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「師匠! 大変ですわ! あの王子様……いえ、あの『動く負債』が、またしても国家予算レベルの奇行に走りましたの!」
公爵邸の図書室。
私とジークフルト様が騎士団の兵站管理(ロジスティクス)を再構築していたところへ、クロエ様が血相を変えて飛び込んできました。
彼女の手には、王宮の財務局から横流し……いえ、正当な手段で入手したと思われる報告書が握られています。
「落ち着きなさい、クロエ様。……呼吸を整え、事象を『原因』『経過』『予測される損失』の順で、一分以内にまとめなさい。パニックは脳の処理速度を低下させるだけの無駄な生理現象です」
「は、はいっ! ……まず原因ですが、ライオネル殿下が私の気を引くために『真実の愛の象徴』を建立しようと画策しました! 経過として、王都の中央広場に、純金製の『殿下と私が抱き合う巨大な像』を設置する工事が強行されようとしています!」
私は手にしていた羽根ペンを、パキリと音を立てて机に置きました。
「……純金製の、抱擁像? ジークフルト様、現在の中央広場の地盤耐荷重をご存知ですか?」
「……いや、考えたこともないが。純金で実物大以上の像を作るとなれば、数トンは下らないな。地盤沈下で周囲の露店が全滅するぞ」
ジークフルト様が呆れたように額を押さえました。
「それだけではありませんわ。クロエ様、その『真実の愛の象徴(ゴミ)』の製作費はいくらと見積もられていますか?」
「はい! 原材料費、加工費、および運搬費を含め、金貨一万枚。……しかも殿下は、これを『王宮の文化振興費』として計上しようとしているんですの! 私の実家の借金どころか、王都の排水溝掃除が十年分できる金額ですわ!」
「……ふふ、くふふふ。……あはははは!」
私は思わず、乾いた笑い声を漏らしました。
あまりにも突き抜けた「おバカ」は、もはや喜劇を通り越して、純粋な数学的破壊を伴う暴力です。
「殿下は、金(ゴールド)という金属の特性を理解していらっしゃらないようですね。金は非常に柔らかく、重い。あの広場に設置すれば、自重で足元から歪み、数ヶ月後には『抱擁』ではなく『共倒れ』の像に変化するでしょう。……まさに、彼の知性と将来性を暗示する素晴らしい芸術作品(デッドコピー)ですわね」
「師匠、笑っている場合ではありませんわ! しかも像の台座には、殿下が自作したポエムが四面に刻まれる予定なんです!『君の愛という名の重力に、僕は沈んでいく』……って、それ、ただの物理現象ですわよね!?」
クロエ様が顔を真っ赤にして叫びます。
彼女もすっかり「ポエム」を「非論理的な記号の羅列」と認識するようになりました。
教育の成果が出ていて喜ばしい限りです。
「クロエ様。ツッコミが甘いですわよ。……『君の愛という名の重力に沈む』のであれば、まず必要なのはポエムではなく、浮力(浮輪)あるいは救命ボートですわ。……ジークフルト様、近衛騎士団として、公共の安全確保という名目で工事を差し止めることは可能ですか?」
「ああ。地盤の安全性への懸念、および大型重量物の搬入による交通妨害。……これだけで、法的には十分止められる。だが、殿下は『愛を邪魔する悪魔どもめ!』と騒ぐだろうな」
「言わせておけばよろしいのです。……クロエ様。貴女は殿下にこう伝えなさい。『私の愛は二十四カラットの純金よりも、安定した利回りをもたらす国債の方が好みです』と」
「国債……! 素敵ですわ! 愛よりも利回り! その言葉、今すぐ手紙に書いて殿下の顔面に叩きつけたいです!」
クロエ様が嬉々として筆を取りました。
その背中には、かつての「可憐なヒロイン」の影など微塵もなく、有能な「財務官」のオーラが漂っています。
「……ベルベット様。殿下は、君が自分を捨てたことで、逆に君への執着を強めているようにも見える。この像も、君への当てつけではないのか?」
ジークフルト様が、少しだけ心配そうな……あるいは嫉妬の混じったような声で私に囁きました。
「執着? ……だとしたら、あまりに計算が合いませんわね。私を悔しがらせたいのであれば、像を作る金で国を豊かにし、私の予測を上回る実績を出すべきです。……金を溶かして自分の姿を作るなど、自我(エゴ)の不法投棄に他なりませんわ」
私は立ち上がり、窓の外を見つめました。
遠くに見える王宮の塔。
あの中にいる、かつての婚約者は、今この瞬間も「どうすれば自分を愛してもらえるか」という、答えのない数式に頭を抱えているのでしょう。
「愛されたいのであれば、まず『価値ある人間』になればいい。……単純な真理ですのにね。……さて、ジークフルト様。像の工事を止めるついでに、その制作に使われる予定の金を、そのまま王立銀行の準備金として強制徴収してしまいましょうか」
「……。殿下の私財をそこまで毟るのか? 彼はもう、私服すら買えなくなるぞ」
「服など、布を纏っていれば機能的には十分です。……この国の財政を健全化するためなら、殿下一人が裸同然の生活を送ることになっても、それは全体最適における軽微な誤差(エラー)ですわ」
「……君と敵対することだけは、絶対に避けようと心に誓ったよ」
ジークフルト様が苦笑し、私を促して部屋を出ました。
背後ではクロエ様が「利回りと愛の相関性に関するレポート」を爆速で書き上げています。
悪役令嬢による「愛の断捨離」。
