「婚約破棄? 承諾いたしますわ。要点を三行でまとめてくださる?」

ハチワレ

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「ベルベット・フォン・ローゼライト公爵令嬢! 貴様との婚約を、今この場をもって破棄させてもらう!」


きらびやかなシャンデリアが輝く、卒業パーティーの真っ最中。
第一王子であるライオネル様は、会場の中心で声を張り上げました。


その傍らには、可憐な花のような男爵令嬢、クロエ様が震えながら寄り添っています。
周囲の貴族たちは息を呑み、劇的な展開を期待して私たちを囲みました。


私は手にしていたシャンパングラスを、給仕の盆にそっと戻します。
そして、扇を取り出すこともなく、無表情のままライオネル様を見つめました。


「承知いたしました。では、これにて失礼してもよろしいかしら?」


「……は?」


ライオネル様が間抜けな声を漏らしました。
どうやら私が泣き崩れるか、あるいは激昂してクロエ様に掴みかかるのを期待していたようです。


「……いや、待て! 話はまだ終わっていないぞ! 貴様には数々の罪状があるのだ!」


「殿下。パーティーの終了まで残り四十五分しかございません。お説教を承る時間は私のスケジュールに組み込まれておりませんので、要点だけを三行以内でまとめていただけますか?」


「三行だと!? ふざけるな! まず貴様はクロエの教科書を破り、階段から突き落とそうとし、さらには夜な夜な呪いの儀式に耽っていたというではないか!」


私は人差し指を立てて、ライオネル様の言葉を遮ります。


「まず一点目。教科書を破るという行為は、紙資源の無駄遣いであり、公爵令嬢である私の美学に反します。破るくらいなら、その内容をより効率的な学習指導要領に書き換えて差し上げたほうが有益ですわ」


「な、何を……」


「二点目。階段から突き落とすという行為は、重力に任せた他力本願な攻撃手段です。もし私が本気で彼女を排除したいのであれば、物理的な接触を避け、合法的に彼女の家系を経済破綻に追い込みます。その方が確実です」


私は冷徹な視線を、震えるクロエ様に向けました。
クロエ様は「ひぃっ」と小さく鳴いて、王子の背後に隠れます。


「そして三点目。呪いの儀式……。殿下、私がいつそんな非科学的なことに時間を割いたとおっしゃるのですか? 深夜の私は、次期王妃として必要な領地経営の試算と、騎士団の食糧調達コストの削減案を作成しておりました。呪う暇があるなら、一文字でも多く書類を書きますわ」


「き、貴様……っ! そうやって理屈を並べ立てて、クロエの心を傷つけたのだ! その冷酷な性格こそが、悪女の証拠だと言っているのだ!」


ライオネル様は顔を真っ赤にして叫びました。
周囲の貴族たちからも「確かにベルベット様は可愛げがない」「氷の公爵令嬢だ」と、ひそひそ声が聞こえてきます。


私は小さくため息をつきました。
この状況、非常に非生産的です。


「殿下、論点がズレております。婚約破棄をしたいのであれば、感情論ではなく手続きの話をしましょう。私の同意はすでに得られました。あとは書面による合意と、慰謝料の算定、そして婚約維持のために投じられたローゼライト家の資金の返還計画を立てるだけです」


「い、いしゃりょう!? 被害者はクロエの方なのだぞ!」


「あら。婚約は国家間の、いえ、王家と公爵家の正式な契約です。一方的な破棄は契約違反にあたります。それとも、王家は国際的な信用よりも、そちらの男爵令嬢との『真実の愛』という名の脳内内分泌物質を優先されるのですか?」


「の、のうない……なんだと……?」


「愛という不確かな感情のために、北部の防衛を担う我が家との繋がりを断つのですから、相応の対価は支払っていただかなくては。……あぁ、そうでした。殿下は計算が苦手でいらっしゃいましたね」


私はスッと、ドレスの隠しポケットから一冊の薄い手帳を取り出しました。
それは、私がこの三年間で王子のために費やした時間と費用のメモです。


「殿下とのティータイム。合計四百三十二時間。その間に私が処理できたはずの書類、約二千枚。これを現在の私の時給に換算しますと……」


「時給!? 公爵令嬢に時給があるわけなかろう!」


「私の労働価値を侮らないでいただきたい。私が父の代理で行った公共事業の差配により、この国の税収は昨年度比で三パーセント向上しております。その私が、殿下の『今日は天気がいいね』という中身のない会話に付き合わされた損失は、計り知れませんわ」


会場は静まり返りました。
もはや、どちらが悪役なのか分からない空気が漂い始めます。


「結論を申し上げます。婚約破棄は全面的に受け入れます。万々歳です。これでようやく、私は無駄な茶会から解放され、より効率的な人生を歩むことができます」


「……万々歳、だと?」


「はい。殿下。お幸せに。クロエ様も、将来の王妃として年間三千枚以上の書類に判を押し、深夜まで予算会議に出席する毎日を楽しんでくださいませ。あ、そうそう。殿下の浮気癖の管理も、スケジュールに組み込んでおくことをお勧めしますわ」


私は優雅に、完璧な角度でカーテシーを披露しました。
ライオネル様は言葉を失い、口をパクパクとさせています。


「では、これにて。あ、給仕の方。残ったオードブルは勿体ないので、後で騎士団の詰所にでも差し入れておいてください。廃棄は厳禁ですわよ」


私は振り返ることなく、会場の扉へと歩き出しました。
後ろでライオネル様が何かを叫んでいましたが、意味のない騒音は私の耳には届きません。


(さて……。まずは父様に、王家からどれだけの違約金をもぎ取るかプレゼン資料を作らなくては)


私の頭の中では、すでに新しい人生の損益計算書が動き始めていました。
前世なんて知りません。
私は今、この瞬間、最高に自由で合理的な未来を手に入れたのです。


「……おっと」


会場を出ようとした私の前に、一人の大男が立ちはだかりました。
漆黒の甲冑に身を包んだ、近衛騎士団長のジークフルト様です。


「ベルベット様。……お見事な論破でした」


彼は険しい顔のまま、なぜか私の前に跪きました。


「……邪魔です。今、計算の邪魔をされたので、私の脳内メモリが一時的にフリーズしました。退いていただけますか?」


「それは失礼した。だが、一点だけ訂正していただきたい。殿下との時間は無駄だったかもしれないが、貴女のその言葉の刃に救われた者も、ここにはいるのだ」


「は? 何を言って……」


「貴女に婚約破棄を突きつけるとは、殿下は正気ではない。……良ければ、私の執務室で計算の続きをしませんか? 貴女が欲しがっていた、北部の物流コストの資料がちょうど届いたところです」


私は足を止め、ジークフルト様の顔をまじまじと見つめました。
強面ですが、その瞳は驚くほど真剣です。


「……物流コストの資料、ですって?」


「はい。最新のものです」


「……よろしいでしょう。時間は有効に使うべきですからね。行きましょう、騎士団長様」


こうして、私の「悪役令嬢」としての新たな日々が、爆速で始まったのでした。
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