「婚約破棄? 承諾いたしますわ。要点を三行でまとめてくださる?」

ハチワレ

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「……ベルベット・フォン・ローゼライト。昨日の今日で呼び出して、すまなかったな」


王宮の奥まった一室、国王の執務室。
そこには、昨日の威厳ある姿とは打って変わって、心なしか肩を落とした国王陛下と、護衛として控えるジークフルト様の姿がありました。


私は、差し出された椅子に座ることもなく、懐中時計をパチンと閉じました。


「陛下。昨日の広間での『特別講義』による私の喉の消耗、および移動時間の損失を考慮しますと、本日の面会は最低でも金貨百枚分の価値がある対話にしていただかなければ、計算が合いませんわ」


「……はは、相変わらずだな。……ジークフルト。お前の惚れた女は、王に対しても一歩も引かぬのだな」


「……。申し訳ありません、陛下。彼女にとって、王権よりも『論理』の方が上位概念なのです」


ジークフルト様が、困り顔ながらもどこか誇らしげに答えました。
惚れた……? また非論理的な言葉を。


「ベルベット。単刀直入に言おう。……お前に『王宮特別補佐官』の座を用意した。この国の予算、物流、法整備……あらゆる『非効率』を、お前の判断でメスを入れる権利を授けよう」


国王陛下の言葉に、私の眉がわずかに動きました。


「……『特別補佐官』? それは、私の決定が大臣たちの承認を経ずに、陛下の直命として即座に執行されるということですか?」


「そうだ。お前のあの恐ろしい正論に、これ以上大臣たちが反対する根性はあるまい。……それより、お前を野に放っておく方が、王家の存続にとってリスクが高いと判断した」


「……なるほど。私を味方に引き入れることで、王家への批判をかわし、同時に国のシステムを近代化させる。……陛下、なかなかに合理的な『リスクヘッジ』ですわね」


私は一歩前に出ました。


「よろしいでしょう。お受けしますわ。……ただし、三つの条件を提示します」


「三つか。言ってみろ」


「第一に、私に与えられる予算の十パーセントを、私の独断で『インフラ改善および教育支援』に充てること。……第二に、私の直属の秘書官として、クロエ・フォン・メイルを任命すること。彼女の知性は、この王宮の老害たちの百倍は有用ですわ」


ジークフルト様が、背後で小さく噴き出しました。
老害……事実を申し上げたまでですわ。


「……。よかろう。最後の一つは?」


「第三に。……私の安全確保および『物理的なバグの排除』のために、近衛騎士団長、ジークフルト・アイゼンを私の専属護衛として常駐させること。……彼の筋肉は、私の論理を貫くための強力な『外部出力デバイス』として最適ですの」


「なっ……、ベルベット様!?」


ジークフルト様が、驚きのあまり声を上げました。
私は振り返り、冷淡に彼を見つめました。


「ジークフルト様。……貴方は以前、私の盾になるとおっしゃいましたわね? ……公務としてそれを命じられることに、何か不服があるのですか? それとも、私の隣で『効率的な国防』を行うよりも、演習場で泥にまみれている方がお好き?」


「……。いや、不服などあるはずがない。……最高に光栄な任務だ」


ジークフルト様が、その強面をこれ以上ないほど緩めて頷きました。


「……ふっ、決まりだな。ベルベット、お前にこの王宮の『鍵』を渡そう。……好きなだけ、この国の澱みを掃除してくれ」


国王陛下が、机から金色の印章を取り出しました。
それは、この国における「正論の支配者」としての認印。


「……承知いたしました。……陛下、覚悟してください。……明日から、この王宮の全職員の『遅刻一分につき減給』および『会議の中身のない発言の禁止』を徹底させていただきますわ」


「……。お手柔らかに頼むよ、補佐官どの」


国王陛下の引き攣った笑みを背に、私は執務室を後にしました。
廊下では、正式な採用通知を待っていたクロエ様が、不安げに指を組んで待っていました。


「師匠……! いかがでしたか?」


「……クロエ様。明日から貴女の肩書きは『男爵令嬢』ではなく『王宮補佐官専属秘書官』です。……筆記用具を新調しなさい。……一秒間に三十文字は記録していただきますわよ」


「……! はいっ、お姉様! 精一杯頑張りますわ!」


弟子の明るい声が、静かな廊下に響き渡りました。


婚約破棄から、わずかな期間。
私は「捨てられた悪役令嬢」から、この国の未来を司る「実権者」へと、最短ルートで駆け上がったのです。


(……さて。まずは王宮の食堂の、あの不味くて高価なメニューから改善(デバッグ)しましょうか)


私の頭の中では、すでに新しい国家予算のシミュレーションが、目まぐるしく回転し始めていました。
前世の記憶などなくても、私は知っています。
正しい数字と、揺るぎない正論こそが、この世界を最も幸福に変える力になることを。
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