それは、甘い幻想を徹底的に粉砕し、冷徹な現実という名の「利益」を積み上げていく、最高に刺激的なプロセスなのです。
公爵邸の図書室。
私とジークフルト様が騎士団の兵站管理(ロジスティクス)を再構築していたところへ、クロエ様が血相を変えて飛び込んできました。
彼女の手には、王宮の財務局から横流し……いえ、正当な手段で入手したと思われる報告書が握られています。
「落ち着きなさい、クロエ様。……呼吸を整え、事象を『原因』『経過』『予測される損失』の順で、一分以内にまとめなさい。パニックは脳の処理速度を低下させるだけの無駄な生理現象です」
「は、はいっ! ……まず原因ですが、ライオネル殿下が私の気を引くために『真実の愛の象徴』を建立しようと画策しました! 経過として、王都の中央広場に、純金製の『殿下と私が抱き合う巨大な像』を設置する工事が強行されようとしています!」
私は手にしていた羽根ペンを、パキリと音を立てて机に置きました。
「……純金製の、抱擁像? ジークフルト様、現在の中央広場の地盤耐荷重をご存知ですか?」
「……いや、考えたこともないが。純金で実物大以上の像を作るとなれば、数トンは下らないな。地盤沈下で周囲の露店が全滅するぞ」
ジークフルト様が呆れたように額を押さえました。
「それだけではありませんわ。クロエ様、その『真実の愛の象徴(ゴミ)』の製作費はいくらと見積もられていますか?」
「はい! 原材料費、加工費、および運搬費を含め、金貨一万枚。……しかも殿下は、これを『王宮の文化振興費』として計上しようとしているんですの! 私の実家の借金どころか、王都の排水溝掃除が十年分できる金額ですわ!」
「……ふふ、くふふふ。……あはははは!」
私は思わず、乾いた笑い声を漏らしました。
あまりにも突き抜けた「おバカ」は、もはや喜劇を通り越して、純粋な数学的破壊を伴う暴力です。
「殿下は、金(ゴールド)という金属の特性を理解していらっしゃらないようですね。金は非常に柔らかく、重い。あの広場に設置すれば、自重で足元から歪み、数ヶ月後には『抱擁』ではなく『共倒れ』の像に変化するでしょう。……まさに、彼の知性と将来性を暗示する素晴らしい芸術作品(デッドコピー)ですわね」
「師匠、笑っている場合ではありませんわ! しかも像の台座には、殿下が自作したポエムが四面に刻まれる予定なんです!『君の愛という名の重力に、僕は沈んでいく』……って、それ、ただの物理現象ですわよね!?」
クロエ様が顔を真っ赤にして叫びます。
彼女もすっかり「ポエム」を「非論理的な記号の羅列」と認識するようになりました。
教育の成果が出ていて喜ばしい限りです。
「クロエ様。ツッコミが甘いですわよ。……『君の愛という名の重力に沈む』のであれば、まず必要なのはポエムではなく、浮力(浮輪)あるいは救命ボートですわ。……ジークフルト様、近衛騎士団として、公共の安全確保という名目で工事を差し止めることは可能ですか?」
「ああ。地盤の安全性への懸念、および大型重量物の搬入による交通妨害。……これだけで、法的には十分止められる。だが、殿下は『愛を邪魔する悪魔どもめ!』と騒ぐだろうな」
「言わせておけばよろしいのです。……クロエ様。貴女は殿下にこう伝えなさい。『私の愛は二十四カラットの純金よりも、安定した利回りをもたらす国債の方が好みです』と」
「国債……! 素敵ですわ! 愛よりも利回り! その言葉、今すぐ手紙に書いて殿下の顔面に叩きつけたいです!」
クロエ様が嬉々として筆を取りました。
その背中には、かつての「可憐なヒロイン」の影など微塵もなく、有能な「財務官」のオーラが漂っています。
「……ベルベット様。殿下は、君が自分を捨てたことで、逆に君への執着を強めているようにも見える。この像も、君への当てつけではないのか?」
ジークフルト様が、少しだけ心配そうな……あるいは嫉妬の混じったような声で私に囁きました。
「執着? ……だとしたら、あまりに計算が合いませんわね。私を悔しがらせたいのであれば、像を作る金で国を豊かにし、私の予測を上回る実績を出すべきです。……金を溶かして自分の姿を作るなど、自我(エゴ)の不法投棄に他なりませんわ」
私は立ち上がり、窓の外を見つめました。
遠くに見える王宮の塔。
あの中にいる、かつての婚約者は、今この瞬間も「どうすれば自分を愛してもらえるか」という、答えのない数式に頭を抱えているのでしょう。
「愛されたいのであれば、まず『価値ある人間』になればいい。……単純な真理ですのにね。……さて、ジークフルト様。像の工事を止めるついでに、その制作に使われる予定の金を、そのまま王立銀行の準備金として強制徴収してしまいましょうか」
「……。殿下の私財をそこまで毟るのか? 彼はもう、私服すら買えなくなるぞ」
「服など、布を纏っていれば機能的には十分です。……この国の財政を健全化するためなら、殿下一人が裸同然の生活を送ることになっても、それは全体最適における軽微な誤差(エラー)ですわ」
「……君と敵対することだけは、絶対に避けようと心に誓ったよ」
ジークフルト様が苦笑し、私を促して部屋を出ました。
背後ではクロエ様が「利回りと愛の相関性に関するレポート」を爆速で書き上げています。
悪役令嬢による「愛の断捨離」。
それは、甘い幻想を徹底的に粉砕し、冷徹な現実という名の「利益」を積み上げていく、最高に刺激的なプロセスなのです。
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