上で足を組みました。

「おーっほっほっほ! 今度は何かしら? 私が騎士たちの筋肉を鑑賞しすぎて、国家の風紀を乱した罪で死刑にでもなるのかしら?」

「ふん、余裕でいられるのも今のうちですわ。……これを見なさい!」

マリアナ様が鉄格子の隙間から投げ入れたのは、数枚の書状でした。

そこには、隣国の公用語で何やら怪しげな暗号のようなものが記されています。

「それは、隣国のスパイと連絡を取り合っていた証拠ですわ! あなたが騎士団の食事を改善したのも、実は騎士たちを骨抜きにして、内部情報を盗み出すためだったのでしょう!?」

「なっ……、内部情報!?」

私は思わず立ち上がりました。

(そんな面倒なことするはずないでしょう!? 情報を盗むために歩き回る体力が、私にあると思って!?)

「リリル……。本当なのか? 君が、我が国を裏切るような真似を……」

ヒースクリフ様が、信じられないものを見るような目で私を見つめます。

私は高笑いをして誤魔化そうとしましたが、流石に「国家反逆罪」は笑えません。

「……え、ええ、そうですわ! 私は……私は、隣国の王室で一生ぐうたら寝て暮らす権利を手に入れるために、この国の……ええと、騎士たちの胃袋の秘密を売ったのですわ!」

私はヤケクソで叫びました。

これで、ジーク様も私を軽蔑し、この「お世話」という名の監視から解放してくれるはず……。

しかし、背後で書類を整理していたジーク様の反応は、私の予想を遥かに超えるものでした。

「……くっ、くふふ……ははははは!」

地響きのような、豪快な笑い声。

ジーク様が、お腹を抱えて笑い出したのです。

「じ、ジーク卿!? 何がおかしいんですの!? 彼女は今、自白しましたわよ!」

マリアナ様が顔を真っ赤にして叫びます。ジーク様は涙を拭いながら、マリアナ様を冷たく見下ろしました。

「失礼。あまりにも滑稽な主張だったので。……殿下、マリアナ令嬢。あなた方は、このリリルという女性を過大評価しすぎです」

「……過大評価?」

「ええ。彼女がスパイ? あり得ませんね。……なぜなら彼女は、暗号を書くどころか、自分の日記すら『ペンを持つのも面倒だわ』と言って三日で放り出すような、究極の怠け者だからですよ」

(……ちょっと。それ、擁護になってますの?)

ジーク様は鉄格子の前に立ち、ヒースクリフ様に向かって断言しました。

「いいですか。スパイ活動というものは、緻密な計画、迅速な行動、そして何より『勤勉さ』が必要です。しかし、彼女を見てください。先ほどから、私が運んだクッキーを、手を伸ばすのも面倒だという理由で、寝転がったまま口に放り込んでいたんですよ?」

「…………」

ヒースクリフ様が、絶句して私を見ます。

「さらに言えば、隣国へ情報を送るには、秘密の連絡場所まで歩かなければなりません。ですが、彼女はアパートから市場へ行くのすら『移動距離が十メートルを超えると私の高貴な足が悲鳴を上げますわ』と泣き言を言う女です。そんな彼女が、わざわざ街の外れのスパイと会うと思いますか?」

「……それは、まあ、確かに……」

王太子が、妙に納得したような顔で頷き始めました。

「リリル・フォン・アストレアは、悪意を抱くことすら『カロリーの無駄ですわ』と言って切り捨てる、ある意味で世界一無害な女性なのですよ。……スパイ? そんな面倒な二重生活、彼女が三時間以上耐えられるはずがない」

ジーク様は私の肩をガシッと掴み、誇らしげに(?)胸を張りました。

「マリアナ令嬢。この書状は、誰かが彼女の荷物に無理やり忍ばせた偽造品でしょう。……そもそも、彼女の筆跡はもっとこう……『やる気のない丸文字』ですから」

(……そこまで言わなくてもよろしいじゃないの!)

私は恥ずかしさのあまり、顔を覆いました。

「そ、そんな……。でも、彼女は自分から認めたんですわよ!」

「ええ、認めましたね。……『捕まれば働かなくて済む』という、あまりにも短絡的な逃避願望のためにね。……リリル様、そうでしょう?」

ジーク様の、冷え冷えとした微笑みが私に向けられました。

「……ひ、ひぃっ! な、何のことかしら……。お、おーっほっほ……」

「殿下、この件は私が預かります。……そしてマリアナ令嬢。これ以上彼女を『働かせようとする』ような騒ぎを起こさないでいただきたい。……彼女が本気で仕事をボイコットしたら、騎士団の士気が壊滅しますからね」

ジーク様の凄まじい威圧感に、マリアナ様は「ひ、ひぃぃん……!」と情けない声を上げて、王太子の後ろに隠れました。

「……分かった、ジーク卿。君がそこまで言うなら、今回の件は不問にしよう。……リリル、君の……その、徹底した怠惰さには、ある種の敬意を表するよ」

ヒースクリフ様が、哀れみの混じった複雑な表情で去っていきました。

静まり返った地下牢。

私はジーク様の手を振り払い、膨れっ面をしました。

「……なんですの、あの擁護! 私をただの『動きたくない肉塊』みたいに言って! 悪役令嬢としての威厳がズタズタですわよ!」

「事実でしょう? あなたが今、私に文句を言いながらも、ベッドから一歩も降りようとしていないのがその証拠です」

ジーク様はそう言うと、私の隣に腰掛けました。

「リリル様。あなたがどれだけ『悪いこと』をして逃げようとしても、私がそのすべてを『怠惰』の一言で無効化してあげますよ。……あなたは、私の目の届くところで、一生ダラダラしていればいいんです」

「……それ、一生の呪いじゃありませんこと?」

「いいえ。……私からの、最高の愛の告白です」

ジーク様は、私の額に優しく口づけを落としました。

(……なっ……!?)

その瞬間、私の頭は「怠惰」どころか、フル回転で真っ赤にオーバーヒートしてしまいました。

「お、おだまりなさい、この筋肉枕! 私は……私は、あなたに愛される暇があったら、夢の中で最高の美食を楽しむんですからね!」

私は真っ赤な顔で布団を被り、ジーク様から必死に顔を隠しました。

どうやら私の「自由への戦い」は、いつの間にか「ジーク様の包囲網から逃げ出す戦い」にすり替わってしまったようです。
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